赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

文字の大きさ
37 / 42
第六章 望

第二話

しおりを挟む
「ここは俺が相手をするから祥三郞君は逃げて」
「夕輝殿! 拙者も一緒に戦います!」
 その言葉に、夕輝は祥三郞の方に顔を向けた。

「そうだね、ここは二人がかりで戦った方が確実に倒せるよね。でも、ゴメン。俺、こいつと決着つけたいんだ」
 祥三郞は夕輝の真剣な顔を見ると、すぐに頷いた。
「承知つかまつった」
「俺がやられたら、すぐにこいつが追っていくと思うからなるべく遠くに逃げて」
「はい。参りましょう、葵殿」
 祥三郞達が走っていく足音を聞きながら、繊月丸を抜いた。

「いいのか。今度は死ぬぞ」
 男は笑いながら抜刀した。

 夕輝は青眼に構えた。
 その瞬間から、祥三郞のことは頭から消えた。
 目の前にいる男だけに意識が集中した。
 男が八相に構える。
 夕輝はゆったりと構えながら、男を見ていた。
 男がゆっくりと近付いてくる。
 一足一刀の間境の手前で立ち止まった。
 二人の間に緊迫した空気が流れる。

 カサッ

 枯れ葉の落ちる音がした。
 その瞬間、男が袈裟斬りを放った。
 夕輝はそれを弾きながら一歩踏み込むと、突きを見舞った。
 夕輝の突きが男の右肩を強く突いた。
 男の右手が刀から離れる。

「くっ! 貴様ぁ!」
 逆上した男が左手に持った刀を振り上げた。
 夕輝はそのまま胴を見舞った。
 男が腹を抱えて蹲った。
 夕輝は残心の構えのまま、男を見下ろした。
 不意に男が刀で夕輝の足を払おうとしてきた。
 夕輝は繊月丸を地面に刺して刀を止めると、男の手を踏んで刀を放させ、それを蹴って遠くにやった。

「夕輝殿!」
「夕輝!」
「兄貴!」
 男に注意を払いながら声の方を見ると、祥三郞や平助、太一達が駆けてくるところだった。

「葵さんの警護はもういいの?」
 夕輝は祥三郞に訊ねた。
 稽古場からの帰りだった。祥三郞は久々に長八に論語を教えに峰湯に来るのだ。
「あの男が大番屋の吟味ぎんみで葵殿の伯母上に頼まれたと喋ったそうです」
「そもそも、どうして葵さんは伯母さんに狙われたわけ? もし話しちゃいけないなら聞かないけど」
「夕輝殿は命の恩人故、お話し致します」

 祥三郞がそう言って話したところによると、本家の一人息子である葵の従兄が風邪で急逝したため、跡取りをどうするかで揉めたらしい。
 葵の伯母の息子を養子にするか、葵を養女にして優秀な男子を婿養子にするかで二つに分かれ、自分の息子を養子にしたい伯母が葵の命を狙ったのだという。

「伯母さんが狙ったってバレたわけだよね? てことは、葵さんが婿養子を取ることになったって事?」
「いえ、それが……」

 祥三郞の話によると、大番屋で刺客が伯母の名前を出したことから、お家騒動が目付に知られてしまい、伯母の家は改易かいえきになってしまったというのだ。
 改易というのは武士の身分を剥奪されることだそうだ。
 しかも、連座制で伯母の家だけではなく、本家と葵の家も改易されてしまったらしい。

「え、じゃ、葵さん、武家じゃなくなったの?」
「はい」
「そうすると、葵さんはどうなるの?」
「元々葵様の家は微禄びろくの御家人だった故、内職で食べていたので、今も同じように裏店で内職をしています」
「そうなんだ」

 祥三郞君が葵さんをお嫁にするわけにはいかないの?

 とは訊ねられなかった。
 武家の婚姻がそんなに簡単なわけがないのは容易に想像が付く。
 商家のお里でさえ、結婚するのに親戚縁者やら組合やらの承諾を貰わなければならないのだ。
 ましてや武家はもっと厳しいだろう。

「長八さんがさ、祥三郞君のこと待ってるよ」
 慰めの言葉が見つからなかった夕輝は話を変えた。
「本当ですか?」
「うん、首を長くして待ってる」
「そうですか」
 祥三郞が嬉しそうな笑顔を見せた。

「子曰く、人は己の……」
「違う! もう一度!」
「し、子曰く、人のおれの……」
「違う! もう一度!」

 やっぱ勉強教えてる祥三郞君て怖ぇー。

 とはいえ、確かに厳しいのだが、決してバカにしたりはしなかった。
 大真面目に、長八が理解できるまで粘り強く教えている。
 しかし、自分だったら長八の立場にはなりたくない。
 とばっちりが来ないように、夕輝はそっと後ろに下がった。

「夕ちゃん、ちょっといいかい? また、お花さんのところに届け物をして欲しいんだよ」
「いいですよ」
 夕輝はお峰から荷物を受け取った。
「兄貴、お出かけですかい」
 峰湯を出ると太一が声をかけてきた。

「お花さんのところにな」
「ならあっしもご一緒しやす。荷物持ちやしょうか?」
「いや、いいよ。それより、湯屋の仕事はいいのか?」
「丁度手が空いてるんでやすよ」
 太一はそう言うと、夕輝についてきた。
「なぁ、前から不思議に思ってたんだけどさ」
「なんでやしょう」
「あれ、何?」

 棒を担いで樽のようなものを転がして歩いている男を見た。

「転がしてるのはうすで、持っているのがきねでやすよ」
「時々見かけるけど、何してる人? 杵と臼って事は餅つき?」
「あれは大道搗だいどうつきでやす」
「大道搗きって? 餅つきじゃないの?」

 太一の説明によると、米というのは搗き米屋つきまいやで玄米を白米に精米するのだが、わざわざ搗き米屋まで持っていくほど量が多くない場合、大道搗きにいてもらうのだという。
 大道搗きというのは臼を転がしながら町を流して、呼ばれた家で米を搗くのだそうだ。

「へぇ」
 夕輝は改めて臼を転がしてる大道搗きを見た。

 その向こうを斧を担いだそまが歩いて行く。
 杣というのはきこりのことだそうだ。
 江都に杣が必要なのは東京育ちだから理解出来る。
 都心には広い公園が多い。
 そのほとんどは昔の大名屋敷の庭である。
 三百藩近くある大名全部ではないようだが、多くが江都に上屋敷、中屋敷、下屋敷を持っていて、その広大な屋敷には広い庭園があり、そこには大木が沢山ある。
 当然、杣も必要となる。

 江都の町は他にも色んな職業の人が家々を回ってくる。
 鍋釜の修理や刃物研ぎ、桶や樽の修理、魚や野菜、総菜、豆腐、植木、金魚等色々なものを売る棒手振り、蕎麦屋や心太売り、飴売り、その他、沢山の商売がある。
 長屋など町人のところには来ないが、賄屋まかないやという、一人暮らしの武士などに弁当を届ける商売もあるそうだ。

 家に弁当を届けるサービスって現代に始まったんじゃなかったんだな。

 太一に教わって、川へシジミ捕りに行けないときの小遣い稼ぎに釘などの金属や紙を拾うことも覚えた。
 落ちてる釘等の金属や紙、抜け毛なども、引き取りに回ってくる古金屋や古手屋に売れる。
 だから夕輝はとりあえず落ちてるゴミは拾っておくことにした。

 江都では紙屑から糞尿まであらゆるものがリサイクルされる。
 江都では、普通に食べて行く分にはどんな仕事でもやっていけるような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...