赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

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第五章 桐生祥三郞

第六話

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 長屋に着くと、お花がお唯の両親の部屋から出てきた。

「お花さん、どうしたんですか?」
「お唯ちゃんのおっかさんがね、風邪引いてんだよ」
「大丈夫なんですか?」
「ただの風邪なんだけど、身体の弱い人だから……。お唯ちゃんがいなくなって気落ちしてるし」
「お医者さんには……」
「診てもらったよ。お唯ちゃんが売られたときのお金が少し残ってるからね」
 お唯が売られたときと聞いて、夕輝の胸が痛んだ。

 この時代に健康保険と生活保護制度があれば、お唯ちゃんが遊郭に売られるようなことはなかったのに……。

「そうですか……。あ、これ、お峰さんからです」
「いつも悪いね。助かるよ」
 夕輝はお峰から預かった物をお花に渡すと、長屋を後にした。

「お峰さん、ただいま戻りました」
 台所でお峰に声をかけると、
「夕ちゃん、ありがとね。太一は?」
「あ、湯屋の仕事に戻りました。俺も湯屋を手伝ってきます」
 夕輝はそう言ったものの、お峰の前でもじもじしていた。

「どうしたんだい?」
「……あの……橋本屋さんから二度目に貰ったお金……」
 お峰は夕輝の言わんとしていることがすぐに分かったらしく、箪笥の前に行くと引き出しから白い紙に包まれたものを取り出した。

「太一のおっかさん、そんなに悪いのかい?」
「多分……」
「それじゃ、渡しておやり」
「すみません!」
 夕輝は深々と頭を下げた。

「何言ってんだい。元々夕ちゃんのお金じゃないか。夕ちゃんのしたいようにするといいよ」
「有難うございます」
 夕輝はもう一度深く頭を下げると太一の元へ向かった。

「太一」
「あ、兄貴」
「今日はもう仕事はいいよ」
「シジミ捕りに行くんでやすか?」
「そうじゃなくて……」
 夕輝は紙に包まれた金を差し出した。
「これ、お前に……」
「そんな! 二度も借りられやせん!」
 太一は頭を振った。

「これはお里ちゃんの護衛をした謝礼だ。お前も一緒にやっただろ。だから遠慮なく受け取れ」
「でも……」
「いいから早くお母さんのところに持っていってやれ」
「すいやせん!」
 太一は金を押し頂いて頭を深く下げた。

 しばらく母親に付いていろと言ったにもかかわらず、太一は暮れ六つ前に戻ってきた。
 夕餉を食べると、夕輝達は捕り物の支度をした。
 と言っても、夕輝がむしろにくるんだ繊月丸を持っただけなのだが。
 生け捕りにしないといけないから太一も匕首は持っていなかった。

 深川の外れの寂しい場所に小さな仕舞屋があった。

「今日捕まえるのは誰なんですか?」
 夕輝は平助に訊ねた。
「葛西の草太の尻尾をやっと掴んだのよ。今夜ここに例の盗賊達が集まるみてぇなんだ」
 だとしたら割と大掛かりな捕り物になる。
 そう思って見回してみると、かなり沢山の人間が集まっているようだ。

「武士がいるみてぇだから、そいつぁは頼んだぜ」
「はい」
「太一、お前ぇは外に逃げてくるヤツを捕まえろ」
「へい」
「お前ぇは素手なんだから無理すんじゃねぇぞ」
「へい」

 そんなやりとりをしているうちに、与力から合図があった。
 御用提灯に火が入り、一斉に掲げられた。

「行け!」
 その言葉と共に、仕舞屋を囲んだ捕り物人足達が仕舞屋に近付いていった。
 一人が戸口に手をかけるとすぐに開いた。
 人足達が仕舞屋に入っていく。
 夕輝も後に続いた。
 仕舞屋の中には男達が円坐になって酒を飲んでいた。
「なんだ、手前ぇら!」

