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第三章 未月椛
第三話
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すぐに太一は平助と兵蔵を連れてやってきた。
「なんだ、夕輝、土左衛門なんか流しちまえば良かったのに」
「え!? いいんですか!?」
「流れてる死骸なんざ珍しかねぇからな」
この時代、行き倒れの死体や、金がなくて葬ってやれない家族の遺体等を川に捨てることは珍しくなかったのだという。
それに入水自殺をする者もいる。
だから流れている遺体は引き上げなくてもいいことになっているらしい。
気持ち悪いの我慢して引き上げたのに……。
夕輝は肩を落とした。
「けど、親分、この死骸、斬り殺されてやすぜ」
死体の脇にしゃがみ込んでいた兵蔵が言った。
「辻斬りか……ま、引き上げちまったし、斬り殺されてるんじゃ知らん顔もできねぇな」
「すみません」
「いいってことよ! 兵蔵、お前ちょっと行って東様連れてこい」
兵蔵はいつの間にか集まっていた野次馬をかき分けて走っていった。
平助は死体の脇にしゃがみ込むと、十手で手首を持ち上げたりし始めた。
死後硬直を調べてるのか。
死後硬直という言葉がこの時代にあるかは分からなかったが、経験でそういうものがあることは知っているようだ。
死体は背中を斜めに斬られていた。
水に洗われた為か、着物は赤黒く染まっていたが、死体に血はついていなかった。
「それで? お前はこんなとこで太一とウナギ捕りか?」
「ウナギは捕れなかったのでシジミを」
「お峰にもらっただけじゃ足りねぇか」
「いえ、お小遣いまでもらうわけにはいかないので必要な分は自分で稼ごうと」
「おう、いい心掛けじゃねぇか。捕れたか?」
「はい」
そんな話をしている間に兵蔵が東を連れてきた。
夕輝と太一は邪魔にならないようにその場を離れた。
「シジミは八文だな」
夕輝と太一は大川沿いにある小料理屋を見つけて庖丁人にシジミを買ってくれないかと持ちかけた。
「これはいくらでやすか?」
「ウナギは六匹で十二文だな。ほらよ」
男はそう言うと夕輝に二十文渡した。
小料理屋を後にすると、夕輝は二十文の中から八文を取って残りを太一に差し出した。
「ほら、お前の分」
「いや、いいでやすよ。兄貴が取っておいて下せぇ」
「何言ってんだ、お前が捕ったウナギなんだからお前の金だろ。ほら」
「でも……」
「いいから、早く受け取れ」
「じゃ、遠慮無く」
太一は恐る恐る受け取ると懐から巾着を出してその中に入れた。
「押し込みのあった見世の手代?」
夕餉の席である。
夕輝が引き上げた死体の身元が分かったらしい。
「一昨日、伊勢屋って材木問屋に押し込みがあってよ。その見世の手代の茂吉ってヤツだったのよ」
平助が説明を始めた。
茂吉の手引きで押し入った七人組の男達は、番頭の一人を脅して内蔵を開けさせ七百数十両を奪って逃げた。
押し入った連中は騒いだ手代二人と、内蔵を開けさせて用済みになった番頭を殺していた。
それと、縛られて猿轡を噛まされていた見世の主一家の内、主人が戻したものを喉に詰まらせて死んでいた。
「そういうことがあるんですか?」
「猿轡を噛まされると時々戻すことがあんだよ。けど猿轡してると戻したものを吐き出せねぇだろ。それが喉に逆流して詰まると窒息すんのよ」
猿轡って怖いんだな。
手引きした茂吉は押し込みと一緒に逃げた。
「茂吉も用済みになったからやられたんだろうな。茂吉の方は分け前にありつけると思ったんだろうけどよ」
それで茂吉は驚いたような顔をしていたのだろうか。
悪銭身につかずって言うのはこういう場合使えるのだろうか。
その日も、夕輝と太一はシジミを捕っていた。
「最近、椛姐さんに会いやせんね」
