23 / 25
魔王が姉で、姉が魔王で?(マーチャント)
しおりを挟む
川のせせらぎがさらさらと聞こえ、どこかで遠吠えが聞こえている。
森の木々の合間から、群青色の空と輝く星々がきらきらと瞬き穏やかな景色の中叫び声が響いた。
「ぎゃーーーー!」
「うおおおおっ!」
「そっちに行った!」
「こっちねっ!」
モラハ様と魔王の二人は真っ裸で川魚を追いかけていた。すでに周囲は暗いので魔王が魔法で灯りをひとつ空中に浮かべている。
なんでこうなった。
先ほどまで、ぎゃーぎゃーと俺に向かって詰め寄ってきた二人だったが、魔王が助けてくれた恩人と知ってモラハ様は「そうか」と落ち着き、魔王は水浴びしつつ俺が白目をむきながら体を洗っていた。だが、モラハ様が川に腰を下ろすと、突然、魔王がちょっかいを出してきた。
魔王は水をかけ始めたかと思うと、突然、足元を泳いでいた魚に気を取られ、追いかけ始める。
魔王は川で魚を仕留めようとする熊のごとく、手を振り下ろしたと思ったら勢いよく魚が跳ね上がり、川辺へと魚を弾き飛ばしている。それらの魚を魔王のところまで追いこむのはモラハ様の役目と言わんばかりに、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと忙しなく水しぶきを上げて走り回っている。
「夕食の食材には事欠かないわね」
魚を捕るのに飽きたのか、魔王は俺のそばへと近寄ってきた。視線をたどると、川辺にひろがる小石の上で魚がびったんびったんと跳ねているのが見えた。
『さようでございますね。火を起こし、魚を串に刺して焼いているところでございます』
すでに俺は夕食の準備を始めていた。
手際がいいな、俺。いや、マーチャントなんだけど。
「へぇ、楽しみだわ。この世界に来てから思ったんだけど、空気が違うわよね。森の中にいるのも理由の一つかもしれないけど」
『空気ですか? 魔王様の前世では、どのような世界で過ごされていたのでしょうか?』
「そうね……箱庭みたいな感じだったわ。家も狭くて、学校は勉強する場所なんだけど、まるで押し込められた牢獄のような息苦しさがあったの。ただ……あたしには弟がいて、その子引きこもりだったのよね」
『引きこもりですか』
「えぇ。なんで引きこもりになったのかは本人が言わないからわからなかったけど、手間のかかる子でね……」
魔王は、川でいまだに魚を追いかけているモラハ様に視線を移しながら、訥々と話を続ける。
「毎日毎日、飽きもせずゲームで遊んでいたわ。でも、今思えば本当にゲームが好きだったのかどうかもわからないのよね」
『それはお心を痛めたことでしょう』
「そうね、そうだったかもしれないわ。元気づけたかったの。だから、少しでも文学に触れさせたくて本を読んであげたの。そうするとなぜか元気になるのよ」
『それは嬉しかったのかもしれませんね』
「そうだといいんだけど」
『どのような本を読んで差し上げていたんですか?』
「読んであげていた本? 『女の子だらけでフォーリンラブ』でしょ、『鬼畜な狼女は平凡男を求める』に、もちろんこの世界と同じ『貴族学園らぶみーどぅー』も忘れちゃいけないわね」
ぶふぉっ?!!! 今なんつった?! なんか聞き覚えのあるタイトルが並べられていたような気がするんだけど?!
ちょっと待て。落ち着こう。俺の姉も同じタイトルの本を読み上げていたが、そんな奇特な姉を持つ弟なんて星の数ほどいるに違いない。世界は広いからな!
「今頃どうしているかしら。あたしの華麗な足さばきで体をほぐしてあげていたのよね。ほら、ゲームばっかりやっているから体を動かさないわけよ。血行がわるくならないように時々やっていてあげたのよね。姉の優しさっていうヤツ?」
ぐふぉっあっ?!! 身に覚えがありすぎて怖いんだけど?!
