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第二章 太一
第三話
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「じゃあ、その起請文って言うのを取り返せばいいんですか?」
「そうなるね」
「でも、吉次さんは腕っ節も強いし、仲間もいるし……」
お里は俯いて言った。
「それは大丈夫だと思うけど……」
平助や伍助の助けがあれば問題はないはずだ。
夕輝は疑問に思っていたことを口にしてみた。
「その吉次ってヤツが堅気になっても一緒になれないものなの?」
「吉次さんはもう二十歳過ぎてるんですよ。今更丁稚から始めても……」
お里はバカにしたように言った。
「まぁ、無理じゃないかもしれないけど、普通は九つか十くらいから丁稚として奉公して、二十歳なら手代になってるよね」
「そこから更に番頭、暖簾分けだからね。まぁ、お里ちゃんの場合は見世を継ぐから暖簾分けは関係ないけど」
「大体、堅気になってやり直したって許してくれませんよ」
「ご両親が?」
「ご両親もだけど、親戚縁者に、同じ業種の組合の承認もないと」
お花が説明するように言った。
「そんなところの承認までいるんですか?」
「なんか問題起きたときは親戚縁者だけじゃなくて、組合の仲間も連帯責任を取らされるわけだからね。当然跡継ぎは周りの承認を得ないと」
「跡継ぎって、お兄さんか弟さんはいないの?」
「兄がいますけど、それが何か関係あるんですか?」
お里は不思議そうな顔をしたが、お花は夕輝の言わんとしてることが分かったようだ。
「お武家さんは男の子が継ぐけど、ある程度以上の大店は女の子が有能な人をお婿に貰って継ぐ場合が多いんだよ」
「へぇ」
話を聞いている夕輝を、お里は怪訝そうに見た。
「あ、この人んちお武家さんだから、商家のことは知らないんだよ」
お里の表情に気付いたお花が言い訳するように言った。
「それに吉次さんって字も書けないような人ですよ」
「ホントに?」
「自分は字が書けないからって言って、吉次さんは起請文をくれなかったんですから」
それだけでは本当に字が書けないのかは分からない。
証拠になるものを残さないために敢えて書かなかった可能性はある。
しかし、夕輝はどうもお里に同情する気になれなかった。
確かに金を強請るのは悪い。
その点では弁解の余地はない。
だが、一時的にしろ惚れたはずの吉次を見下したように言うお里もどうかと思った。
吉次はホントに最初から強請る気だったのだろうか。
夕輝はつい吉次の方に肩入れしたくなってしまう。
そのとき、外から、
「お加代さん、着物、乾いたよ」
と言う声がかかった。
「はいよ! じゃあ、夕ちゃんもお里ちゃんも着替えな。夕ちゃん、その後お里ちゃんを送ってってあげとくれ」
「あの、このこと父には……」
「大丈夫、黙ってるからさ。それと、起請文のことはこっちで何とかするから、もうバカな真似するんじゃないよ」
「よろしくお願いします」
お里を家の近くまで送ると――家の者に見られると困ると言われたので家までは送らなかった――、来た道を引き返した。
お花の長屋に戻る途中、人気のない通りを歩いていた。
江戸は百万都市と聞いたが、庶民が狭いところに密集して住んでるせいか、結構広い空き地――火除け地という火事の延焼を食い止める為の土地――があったり、広大な大名屋敷があってどこまで行っても両側が塀と言うところがあったりする。
人通りの多い大通りもあるが、昼間でも人気のない道が結構あった。
「やめて下さい!」
声の方を振り返ると、女の子が三人の男に囲まれていた。
男の一人が女の子の腕を掴んでいる。
さっき訊いたお里のような状況だ。
江戸時代ってこう言うことが多かったのか?
