赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
41 / 42
第六章 望

第六話

しおりを挟む
 その後、何度か地下蜘蛛が襲ってきたが、何とか退けて先に進んだ。

「もうすぐだよ」
 繊月丸がそう言ったとき、また地下蜘蛛が現れた。
 どの地下蜘蛛も青眼に構えていた。
 ただ刀を振り回していた今までの地下蜘蛛とは明らかに違った。

「祥三郞君、気を付けて」
「夕輝殿も」
 夕輝と祥三郞も刀を構えた。
 太一と繊月丸は邪魔にならないように後ろに下がった。

 地下蜘蛛がじりじりと近付いてくる。
 夕輝もゆっくりと間を詰めた。
 斬撃の間境で夕輝は止まった。
 地下蜘蛛は間境に入ると、突きを放ってきた。
 夕輝はそれを刀で受けると、そのまま喉を突いた。
 刀を引き抜くと、地下蜘蛛は後ろに倒れた。
 すぐに次の地下蜘蛛が、真っ向から斬り下ろしてきた。
 それを弾き、抜き胴を放った。
 地下蜘蛛が内臓と体液をぶちまけながら倒れた。

「夕輝殿! 後ろ!」
 斜め後ろから地下蜘蛛が斬りかかってきた。
 夕輝が振り返って応戦しようとしたとき、地下蜘蛛が倒れた。
 そこに朔夜が立っていた。

「気を抜くんじゃねぇ!」
 残月がそう言いながら祥三郞に斬りかかろうとしていた地下蜘蛛を倒した。

「十六夜、ここは我らが引き受ける。先に行け」
「分かった。行こう」
 夕輝は太一達に声をかけて走り出した。
 朔夜の強さは知らないが、残月は夕輝より強い。任せても大丈夫だろう。

 前方が明るくなっている。
 どうやら目的地らしい。
 夕輝は入り口の手前で立ち止まった。

「夕輝殿、どうされたのでござるか?」
 祥三郞が背後から声をかけてきた。
「繊月丸、罠はないか?」
「ない」
 その返事を聞いて、夕輝はゆっくり入り口に足を踏み入れた。

 そこは広い部屋だった。
 がらんとしていて何もなかった。
 目の前には四人の男がいた。
 そのうち二人が倒れており、もう二人が倒れている男の前に膝を突いていた。
 膝を突いている男の一人は楸だった。

「楸さん」
「君か……」
「その二人は……」
えのき椿つばきだ。この二人はもうダメだ」
「地下蜘蛛に……」
「そうだ。そっちがひいらぎ
 楸はもう一人の男に視線を向けた。

 そのとき、
「夕輝さん!」
「天満さん!」
 夕輝を呼ぶ声が聞こえた。

 お唯と椛、お里が部屋の奥にいた。
 縄で縛られているようだ。
 部屋の中央には朔夜に似た男が立っていた。

「望」
 繊月丸が悲しそうに名を呼ぶと、凶月は優しい眼差しを向けた。
 お唯達と凶月の間に、この前の血の臭いがした女性がいた。

 誰かに似てると思ったら、椛ちゃんだったのか。

 多分、彼女が楓なのだろう。
 凶月が夕輝に目を向けた。

「お前が次の望か」
「違う!」
 夕輝が即答すると、微妙な空気が流れた。

「兄貴、そこは『そうだ』って答えるところじゃ……」
「え、でも、俺、自分のうちに帰りたいし」

 夕輝のいた現代と江都は違う世界だから、時間の流れは関係ないとしても、やはり支配者が違う世界にいるというわけにはいかないだろう。
 それに朔夜や残月がいるのだから何も自分が望にならなくてもいいではないか。

「お唯ちゃん達を返してもらうぞ」
「そうはいかない。この娘達は最後の贄だ」
「凶月、この中で未月の一族は私だけです。他の二人は解放してください」
 椛が凶月に懇願した。

「江都の神域は穢れきっている。未月の娘でなくとも結界は消える」
「そんなことをして何になる!」
「地下蜘蛛の支配する世界になれば、好きなだけ人が喰える」
「お前、人を喰うのか!?」
 凶月は答えなかったが、楓が俯いたところを見ると彼女が喰うのだろう。
 やはり人のはらわたを喰らっていたのは彼女だったのか。

「そんなことはさせない」
「邪魔をするものは全て殺す」
「望……」
 繊月丸が悲しそうに呟いた。
「夕輝殿。拙者も助太刀いたします」
 そう言ったとき、後ろから剣戟の音が聞こえてきた。
 楸と柊が地下蜘蛛と戦っていた。

 夕輝達の後ろにも地下蜘蛛の集団が迫ってきた。

「夕輝殿、ここは拙者が」
「気を付けて」
「夕輝殿もご武運を」
 祥三郞が地下蜘蛛の一段と向き合った。

 それを見てから刀を青眼に構えた。
 凶月も青眼に構えた。
 二人は既に一足一刀の間境の半歩手前にいる。
 どちらも刀を構えたまま動かなかった。
 あたかも、世界に存在するのが夕輝と凶月だけになったように、互いのことしか見えていなかった。

 音も聞こえなくなった。
 夕輝は呼吸を静めて、凶月の斬撃の起こりを待った。
 不意に凶月に斬撃の気が走った。
 次の瞬間、二人の身体が躍り、互いに真っ向へと斬り下ろした。
 刀と刀が弾き合う。
 上へと弾かれた凶月の刀が袈裟に振り下ろされた。
 夕輝は体を開いてよけると、踏み込んで小手を見舞った。
 それを凶月が払う。
 夕輝は素早く峰に返して、上段から振り下ろした。
 凶月はそれを弾きながら突きを繰り出した。
 刀が夕輝の右肩をかすめる。
 夕輝の肩からわずかに血が流れた。

 二人が再び構えたとき、
「望!」
 繊月丸が凶月を呼んだ。

「繊月丸」
「もうよそう、望。朔夜達と一緒に帰ろう。前みたいに一緒に」
「それは出来ないんだ、繊月丸。俺はもう地上を照らす望月もちづきじゃない。地上に災いを招く凶月に堕ちた」
「望……」
 凶月は繊月丸の言葉を撥ね付けるように夕輝に斬りかかってきた。
 上段から振り下ろされた刀を弾くと、二の太刀で小手を打った。
 凶月がそれを撥ねのけ胴を払ってきた。
 夕輝は後ろに飛び退きながら刀を払った。
 凶月は素早い寄り身で身体を寄せてくると、袈裟に振り下ろした。

 避けられない!

 そのとき、
光夜こうや!」
 楓の声に一瞬凶月の刀が揺れた。

 夕輝は咄嗟に突きを繰り出していた。
 刀が凶月の肩を貫く。

「光夜!」
 楓が叫んだ。
 凶月が膝を突く。
 夕輝は残心の構えを崩さず、二、三歩下がった。

「十六夜。とどめを」
 いつの間にかそばに来ていた朔夜が言った。
「え? でも……」
「凶月を止めるのが天満の使命だ」
「そんな、俺は……」

 いつの間にか、周囲は静かになっていた。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

執筆日記と24hポイント・スコア記録

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

蚕と化け物と異世界と。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

逆徒由比正雪譚

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...