「いつから椛ちゃんの弟になったんだよ。お前、同い年だろ」
「いや、兄貴のお知り合いでやすから」
「兄貴はやめろって言ってんだろ。俺は破落戸じゃないぞ」
「兄貴を見て破落戸だと思うヤツはいねぇと思いやすが」
「当たり前だ」
破落戸だなんて思われてたまるか。
「そういえば、お前、椛ちゃんを襲ったんだったな」
「すいやせん。あのときは、平次兄……平次が誰かから椛姐さんを拐かしてきたら十両やるって言われたらしくて……」
「え? 可愛いからよからぬ事をしようとして襲ったんじゃなかったの?」
意外だった。
椛ちゃんのうちってそんなにお金持ちそうには見えなかったけどな。
一戸建てではあったがそんなに大きくはなかった。
「兄貴はお里さんより椛姐さんの方が好みなんで?」
なんでお里はさん付けなんだ。
「お前はお里ちゃんの方が好きなの?」
「好きって言うか、お里さんの方がきれいでやすよね」
「そうなの?」
「口は小さくて、目は切れ長で瓜実顔で……」
瓜実顔というのはその名の通り、瓜のように細長い顔らしい。
夕輝は前にTVで観た浮世絵の美人画を思い浮かべた。
あれ、馬面だろ、どう見ても。
「きっと何とか小町って呼ばれてやすぜ」
「ふぅん」
そういうもんなのか。
俺は椛ちゃんの方がきれいだと思うけどな。
「兄貴はどう思いやす?」
「どっちがきれいと思うかは人によって違うんじゃないか?」
「あ、噂をすれば、ほら」
太一の言葉に顔を上げると、お里がお米を連れてこちらへ歩いてくるところだった。
「天満さん、こんにちは」
お里は夕輝をじろじろ見ながら言った。
夕輝は尻っぱしょりしていたことに気付いて慌てて着物の裾を下ろした。
「こんにちは」
「ちょうど良いところで会いましたね。変な男に尾けられてるみたいなんです。送っていってくれませんか?」
なんで俺が……。
「いいけど」
「じゃあ、行きましょう」
「太一、お前先に帰ってろ。お峰さんに、俺は帰りが少し遅くなるって伝えといてくれ」
「へい」
「なんだ、夕輝、土左衛門なんか流しちまえば良かったのに」
「え!? いいんですか!?」
「流れてる死骸なんざ珍しかねぇからな」
この時代、行き倒れの死体や、金がなくて葬ってやれない家族の遺体等を川に捨てることは珍しくなかったのだという。
それに入水自殺をする者もいる。
だから流れている遺体は引き上げなくてもいいことになっているらしい。
気持ち悪いの我慢して引き上げたのに……。
夕輝は肩を落とした。
「けど、親分、この死骸、斬り殺されてやすぜ」
死体の脇にしゃがみ込んでいた兵蔵が言った。
「辻斬りか……ま、引き上げちまったし、斬り殺されてるんじゃ知らん顔もできねぇな」
「すみません」
「いいってことよ! 兵蔵、お前ちょっと行って東様連れてこい」
兵蔵はいつの間にか集まっていた野次馬をかき分けて走っていった。
平助は死体の脇にしゃがみ込むと、十手で手首を持ち上げたりし始めた。
死後硬直を調べてるのか。
死後硬直という言葉がこの時代にあるかは分からなかったが、経験でそういうものがあることは知っているようだ。
死体は背中を斜めに斬られていた。
水に洗われた為か、着物は赤黒く染まっていたが、死体に血はついていなかった。
「それで? お前はこんなとこで太一とウナギ捕りか?」
「ウナギは捕れなかったのでシジミを」
「お峰にもらっただけじゃ足りねぇか」
「いえ、お小遣いまでもらうわけにはいかないので必要な分は自分で稼ごうと」
「おう、いい心掛けじゃねぇか。捕れたか?」
「はい」
そんな話をしている間に兵蔵が東を連れてきた。
夕輝と太一は邪魔にならないようにその場を離れた。
「シジミは八文だな」
夕輝と太一は大川沿いにある小料理屋を見つけて庖丁人にシジミを買ってくれないかと持ちかけた。
「これはいくらでやすか?」