後で平助に聞いてみると、
「『えど』は女が少ねぇからなぁ」
と言って話してくれた。
明暦の大火で大半が燃えてしまった『えど』の街を再建するために日本中から職人達が集められた。
当然男ばかりだ。
女性は男相手の商売女がほとんどで、それ以外では職人や商売女相手に商売をする商人が連れてきた女房子供くらいだった。
そのため、男女比は二対一くらいの割合で圧倒的に男の方が多い。
御公儀公認(公許という)の遊郭である吉原や非公認の遊郭もあるにはあるが値段の差はあるにしてもどちらも金がかかる。
そのため、こう言うことが起こりやすくなるらしい。
夕輝は男達に歩み寄った。
「よせよ。嫌がってるだろ」
男達が振り返った。
「なんだ手前ぇ」
「怪我したくなかったらすっ込んでろ!」
男達が凄んで言った。
「それは出来ない」
「野郎!」
男の一人が懐に呑んでいた匕首を抜いた。
夕輝が眉をひそめると、匕首をかざして突っ込んできた。
匕首をよけると男の手首を掴んで捻りあげた。
別の男も匕首を構えてこちらに向かってきた。
その男に向けて手首を捻りあげていた男を突き飛ばした。
男達が一塊になって転がった。
「手前ぇ!」
三人目が匕首を腰だめにして突っ込んできた。
体を開いてよけると、男に足をかけた。
男がすっころんで匕首が飛んでいった。
もがいていた男の一人がようやく立ち上がると、再び落とした匕首を拾って向かってきた。
もう一人の男も立ち上がると、同じように匕首を構えて突っ込んできた。
そのまま真っ直ぐ来たら夕輝ではなく、先に向かってきた男が刺されてしまう。
「あ、バカ!」
夕輝は先に突っ込んできた男の肩を掴んで前に引き倒して匕首をよけさせると、次の男の腕を蹴り上げた。
匕首が宙を飛んでいく。
「さっさと消えろ」
「覚えてろよ!」
お約束の捨て台詞を吐くと、男達は逃げていった。
夕輝が庇った男は転んだ時に足を捻ったらしく、足首を押さえて呻いていた。
「おい」
夕輝が声をかけると男が顔を上げた。
男は辺りを見回した。
仲間を捜しているらしい。
「他の二人は逃げたぞ。お前も早く消えろ」
男は顔をしかめて立ち上がった。
「お前を見捨てて逃げるような薄情な奴らとつるんでると今にもっとひどい目に遭うぞ」
夕輝はそう言うと、男に背を向けて、
「大丈夫だった?」
と、女の子の方を振り返った。
すっと通った鼻筋に知的な光をたたえた瞳、きりっとした口元。柔らかみを帯びた頬の線が子供らしさを残している。
知性的な印象の、きれいな子だった。
夕輝に近い年のようだから、女性と言うよりは少女だ。
でも、この時代でこの年ならもう大人なんだよな。
元服……は男だよな。
女の子は何て言うんだろう。
後でお峰に訊くと、女性も元服というそうだ。
「有難うございました」
女の子が頭を下げた。
「良ければ送ろうか? あいつらがまた戻ってくるかもしれないし」
きれいな子だから、また襲われる危険もあると思ったのだ。
自分のことも警戒して断るかな、と思ったが、
「よろしくお願いします」
女の子は頭を下げた。
「そうなるね」
「でも、吉次さんは腕っ節も強いし、仲間もいるし……」
お里は俯いて言った。
「それは大丈夫だと思うけど……」
平助や伍助の助けがあれば問題はないはずだ。
夕輝は疑問に思っていたことを口にしてみた。
「その吉次ってヤツが堅気になっても一緒になれないものなの?」
「吉次さんはもう二十歳過ぎてるんですよ。今更丁稚から始めても……」
お里はバカにしたように言った。
「まぁ、無理じゃないかもしれないけど、普通は九つか十くらいから丁稚として奉公して、二十歳なら手代になってるよね」
「そこから更に番頭、暖簾分けだからね。まぁ、お里ちゃんの場合は見世を継ぐから暖簾分けは関係ないけど」
「大体、堅気になってやり直したって許してくれませんよ」
「ご両親が?」
「ご両親もだけど、親戚縁者に、同じ業種の組合の承認もないと」
お花が説明するように言った。
「そんなところの承認までいるんですか?」
「なんか問題起きたときは親戚縁者だけじゃなくて、組合の仲間も連帯責任を取らされるわけだからね。当然跡継ぎは周りの承認を得ないと」
「跡継ぎって、お兄さんか弟さんはいないの?」
「兄がいますけど、それが何か関係あるんですか?」
お里は不思議そうな顔をしたが、お花は夕輝の言わんとしてることが分かったようだ。
「お武家さんは男の子が継ぐけど、ある程度以上の大店は女の子が有能な人をお婿に貰って継ぐ場合が多いんだよ」
「へぇ」
話を聞いている夕輝を、お里は怪訝そうに見た。
「あ、この人んちお武家さんだから、商家のことは知らないんだよ」
お里の表情に気付いたお花が言い訳するように言った。
「それに吉次さんって字も書けないような人ですよ」
「ホントに?」
「自分は字が書けないからって言って、吉次さんは起請文をくれなかったんですから」
それだけでは本当に字が書けないのかは分からない。
証拠になるものを残さないために敢えて書かなかった可能性はある。
しかし、夕輝はどうもお里に同情する気になれなかった。
確かに金を強請るのは悪い。
その点では弁解の余地はない。
だが、一時的にしろ惚れたはずの吉次を見下したように言うお里もどうかと思った。
吉次はホントに最初から強請る気だったのだろうか。
夕輝はつい吉次の方に肩入れしたくなってしまう。
そのとき、外から、
「お加代さん、着物、乾いたよ」
と言う声がかかった。
「はいよ! じゃあ、夕ちゃんもお里ちゃんも着替えな。夕ちゃん、その後お里ちゃんを送ってってあげとくれ」
「あの、このこと父には……」
「大丈夫、黙ってるからさ。それと、起請文のことはこっちで何とかするから、もうバカな真似するんじゃないよ」
「よろしくお願いします」
お里を家の近くまで送ると――家の者に見られると困ると言われたので家までは送らなかった――、来た道を引き返した。
お花の長屋に戻る途中、人気のない通りを歩いていた。
江戸は百万都市と聞いたが、庶民が狭いところに密集して住んでるせいか、結構広い空き地――火除け地という火事の延焼を食い止める為の土地――があったり、広大な大名屋敷があってどこまで行っても両側が塀と言うところがあったりする。
人通りの多い大通りもあるが、昼間でも人気のない道が結構あった。
「やめて下さい!」
声の方を振り返ると、女の子が三人の男に囲まれていた。
男の一人が女の子の腕を掴んでいる。
さっき訊いたお里のような状況だ。
江戸時代ってこう言うことが多かったのか?
