赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

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第一章 天満夕輝

第四話

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「それにしても、『えど』を知らないなんて、お前ぇ一体ぇどこの田舎から出てきたんでぇ」
「口に気ぃつけろぃ。夕辺の剣術すごかったじゃねぇか。きっとお侍ぇに違ぇねぇや」
「『えど』を知らねぇ侍ぇがいるかい! 稽古場の中には身分に拘らずに教えてるところがいくらでもあるじゃねぇか」
「そりゃ、そうだけどよ。でも、刀持ってたじゃねぇか」
「それに、名字があるよね。名字帯刀御免の家柄じゃないならお侍さんだよね」
「それもそうだ」
「それに、おかしな形はしてるけど、一応羽織袴着てたしね」
「でも、足を見てみろよ。侍の足じゃねぇぜ」
「足でお侍さんかどうか分かるんですか?」
 夕輝は驚いて訊ねた。

「侍ぇは子供の頃から腰に大小してるだろ。だから左足が太くなるんだよ」
「どんな格好してても侍ぇは足を見りゃ分かるぜ」
「それじゃあ、お侍さんが町人に変装したりするのは無理って事ですか?」
 遠山の金さんは牢人のふりでもしてたんだろうか。
「できなかないよ。御家人株売って町人になるお侍もいるし、それを買ってお侍になる町人もいるからね」
「武家の身分を剥奪されるヤツもいるしな」
「名字があるけど商家じゃないんだろ」
「はい」

 サラリーマンは何に当たるんだろうか。

 夕輝は首をかしげた。
「どっかの郷士とか。それなら普段刀差してなかったかもしれないし」
「郷士……?」

 郷士ってなんだろう。

「ええい、はっきりしねぇな! お前ぇ、一体ぇ誰でぇ」
 平助が苛ついたように言った。
「誰と言われても……」
 夕輝が困惑して俯いたとき、
「あ!」
 お峰が声を上げた。
「なんでぇ、素っ頓狂な声出しやがって」
「昨日の捕り物の時、頭打ったんじゃないのかい? ほら、頭打つと物忘れするって言うじゃないか」
「なるほど」
「いきなり倒れたのも頭打ったせいか」
 平助が手を打った。
「それで覚えてねぇんだな」
「名前だけでも覚えてて良かったねぇ」
 本気で良かったと思ってくれているようだった。
「それにしてもこの頭じゃ髷が結えないね。無宿者だと思われても困るし」
 お峰が言った。

「前髪が長いよね。もしかして元服前なのかい?」
「元服? それって平安時代の公家がしたって言う……」
「何言ってやんでぇ。元服は公家じゃなくたってするだろうが」
「そうなんですか?」
「お前ぇんとこは元服しねぇのかい?」
「はい」
「東京ってとこは変わったとこなんだねぇ」
 お峰が不思議そうに言った。
「でも、元服前って年にも見えねぇな」
「それなら髷を結わないと。けど、この短さじゃねぇ」
「しばらく付けびん付けとくしかねぇやな。ほら、お花の知り合いが芝居用の付け鬢持ってただろ。ちょっと行って借りてこい」
「あいよ」
「あ、俺、お金持ってないんです」
 財布に多少は入っていたが、ここでは使えないだろう。
「借りるのに金なんかいらねぇやな」
「後で煮物でも届けとくよ」
「すみません」
 夕輝は恐縮して頭を下げた。
「あはは、気にしなくていいよ」
 お峰は笑って手を振った。
「でも月代さかやきらなきゃね」

 お峰によると、髪結床は各町に一件はあり、人別帳にんべつちょうに載っているものはそこで月代を剃ることになっているのだそうだ。
 月代を剃っていないものは無宿者として佐渡の金山に送られるらしい。
 そこでやらされるのは強制労働だ。

「りょ……旅に出た場合どうするんですか?」
「旅に出るには手形がいるだろ。手形を見せれば剃ってもらえるんだよ」

 さっきから「かみぃどこ、かみぃどこ」って言ってるけど、話の流れからして「髪結床かみゆいどこ」だよな。
「真っ直ぐ」も「まっつぐ」だし。
 江戸時代って、地方出身者は訛りですぐに分かったって言うけど、江戸っ子の訛りも結構激しいんだな。

「そういや、手形を持ってなかったって事は関は越えてねぇよな」
「てこたぁ、そんなに遠くから来たんじゃねぇな」
 平助と伍助は『えど』郊外をどう探索するか話し合い始めた。
 町方の支配は『えど』市中だけなのだそうだ。
 だから、郊外を探索するにはそれなりに方法を考えなければならないらしい。
「その着物もどうにかした方がいいね。いくら月代剃って髷をつけてもその格好は目立つからね」
「適当に用意してやれよ」
「はいよ」
 平助の言葉にお峰が頷いた。
 予想以上に厳しい世界のようだ。
「あの、俺、この世界……ここのこと、何も知らないんです。だから、面倒だと思いますけど色々教えてください」
「かまわねぇよ」
「ホントに何も知らないんで、赤ん坊に教えると思って一から教えてください」
 夕輝は手をついて頭を下げた。
 これが作法にかなってることを祈りながら。

「よろしくお願いします!」
「よせやい。そんな馬鹿っ丁寧に言われると尻が痒くならぁ」
「しかし、身元が分からねぇんじゃなぁ」
「剣術が上手ぇんだろ。どっかの稽古場けいこばに通ってたんじゃねぇか」
「そうか。稽古場を訪ねて歩きゃいいんだな」
「けど、『えど』のもんじゃないんだろ。ご府内の稽古場じゃ分からないんじゃないのかい?」
「何、稽古場が違っても腕が良けりゃ噂くらいは聞こえてんだろ。探索の時、気ぃ付けとくぜ」
「有難うございます。お世話になりっぱなしになってしまってすみません。お礼も出来るかどうか……」
「礼をするのはこっちだって言ったろ。遠慮はいらねぇよ」
「すみません、有難うございます」
 夕輝は言葉に甘えて世話になることにした。
 他に行く当てがないのだ。
 この人達に頼るしかない。

「それにしても、お前ぇの事ぁなんて呼べばいいんだろうな」
「郷士だとしたら一応庶民よりは上だろ。やっぱ敬語……」
「いえ、普通に話してください。名前も夕輝で」
「そうかい、じゃあ、夕ちゃんって呼ばせてもらおうかね」
 お峰が言った。
「おう、夕輝。家に帰れるまでは俺のこと親だと思ってくんな」
「はい。有難うございます」

 にゃ~ん

 そのとき、三毛猫が夕輝の足に頭をこすりつけてきた。
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