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EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-036

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「はぁ?」
 私から外した視線を余所へ流して。
 何か気に障るようなことでもあったのか、露骨に顔を顰めたカガリがちっ、と舌を打つ。

 もちろん、私に対して、というわけではなく。私以外の何かに対して。
 それにしたって、珍しいことには変わりがないけど。

 いつもにこにこと愛想の良い猫を被っているカガリにしてはレアな表情は、長くは続かなかった。

 顰めっ面でも絵になるイケメンなんだから……と、私が見つめる視線に、カガリが気付いてしまったから。
「ミリー、杖を」
 思わず感心してしまうほど、鮮やかな手の平返し。
 最早条件反射のようににこっ、と非の打ち所のない笑みを浮かべたカガリが、いつにも増して甘ったるい声で私に促してくる。
「早くしないと日が暮れちゃうよ」

 自分が被ったガワの良さを理解していて、その皮を私が殊更好んでいることも知っている。
 そんなカガリが浮かべる渾身の笑みの前で、私という面喰い女はまったく無力な存在だ。
 それが手練手管だとわかっていても、カガリに対する追求も忘れて、はいはいと杖を取り出しにかかってしまう。

 ……カガリのやる気を削ぐようなことがあったわけじゃないなら、いいんだけど。
 むしろ。どちらかというと、カガリが纏う魔力の気配は、いっそうやる気を増しているように感じられた。


                                    
 私がインベントリから引っ張り出した杖は、〔魔女の鉄槌〕に使われたものほどではないにせよ、それなりに大きなもので。素材の一つとして使った『クリスタルドラゴンの角』のようあちこち枝分かれした杖の本体に、幻世の琥珀金エレクトラム――ミスリルとヒヒイロカネの合金――で編んだ鎖を巻きつけ、そこにいくつものタリスマンが吊されている。【魔女術師ウィッチクラフター】の謹製品だ。

「黄昏に沈むもの。我が剣。我が護り手たる火輪よ。その輝きをこの手に灯せ」
 ほんの少し動かしただけでしゃらしゃらと音がする。隠密行動には到底向かない杖を空へ掲げると。水晶のよう透き通った杖の本体が、沈みゆく太陽の色を写し取って輝いた。
「サークル・オブ・スターズ。星の杖よ、目覚めよ」

 私の魔力と『力ある言葉』を受けて。それまではただの、おしゃれなタリスマンホルダーだと言っても通用するくらいには魔力の気配に乏しかった杖から、堰を切ったように清冽な魔力が溢れ出す。


                                    
 私が手にした『星の杖』から、杖に巻きつけた『サークル・オブ・スターズ』――それ自体が独立した法器でもある、琥珀金エレクトラムの鎖――へと魔力が供給され。独りでにほどけ、杖から離れた琥珀金鎖は、私の周囲を幾重にも取り巻いた。
「大丈夫そう?」
 『サークル・オブ・スターズ』によって私の傍から追いやられたカガリが、琥珀金鎖の囲いの外から声をかけてくる。

 『星の杖』を使うとき、そこから供給される無尽蔵の魔力のおかげで、私はタリスマンの使用コストについて気にする必要がない。
 その代わり、ただでさえ扱いの難しい『他人の魔力』を、私自身の保有魔力を遥かに超える規模で制御することになるので。魔力の制御を失い、周囲を巻き込んでの派手な自滅、なんてことにならないよう、『星の杖』を使うときは心身のコンディションがそれなりに良好でなければならないわけだけど。

 現世では初めての励起。それに加えて、もしも魔力の制御に失敗して、AWOで言うところのLPライフを全ロスするようなことにでもなれば。今はいいとして、後々どうなってしまうかわからないという、そんな状況でも、私には少しの不安もなかった。
「誰に言ってるのよ」
 自分の魔力も、杖から溢れる魔力も、幻世と同じように意識を通し、制御することができている。
 それなら、何も心配することはない。

 私は神にも認められるほどの魔女だ。


                                    
 『星の杖』から渾々と湧き出す魔力は『サークル・オブ・スターズ』によって私の周囲へと押し留められ、密度を増し、まるで火の粉のような燐光を、ちりちりと辺りへ漂わせはじめ。
「『わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、すべての恐れからわたしを助け出された』」
 じきに水平線へと沈む太陽と同じ色に染まった杖へと額ずき、そうであれ、と私が真摯に祈れば。それに応えるよう、杖から溢れる魔力が熱気を増した。





//引用 詩編(口語訳)34:4
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