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EP01「〔魔女獄門〕事変」
SCENE-037
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「月女神の影響力を削いで、歩き回ってるノーライフどもに死をくれてやればいいんだよね?」
体の前へと立てて構えた杖にこつりと額をつけ、伏せていた顔を上げると。
『サークル・オブ・スターズ』の囲いの外から声をかけてきたカガリがとんっ、と地面を蹴って。そのまま、翼も生えていない体をふわりと宙に浮かび上がらせるところだった。
重力の軛から解き放たれた体を風のエレメントが取り巻いているから。それが〔浮遊〕ではなく、〔飛翔〕スキルによるものだとわかる。
「オケアノスの構造体にはなるべく影響を与えない方向で。あと、あの『闇』の中でダンジョンができかけてるとかだったら、それも残しておいてくれると私が嬉しい」
月女神による影響を抑え込むのが最優先で、それ以外は努力義務。
無理はしなくていいと念を押す私に、カガリは「わかってるよ」と微笑んだ。
「でも、うっかりやりすぎないようにミリーがちゃんと見てて? 目を離して、余所見なんてしたらどうなっても知らないよ」
……ついて来てほしいわけね……。
「はいはい」
脅しというには声色の甘い誘いに応じて。琥珀金の鎖に吊しているタリスマンから〔飛翔〕を使い、浮かせた杖に私が横乗りすると。
カガリは私にくるりと背を向けて、一足先に『闇』へと向かい、飛び去っていった。
〔飛翔〕のかかった杖に乗り、普段の目線より少しだけ高いくらいの位置まで浮き上がって。辺りを見回すと。
ヘクセンシュウスの車両と人員は、私とカガリをここまで乗せてきた車と運転手のリオン、あとはユージンを残して、他は綺麗さっぱりいなくなっていた。
「朱」
私を呼んだユージンが、こっちに来いと、車の傍から手招いてくる。
「通信機の予備があるから持っていけ」
……この状態の『サークル・オブ・スターズ』の中に物を入れるのって、結構面倒なんだけどな……。
「電脳通信じゃだめなの?」
「一般回線なんて使えるか」
……それはそう。
あっさり論破されてしまったので。仕方ないなと、〔飛翔〕で浮かせた杖ごと車に近付いていく。
「鎖の内側に手を入れないでね」
どうなっても知らないから、と。距離が詰まる前に、きっちり釘を刺しておく。
「わかってる。前にも使ってただろ、その凶悪法器」
「あの時とは降ろしてる力の主体が違うから。今度は手が溶け落ちるくらいじゃ済まないわよ」
「過剰防衛もいい加減にしろよ」
これでもかと顔を顰めたユージンへ、氷の上を滑るよう――すいーっ、と――近付いて、ゆっくり杖を制止させると。完全後衛魔法職の紙装甲に配慮して使用者保護機能の充実している『サークル・オブ・スターズ』と、その囲いの中に溜め込まれている魔力を、私がどうにかする前に。
ローブの袖口から、蜜色の触手がにゅるりと顔を出した。
……あ。
そういえばその手があったなと、うっかり者の私が感心しているうちに。琥珀金鎖の囲いの外まで伸びていった触手が、ユージンの手から咽頭マイクと骨伝導イヤホンがセットになった通信機を一式受け取って、いそいそと戻ってくる。
「回線は開いたままにしておけ。その代わり、通信ログは残さないでおいてやる」
「ご親切にどうも……」
戻ってきた触手が一つずつ差し出してくる、チョーカーのようなマイクを電脳接続端末と干渉しないよう首に巻き、イヤホンを耳に引っかけて。
「これで聞こえてるの?」
「あぁ」〈あぁ〉
尋ねた私に対するユージンの返事が二重に聞こえたから。私の方のイヤホンも、きちんと機能していることがわかる。
「それじゃあ、行くわね。カガリが傍で見ててほしいらしいから」
