悪役令息の三下取り巻きに転生したけれど、チートがすごすぎて三下になりきれませんでした

あいま

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魔王が姉で、姉が魔王で?(マーチャント)

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 川のせせらぎがさらさらと聞こえ、どこかで遠吠えが聞こえている。
 森の木々の合間から、群青色の空と輝く星々がきらきらと瞬き穏やかな景色の中叫び声が響いた。

「ぎゃーーーー!」
「うおおおおっ!」
「そっちに行った!」
「こっちねっ!」

 モラハ様と魔王の二人は真っ裸で川魚を追いかけていた。すでに周囲は暗いので魔王が魔法で灯りをひとつ空中に浮かべている。

 なんでこうなった。

 先ほどまで、ぎゃーぎゃーと俺に向かって詰め寄ってきた二人だったが、魔王が助けてくれた恩人と知ってモラハ様は「そうか」と落ち着き、魔王は水浴びしつつ俺が白目をむきながら体を洗っていた。だが、モラハ様が川に腰を下ろすと、突然、魔王がちょっかいを出してきた。
 魔王は水をかけ始めたかと思うと、突然、足元を泳いでいた魚に気を取られ、追いかけ始める。

 魔王は川で魚を仕留めようとする熊のごとく、手を振り下ろしたと思ったら勢いよく魚が跳ね上がり、川辺へと魚を弾き飛ばしている。それらの魚を魔王のところまで追いこむのはモラハ様の役目と言わんばかりに、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと忙しなく水しぶきを上げて走り回っている。

「夕食の食材には事欠かないわね」

 魚を捕るのに飽きたのか、魔王は俺のそばへと近寄ってきた。視線をたどると、川辺にひろがる小石の上で魚がびったんびったんと跳ねているのが見えた。

『さようでございますね。火を起こし、魚を串に刺して焼いているところでございます』

 すでに俺は夕食の準備を始めていた。
 手際がいいな、俺。いや、マーチャントなんだけど。

「へぇ、楽しみだわ。この世界に来てから思ったんだけど、空気が違うわよね。森の中にいるのも理由の一つかもしれないけど」
『空気ですか? 魔王様の前世では、どのような世界で過ごされていたのでしょうか?』
「そうね……箱庭みたいな感じだったわ。家も狭くて、学校は勉強する場所なんだけど、まるで押し込められた牢獄のような息苦しさがあったの。ただ……あたしには弟がいて、その子引きこもりだったのよね」
『引きこもりですか』
「えぇ。なんで引きこもりになったのかは本人が言わないからわからなかったけど、手間のかかる子でね……」

 魔王は、川でいまだに魚を追いかけているモラハ様に視線を移しながら、訥々と話を続ける。

「毎日毎日、飽きもせずゲームで遊んでいたわ。でも、今思えば本当にゲームが好きだったのかどうかもわからないのよね」
『それはお心を痛めたことでしょう』
「そうね、そうだったかもしれないわ。元気づけたかったの。だから、少しでも文学に触れさせたくて本を読んであげたの。そうするとなぜか元気になるのよ」
『それは嬉しかったのかもしれませんね』
「そうだといいんだけど」
『どのような本を読んで差し上げていたんですか?』
「読んであげていた本? 『女の子だらけでフォーリンラブ』でしょ、『鬼畜な狼女は平凡男を求める』に、もちろんこの世界と同じ『貴族学園らぶみーどぅー』も忘れちゃいけないわね」

 ぶふぉっ?!!! 今なんつった?! なんか聞き覚えのあるタイトルが並べられていたような気がするんだけど?!

 ちょっと待て。落ち着こう。俺の姉も同じタイトルの本を読み上げていたが、そんな奇特な姉を持つ弟なんて星の数ほどいるに違いない。世界は広いからな!

「今頃どうしているかしら。あたしの華麗な足さばきで体をほぐしてあげていたのよね。ほら、ゲームばっかりやっているから体を動かさないわけよ。血行がわるくならないように時々やっていてあげたのよね。姉の優しさっていうヤツ?」

 ぐふぉっあっ?!! 身に覚えがありすぎて怖いんだけど?!

 足で連撃蹴りする姉なんて俺の姉くらいしか思いつかないが、そんなことあるわけがない。

 もしかして、もしかするのか?

 世間ってそんなに狭いのか?

 異世界にまで姉弟の因果関係は及ぶのか?

 確認は必要だろう。姉の名前も自分の名前も思い出せないが、俺たち姉弟の二人だけがわかる共通の話題で姉かどうかわかるかもしれない。

「ジョブ変更:ドコニ・デモイル。……魔王様は『腐女子』という言葉をご存じですか?」
「あなたも転生者だったわね。そんな言葉を知っているなんて、あたしと同類ってことね!」

 ちげーよ!!! お前が俺に布教していたんだろうがっ! 俺は馴染んだりしねぇからな! いやいやいや、まだ、まだだ! これだけでは俺の姉だと決めつけるにはまだ早い。

「魔王様のお召し物はパーカーに黒のお履物でいらっしゃいますが、他に似合いそうな服など考えたことはありませんでしたか?」

 姉は確か言っていたはずだ。

「えー、『貴族学園らぶみーどぅー』の世界だって知ってたけど、さっきあたしが魔王だってわかったところだし。あたし服のことで何か言ってたかしら?」

 言っていたんだよ。覚えてないのか、それとも姉ではないのか。

 っていうかさ、俺引きこもりだったの? 記憶にないんだけど?!
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