「ウナギは六匹で十二文だな。ほらよ」
男はそう言うと夕輝に二十文渡した。
小料理屋を後にすると、夕輝は二十文の中から八文を取って残りを太一に差し出した。
「ほら、お前の分」
「いや、いいでやすよ。兄貴が取っておいて下せぇ」
「何言ってんだ、お前が捕ったウナギなんだからお前の金だろ。ほら」
「でも……」
「いいから、早く受け取れ」
「じゃ、遠慮無く」
太一は恐る恐る受け取ると懐から巾着を出してその中に入れた。
「押し込みのあった見世の手代?」
夕餉の席である。
夕輝が引き上げた死体の身元が分かったらしい。
「一昨日、伊勢屋って材木問屋に押し込みがあってよ。その見世の手代の茂吉ってヤツだったのよ」
平助が説明を始めた。
茂吉の手引きで押し入った七人組の男達は、番頭の一人を脅して内蔵を開けさせ七百数十両を奪って逃げた。
押し入った連中は騒いだ手代二人と、内蔵を開けさせて用済みになった番頭を殺していた。
それと、縛られて猿轡を噛まされていた見世の主一家の内、主人が戻したものを喉に詰まらせて死んでいた。
「そういうことがあるんですか?」
「猿轡を噛まされると時々戻すことがあんだよ。けど猿轡してると戻したものを吐き出せねぇだろ。それが喉に逆流して詰まると窒息すんのよ」
猿轡って怖いんだな。
手引きした茂吉は押し込みと一緒に逃げた。
「茂吉も用済みになったからやられたんだろうな。茂吉の方は分け前にありつけると思ったんだろうけどよ」
それで茂吉は驚いたような顔をしていたのだろうか。
悪銭身につかずって言うのはこういう場合使えるのだろうか。
その日も、夕輝と太一はシジミを捕っていた。
「最近、椛姐さんに会いやせんね」
「いつから椛ちゃんの弟になったんだよ。お前、同い年だろ」
「いや、兄貴のお知り合いでやすから」
「兄貴はやめろって言ってんだろ。俺は破落戸じゃないぞ」
「兄貴を見て破落戸だと思うヤツはいねぇと思いやすが」
「当たり前だ」
破落戸だなんて思われてたまるか。
「そういえば、お前、椛ちゃんを襲ったんだったな」
「すいやせん。あのときは、平次兄……平次が誰かから椛姐さんを拐かしてきたら十両やるって言われたらしくて……」
「え? 可愛いからよからぬ事をしようとして襲ったんじゃなかったの?」
意外だった。
椛ちゃんのうちってそんなにお金持ちそうには見えなかったけどな。
一戸建てではあったがそんなに大きくはなかった。
「兄貴はお里さんより椛姐さんの方が好みなんで?」
なんでお里はさん付けなんだ。
「お前はお里ちゃんの方が好きなの?」
「好きって言うか、お里さんの方がきれいでやすよね」
「そうなの?」
「口は小さくて、目は切れ長で瓜実顔で……」
瓜実顔というのはその名の通り、瓜のように細長い顔らしい。
夕輝は前にTVで観た浮世絵の美人画を思い浮かべた。
あれ、馬面だろ、どう見ても。
「きっと何とか小町って呼ばれてやすぜ」
「ふぅん」
そういうもんなのか。
俺は椛ちゃんの方がきれいだと思うけどな。
「兄貴はどう思いやす?」
「どっちがきれいと思うかは人によって違うんじゃないか?」
「あ、噂をすれば、ほら」
太一の言葉に顔を上げると、お里がお米を連れてこちらへ歩いてくるところだった。
「天満さん、こんにちは」
お里は夕輝をじろじろ見ながら言った。
夕輝は尻っぱしょりしていたことに気付いて慌てて着物の裾を下ろした。
「こんにちは」
「ちょうど良いところで会いましたね。変な男に尾けられてるみたいなんです。送っていってくれませんか?」
なんで俺が……。
「いいけど」
「じゃあ、行きましょう」
「太一、お前先に帰ってろ。お峰さんに、俺は帰りが少し遅くなるって伝えといてくれ」
「へい」
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