 男達は湯飲みを蹴飛ばして立ち上がった。
 陶器がぶつかる音が響く。
 男は七人いた。
 立ち上がるときに刀を握ったのは三人だった。

 夕輝には太刀と長脇差の区別は付かないので、武士は多くて三人、と言うことしか分からなかった。
 男の一人が行灯を消したが、すぐに龕灯を持っている捕り方が部屋の中を照らし、打込燭台が打ち込まれてそこに蝋燭が立てられ、部屋は元の明るさを取り戻す。
 男達は雨戸を蹴破って外に逃げ出した。

 だが、すぐに足を止めた。
 外には御用提灯を持った捕り方達が取り囲んでいる。
 刀を持っている男達は鞘から抜き、それ以外の男は懐から匕首を出して構えた。
 周りを取り囲んでいた捕り方達も十手や刺又などを取り出して盗賊達に向けた。

「一人も逃すな! 行け!」
 与力が大声を上げると、盗賊を取り囲んでいた捕り方達が輪を縮めた。
「御用!」「御用!」とは言っているが、刀を持っている男が三人もいるせいか、捕り方達は腰が引けていた
「返り討ちにしてくれるわ!」
 刀を持った男の一人が叫ぶと、御用提灯を持った捕り方達に斬り込んだ。
 それにつられるようにして残りの男達も刀や匕首を構えて突っ込んでいった。

「待て!」
 夕輝は捕り方に斬りかかった刀の男の肩に、後ろから繊月丸を振り下ろした。
 男が振り返って繊月丸を受け止めた。
 夕輝と男は刀を押し合って同時に後ろに飛び退いた。
 夕輝が青眼に構えると、男も青眼に構えた。

 武士なのだろうか。
 剣術が出来るようだ。
 それも素人ではない。
 構えに隙がなかった。
 御用提灯で明かりは十分あった。
 男は貧相なひげをはやした、やせた男だった。
 はだけた着物の間からは肋骨の浮いた血色の悪い腹が覗いていた。

「御用!」
 十手を持った捕り方が男に飛びかかりそうな素振りを見せた。
 一瞬、男の視線が捕り方に流れた。
 その隙を逃さず、面を打った。
 男は繊月丸を弾こうとしたが間に合わず、夕輝の刀は男の右腕を打った。
 骨の折れる鈍い音がして、男が刀を取り落とした。
 すかさず捕り方がよってたかって男を押さえつけると縄をかけた。

 他の二人の武士(多分)がどこにいるのかと周りを見回した。
 町人(多分)は同心や捕り方達で何とかなるだろう。
 そのとき、向こうの方で刀を持った男の一人が太一に斬りかかろうとしているのが見えた。

「太一!」
 この距離では走っても間に合わない!
 とっさに、走り寄りながら繊月丸を投げつけた。
 繊月丸が男の背中に当たった。
 男がのけぞる。
 すぐに体勢を立て直した男はこちらを振り返ると、素手の太一に背を向けて夕輝の方に向かってきた。

 刀を振りかざした男がすぐそこに迫った。

「兄貴!」
 太一は夕輝の間近に迫った男を見ると、辺りを見回した。

「繊月丸!」
 夕輝が叫ぶと、繊月丸が手の中に戻った。
 振り下ろされた刀を繊月丸で弾く。
 男は素手のはずの夕輝が刀を持っていることに気付くと目を剥いた。

 夕輝は下段に構えると、素早い寄り身で男に近付いた。
 男がはっとして刀を構えようとしたが、その隙を与えずに逆袈裟に切り上げた。
 繊月丸が男の胴に決まった。
 男は腹を押さえて蹲った。

 あと一人!

 周りを見回すと、捕り物はほぼ終わっていた。
 町人三人と、夕輝が倒した武士二人は縄をかけられていた。
 残り一人は東が打ち倒したところだった。

 夕輝は繊月丸を下ろすと息をついた。
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