後で平助に聞いてみると、
「『えど』は女が少ねぇからなぁ」
と言って話してくれた。
明暦の大火で大半が燃えてしまった『えど』の街を再建するために日本中から職人達が集められた。
当然男ばかりだ。
女性は男相手の商売女がほとんどで、それ以外では職人や商売女相手に商売をする商人が連れてきた女房子供くらいだった。
そのため、男女比は二対一くらいの割合で圧倒的に男の方が多い。
御公儀公認(公許という)の遊郭である吉原や非公認の遊郭もあるにはあるが値段の差はあるにしてもどちらも金がかかる。
そのため、こう言うことが起こりやすくなるらしい。
夕輝は男達に歩み寄った。
「よせよ。嫌がってるだろ」
男達が振り返った。
「なんだ手前ぇ」
「怪我したくなかったらすっ込んでろ!」
男達が凄んで言った。
「それは出来ない」
「野郎!」
男の一人が懐に呑んでいた匕首を抜いた。
夕輝が眉をひそめると、匕首をかざして突っ込んできた。
匕首をよけると男の手首を掴んで捻りあげた。
別の男も匕首を構えてこちらに向かってきた。
その男に向けて手首を捻りあげていた男を突き飛ばした。
男達が一塊になって転がった。
「手前ぇ!」
三人目が匕首を腰だめにして突っ込んできた。
体を開いてよけると、男に足をかけた。
男がすっころんで匕首が飛んでいった。
もがいていた男の一人がようやく立ち上がると、再び落とした匕首を拾って向かってきた。
もう一人の男も立ち上がると、同じように匕首を構えて突っ込んできた。
そのまま真っ直ぐ来たら夕輝ではなく、先に向かってきた男が刺されてしまう。
「あ、バカ!」
夕輝は先に突っ込んできた男の肩を掴んで前に引き倒して匕首をよけさせると、次の男の腕を蹴り上げた。
匕首が宙を飛んでいく。
「さっさと消えろ」
「覚えてろよ!」
お約束の捨て台詞を吐くと、男達は逃げていった。
夕輝が庇った男は転んだ時に足を捻ったらしく、足首を押さえて呻いていた。
「おい」
夕輝が声をかけると男が顔を上げた。
男は辺りを見回した。
仲間を捜しているらしい。
「他の二人は逃げたぞ。お前も早く消えろ」
男は顔をしかめて立ち上がった。
「お前を見捨てて逃げるような薄情な奴らとつるんでると今にもっとひどい目に遭うぞ」
夕輝はそう言うと、男に背を向けて、
「大丈夫だった?」
と、女の子の方を振り返った。
すっと通った鼻筋に知的な光をたたえた瞳、きりっとした口元。柔らかみを帯びた頬の線が子供らしさを残している。
知性的な印象の、きれいな子だった。
夕輝に近い年のようだから、女性と言うよりは少女だ。
でも、この時代でこの年ならもう大人なんだよな。
元服……は男だよな。
女の子は何て言うんだろう。
後でお峰に訊くと、女性も元服というそうだ。
「有難うございました」
女の子が頭を下げた。
「良ければ送ろうか? あいつらがまた戻ってくるかもしれないし」
きれいな子だから、また襲われる危険もあると思ったのだ。
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「よろしくお願いします」
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