赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

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第六章 望

第七話

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 他の人達と地下蜘蛛との戦いは終わったようだ。

「まだだ。まだ……」
 凶月が苦しそうな顔で立ち上がろうとしていた。
「江都の神域さえ消えれば……」
 凶月は最後の力を振り絞って立ち上がると、お唯に駆け寄って刀を振り上げた。

「やめろ!」
 夕輝は咄嗟に走り寄ると凶月の背に刀を突き刺した。
 凶月が膝を折った。
「光夜」
 楓が凶月の前に膝をつき、肩に手をかけた。

「か、楓……」
「もうよしましょう。私はこれ以上浅ましい姿で生きていたくはありません」
 その言葉に、凶月は唇を噛みしめた。
 楓は夕輝を見て頷いた。
 夕輝は一瞬逡巡した後、凶月の背後に回った。

 繊月丸は凶月を止めてくれと言った。
「望は泣いてるから」と。

 さっき、繊月丸に向けた優しい視線。
 きっとあれが本来の望だ。
 人を傷付けることで自分も傷付き、心の中で泣きながらも楓のためにやらざるを得なかったのだ。
 望になるかどうかはともかく、凶月を止めなければ大勢の人が死ぬ。
 そして、他の誰より、人の死を望んでいないのが凶月だ。

 目を閉じて覚悟を決める。

 そして、目を開けると一思ひとおもいに凶月の心臓を突き刺した。
 凶月が楓の腕の中に倒れた。
 初めて人を殺してしまった。
 その事実に手が震えた。

 楓が愛おしそうに凶月を抱きしめた。

 それから、脇に置いてあった二振りの刀を夕輝に差しだした。

「これは本来、望の持つべき刀、弦月げんげつです。太刀が上弦、脇差が下弦です。光夜が持っていましたが、凶月になった光夜には使えませんでした」
「俺には繊月丸がいるから……」
「弦月の使い道は刀としてだけではありません。あなたなら使いこなせるでしょう」

 自分は望になる気はない、と思ったが受け取った。
 そうしなければいけないような気がしたのだ。
 太一や祥三郞、楸がお唯達の縄をといた。

「次は私です」
 楓が言った。
「え? でも、あなたは何もしてない……」
「私は今まで何人もの人をあやめてきました。生きている限り、それをやめることは出来ません」
「けど、椛ちゃんのお姉さんを……」
「私はもう未月楓ではありません。亜弓です。望を凶月にし、人々を殺めた罪は償わなければなりません」
 夕輝は助けを求めるように椛を見た。

「夕輝さん。未月楓はもういません。そこにいるのは亜弓です」
「光夜が待っています。あまり待たせると置いていかれてしまうわ」
 楓がそう言って微笑んだ。
「あなたを置いていったりしないよ」
 夕輝はかろうじて笑みを浮かべた。

 凶月が何万人もの命と引き替えにしてでも助けたかった人だ。

「さ、早く」
 その言葉に、夕輝は楓の背後に回った。
「あの……、俺も償います。あなたと、凶月――望を殺したこと。……どうすれば償えるのかは分からないけど……償いますから……」
 声が震えた。

 いつしか、夕輝の頬に涙が伝っていた。

「ごめんなさい!」
 夕輝はそう言うと楓の心臓を貫いた。
 楓が凶月に被さるようにして倒れた。
「夕輝さん!」
 お唯が駆け寄ってくると、抱きついてきた。

「私も一緒に償います! だから、だから……」
 お唯も泣いていた。
「お唯ちゃん……」

 自分はお唯が連れて行かれる時、何もしてあげられなかったのに……。

「有難う。お唯ちゃん」
 夕輝はそう言うと朔夜の方を向いた。

「お唯ちゃんの記憶を消すことは出来るか?」
「夕輝さん!」
「勿論、この娘とそちらの娘には忘れてもらう」
 朔夜が手を振るとお唯とお里は意識を失った。
 夕輝は倒れそうになったお唯を抱き留めた。

「今回のことで、俺はあんた達に貸しを作ったよな」
「帰して欲しいのか?」
 夕輝はお唯を見下ろした。

「……お唯ちゃんを助けて欲しい」
「身請けして欲しいと言うことか」
「出来るか?」
「お前は帰れなくなるぞ。それでもいいのか?」
 残月が問うた。

「お唯ちゃんを助けるのは今じゃないとダメだから」
「後悔しないか?」
「するかもしれない。いや、きっとする。俺はそんなに出来た人間じゃないから」
「それでもその娘を助けたいか」
 朔夜が穏やかな声で訊ねた。

「お唯ちゃんを見捨てて帰ったら一生後悔する。同じ後悔するならお唯ちゃんを助けて後悔した方がいい」
 それから凶月と楓の方を見た。

「それに、俺は人を二人も殺してしまった。もう現代に帰って普通に生活するなんて出来ないよ」
「その娘一人助けたところで何も変わらないぞ。売られる娘は他にいくらでもいる」
 残月が言った。

「俺は人助けがしたいんじゃない。お唯ちゃんを助けたいんだ」
「分かった」
 朔夜はそう答えると、太一達の方を向いた。

「その二人の記憶は……」
「あっしは人に言ったりしやせんぜ」
「拙者も秘密は守ります」
 夕輝は二人を見てから朔夜の方を向いた。

「いいかな」
「いいだろう。どうせ喋ったところで誰も信じないだろうしな」
 残月が答えた。
「では、帰ろう」

 朔夜はお唯を抱き上げると出口に向かった。
 夕輝もお里を背負うと太一達を促して歩き出した。

 地上ではあちこちで小火ぼやが起きたらしいが、どれもたいした被害は出なかったらしい。
 お里を橋本屋に送っていくと、何度も礼を言われた。

 お里がさらわれたことで用心棒はお役御免になるかと思ったが、残念ながらそう上手くはいかなかった。
 太一も祥三郞も約束通り、今までと同じように接してくれていた。
 太一は毎日忙しく峰湯で働いており、あまり一緒にシジミ捕りには行けなくなった。
 とはいえ、夕輝もそれほど金が必要ではないので、時間があるときだけ一人で行っていた。

 祥三郞もいつも通り、長八に論語を教えに来ている。
 祥三郞の教えのお陰か、長八はようやくご隠居に仕事を紹介してもらえたそうだ。

 もうご隠居に仕事を紹介してもらったのだから論語を習うのをやめてもいいのだが、勉強するのが楽しくなってきたらしい。
 祥三郞は葵とも時々会ってるようだ。

 お唯が身請けされる日、夕輝が新吉原の大門の前で待っていると、
「夕輝さん!」
 お唯が嬉しそうな顔で夕輝に駆け寄ってきた。

「お唯ちゃん。出してもらえたんだね」
「はい。どなたかが身請けしてくれたんです」
「良かったね」
 夕輝は微笑んだ。

「はい。……でも、見世に出てなかった私を一体誰が……」
「きっとお唯ちゃんがいい子にしてたから、神様が助けてくれたんだよ」
「まさか……」
 お唯が微笑った。

「じゃ、帰ろうか。ご両親が待ってるよ」
「はい」

 夕輝とお唯は並んで歩き出した。
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