赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

文字の大きさ
13 / 42
第二章 太一

第五話

しおりを挟む
 翌朝、夕輝は平助にどんな格好なら怪しいのかを教わり、橋本屋の斜向かいにある小さなお稲荷さんの所から見張り始めた。
 橋本屋は米問屋だった。
 夕輝一人で一日中見張るのは無理なので、嘉吉という伍助の下っ引きと一緒だった。
 下っ引きというのは御用聞きの手下だそうだ。

 お稲荷さんの小さな祠の周りに生えている木の陰から店を覗いていた。
 しかし、思ったより骨が折れる仕事だった。
 何となく、すぐにやってくるんじゃないかと甘いことを考えていたのだが、いつまでたっても来ないし、嘉吉との他愛ない会話もすぐにネタが尽きてしまった。
 沈黙の中で見張るのは結構つらかった。

 平助さん達はいつもこんなことしてるのか。

 結局、その日は誰も来ないまま、暮れ六つの鐘が鳴り、橋本屋は店じまいした。
 夕輝と嘉吉は帰途についた。

 途中で嘉吉と別れ、人気のなくなった通りを歩いているとき、後ろから尾けてくる人影に気付いた。
 夕輝は立ち止まると、戸締まりされた近くの店の表戸にもたれかかった。

 一度やられてやれば向こうも気が済むだろう。

 痛い思いをしたいわけではないが、いつまでも金魚のフンみたいにくっついて回られても困る。
 急所さえ守れば何とかなるだろう。

 そのとき、人影とは反対の方から誰かがやってきた。
 この前助けた女の子だった。
 手に風呂敷包みを持っている。どこかからの帰りなのだろう。
 女の子は夕輝に気付いたらしく、会釈をして近付いてきた。

「この前は有難うございました。あのときはお礼も出来ずに失礼しました」
「気にしないで。それより早く帰った方がいいよ」
「こんなところで何をなさっているんですか?」
「この前の連中の一人が俺を尾けてるんだ。多分、仕返しをするつもりなんだと思う。だからここで迎え撃とうかと」
 女の子は息を飲んだ。
「君は巻き込まれる前に逃げた方がいいよ」
 ここで決着をつけようと思ったのは庇わなければならない相手がいなかったからだ。
 この子がいたらやられるわけにはいかなくなる。

 そこへ、夕輝の後を尾けていた男が走り寄ってきた。

「兄貴! 逃げてくれ!」
「兄貴? お前に兄貴って呼ばれる覚えはないぞ」
「とにかく、囲まれる前に……」
 男がそう言ったとき、
「太一! 手前ぇ、やっぱり裏切りやがったな!」
 数人の男達がばらばらと駆け寄ってきて夕輝達を取り囲んだ。

「るせぇ! 人を置いて逃げたくせに、何言ってやがる!」
 夕輝は女の子を庇うように立って振り返った。
「俺の後ろにいて。君には手を出させないから。何とか突破口を作るから逃げられるようなら逃げて」
「あの、良ければこれを」

 女の子が扇子と思しきものを差し出した。
 女性用の扇子にしてはかなり大きくてちょっと骨太というか無骨な印象を受ける。

「…………」
 意味が分からなかった。
 扇子を一体どうすればいいのか。

 もしかして、水戸黄門の印籠みたいにこれをかざすとみんなが平伏すとか?

「これは鉄扇てっせんです。骨が鉄で出来ています」
 女の子の説明にようやく納得がいった。
「じゃあ、遠慮なく」
 受け取ると、確かに重かった。
 周りを取り囲んだ男の中に日本刀らしき物を持っている者がいた。

 後で平助に訊くと、
「そりゃ、長脇差ながわきざしだな」
「町人は刀を持っちゃいけないんですよね? 侍だったんでしょうか」
「町人でも破落戸ごろつきの中には長脇差を使うヤツがいるんだよ」
 と教えてくれた。
 まぁ、これは後の話。

 それはともかく、ならず者が峰打ちをしてくれるとは思えないし、さすがに大人しく殺される気はない。

「兄貴! 加勢させていただきやす」
 その兄貴というのはやめろ、と言いたかったが、その前に男の一人が匕首を腰だめにして突っ込んできた。
 体を開いてよけると、男の手首に思い切り鉄扇を叩き付けた。
「ぎゃっ!」
 鈍い音がして匕首が地面に落ちた。
 力を入れすぎたか。
 どうやら男の手首の骨を折ってしまったようだ。
 しかし、その男に構ってる暇はなかった。

 次の男が長脇差を振り上げて斬りかかってきた。
 振り下ろされた刀を鉄扇で弾くと、そのまま鳩尾に叩き込んだ。
 今度は少し手加減をして。
 男が呻いて転がる。
 地面に落ちた長脇差を足で蹴って後ろに滑らせた。

 三人目の男が突っ込んでこようとしたとき、夕輝を兄貴と呼んだ男とならず者の一人が組み合ったまま転がってきた。
 その二人に躓いた男がすっ転んだ。
 夕輝は転んだ男の手を踏みつけて匕首を手放させると、それを誰もいないところに向かって蹴った。

 他に向かってくる者はいないかと辺りを見回すと、夕輝を兄貴と呼んだ男はまだもつれあったまま互いに殴っていた。
 そして驚いたことに、女の子はならず者が落とした長脇差を持って二人を打ち倒していた。
 血が出てないところを見ると峰打ちだったようだが、あまり手加減しなかったらしく、ならず者達は蹲って呻いていた。

「おい、そこまでにしておけ」
 夕輝はそう言って、転げ回っている男達を引き離した。
 殴り合っていた二人はひどい顔をしていた。

 襲ってきたならず者の方は周囲を見回して、みんな地面に転がっているのを見ると逃げていった。

「とりあえず、俺達もここを離れよう」
 夕輝がそう言って歩き出すと、女の子と太一と呼ばれた男がついてきた。
「兄貴、お怪我はありやせんか?」
「その兄貴って言うのやめろ。俺がいつお前の兄になった」
「この前ぇ助けていただいてからずっと見てやしたんですが、兄貴にならついていってもいいと思いやして」
「勝手に決めるな」
 夕輝はそう言ってから女の子の方に顔を向けた。

「あの、俺、こいつの仲間じゃないから」
 吉次と同じように、女の子に取り入るためのやらせだったと思われたくなかった。
「分かっています」
「これ、有難う」
 女の子に扇子を差し出した。
「良ければお持ち下さい」
「え、でも……」
「助けていただいたお礼です」
「そんなに大したことしてないよ」
「これからも必要でしょう。どうぞお持ち下さい」

 確かに、刃物を持ってくる相手と戦うには素手は向かない。
 鉄扇なら斬る心配も、突き刺す心配もせずに戦える。

「そう。助かるよ。有難う」
 夕輝は女の子に頭を下げると、帯に扇子を差した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...