ひらひらと手を振りながら危なげなく方向転換した私に、ユージンはさっさと行け、とばかりぞんざいに手を振り返した。
……自分が引き止めたくせに。
体の前へと立てて構えた杖にこつりと額をつけ、伏せていた顔を上げると。
『サークル・オブ・スターズ』の囲いの外から声をかけてきたカガリがとんっ、と地面を蹴って。そのまま、翼も生えていない体をふわりと宙に浮かび上がらせるところだった。
重力の軛から解き放たれた体を風のエレメントが取り巻いているから。それが〔浮遊〕ではなく、〔飛翔〕スキルによるものだとわかる。
「オケアノスの構造体にはなるべく影響を与えない方向で。あと、あの『闇』の中でダンジョンができかけてるとかだったら、それも残しておいてくれると私が嬉しい」
月女神による影響を抑え込むのが最優先で、それ以外は努力義務。
無理はしなくていいと念を押す私に、カガリは「わかってるよ」と微笑んだ。
「でも、うっかりやりすぎないようにミリーがちゃんと見てて? 目を離して、余所見なんてしたらどうなっても知らないよ」
……ついて来てほしいわけね……。
「はいはい」
脅しというには声色の甘い誘いに応じて。琥珀金の鎖に吊しているタリスマンから〔飛翔〕を使い、浮かせた杖に私が横乗りすると。
カガリは私にくるりと背を向けて、一足先に『闇』へと向かい、飛び去っていった。
〔飛翔〕のかかった杖に乗り、普段の目線より少しだけ高いくらいの位置まで浮き上がって。辺りを見回すと。
ヘクセンシュウスの車両と人員は、私とカガリをここまで乗せてきた車と運転手のリオン、あとはユージンを残して、他は綺麗さっぱりいなくなっていた。
「朱」
私を呼んだユージンが、こっちに来いと、車の傍から手招いてくる。
「通信機の予備があるから持っていけ」
……この状態の『サークル・オブ・スターズ』の中に物を入れるのって、結構面倒なんだけどな……。
「電脳通信じゃだめなの?」
「一般回線なんて使えるか」
……それはそう。
あっさり論破されてしまったので。仕方ないなと、〔飛翔〕で浮かせた杖ごと車に近付いていく。
「鎖の内側に手を入れないでね」
どうなっても知らないから、と。距離が詰まる前に、きっちり釘を刺しておく。
「わかってる。前にも使ってただろ、その凶悪法器」
「あの時とは降ろしてる力の主体が違うから。今度は手が溶け落ちるくらいじゃ済まないわよ」
「過剰防衛もいい加減にしろよ」
これでもかと顔を顰めたユージンへ、氷の上を滑るよう――すいーっ、と――近付いて、ゆっくり杖を制止させると。完全後衛魔法職の紙装甲に配慮して使用者保護機能の充実している『サークル・オブ・スターズ』と、その囲いの中に溜め込まれている魔力を、私がどうにかする前に。
ローブの袖口から、蜜色の触手がにゅるりと顔を出した。
……あ。
そういえばその手があったなと、うっかり者の私が感心しているうちに。琥珀金鎖の囲いの外まで伸びていった触手が、ユージンの手から咽頭マイクと骨伝導イヤホンがセットになった通信機を一式受け取って、いそいそと戻ってくる。
「回線は開いたままにしておけ。その代わり、通信ログは残さないでおいてやる」
「ご親切にどうも……」
戻ってきた触手が一つずつ差し出してくる、チョーカーのようなマイクを電脳接続端末と干渉しないよう首に巻き、イヤホンを耳に引っかけて。
「これで聞こえてるの?」
「あぁ」〈あぁ〉
尋ねた私に対するユージンの返事が二重に聞こえたから。私の方のイヤホンも、きちんと機能していることがわかる。
「それじゃあ、行くわね。カガリが傍で見ててほしいらしいから」
ひらひらと手を振りながら危なげなく方向転換した私に、ユージンはさっさと行け、とばかりぞんざいに手を振り返した。
……自分が引き止めたくせに。
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