足で連撃蹴りする姉なんて俺の姉くらいしか思いつかないが、そんなことあるわけがない。
もしかして、もしかするのか?
世間ってそんなに狭いのか?
異世界にまで姉弟の因果関係は及ぶのか?
確認は必要だろう。姉の名前も自分の名前も思い出せないが、俺たち姉弟の二人だけがわかる共通の話題で姉かどうかわかるかもしれない。
「ジョブ変更:ドコニ・デモイル。……魔王様は『腐女子』という言葉をご存じですか?」
「あなたも転生者だったわね。そんな言葉を知っているなんて、あたしと同類ってことね!」
ちげーよ!!! お前が俺に布教していたんだろうがっ! 俺は馴染んだりしねぇからな! いやいやいや、まだ、まだだ! これだけでは俺の姉だと決めつけるにはまだ早い。
「魔王様のお召し物はパーカーに黒のお履物でいらっしゃいますが、他に似合いそうな服など考えたことはありませんでしたか?」
姉は確か言っていたはずだ。
「えー、『貴族学園らぶみーどぅー』の世界だって知ってたけど、さっきあたしが魔王だってわかったところだし。あたし服のことで何か言ってたかしら?」
言っていたんだよ。覚えてないのか、それとも姉ではないのか。
っていうかさ、俺引きこもりだったの? 記憶にないんだけど?!
森の木々の合間から、群青色の空と輝く星々がきらきらと瞬き穏やかな景色の中叫び声が響いた。
「ぎゃーーーー!」
「うおおおおっ!」
「そっちに行った!」
「こっちねっ!」
モラハ様と魔王の二人は真っ裸で川魚を追いかけていた。すでに周囲は暗いので魔王が魔法で灯りをひとつ空中に浮かべている。
なんでこうなった。
先ほどまで、ぎゃーぎゃーと俺に向かって詰め寄ってきた二人だったが、魔王が助けてくれた恩人と知ってモラハ様は「そうか」と落ち着き、魔王は水浴びしつつ俺が白目をむきながら体を洗っていた。だが、モラハ様が川に腰を下ろすと、突然、魔王がちょっかいを出してきた。
魔王は水をかけ始めたかと思うと、突然、足元を泳いでいた魚に気を取られ、追いかけ始める。
魔王は川で魚を仕留めようとする熊のごとく、手を振り下ろしたと思ったら勢いよく魚が跳ね上がり、川辺へと魚を弾き飛ばしている。それらの魚を魔王のところまで追いこむのはモラハ様の役目と言わんばかりに、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと忙しなく水しぶきを上げて走り回っている。
「夕食の食材には事欠かないわね」
魚を捕るのに飽きたのか、魔王は俺のそばへと近寄ってきた。視線をたどると、川辺にひろがる小石の上で魚がびったんびったんと跳ねているのが見えた。
『さようでございますね。火を起こし、魚を串に刺して焼いているところでございます』
すでに俺は夕食の準備を始めていた。
手際がいいな、俺。いや、マーチャントなんだけど。
「へぇ、楽しみだわ。この世界に来てから思ったんだけど、空気が違うわよね。森の中にいるのも理由の一つかもしれないけど」
『空気ですか? 魔王様の前世では、どのような世界で過ごされていたのでしょうか?』
「そうね……箱庭みたいな感じだったわ。家も狭くて、学校は勉強する場所なんだけど、まるで押し込められた牢獄のような息苦しさがあったの。ただ……あたしには弟がいて、その子引きこもりだったのよね」
『引きこもりですか』
「えぇ。なんで引きこもりになったのかは本人が言わないからわからなかったけど、手間のかかる子でね……」
魔王は、川でいまだに魚を追いかけているモラハ様に視線を移しながら、訥々と話を続ける。
「毎日毎日、飽きもせずゲームで遊んでいたわ。でも、今思えば本当にゲームが好きだったのかどうかもわからないのよね」
『それはお心を痛めたことでしょう』
「そうね、そうだったかもしれないわ。元気づけたかったの。だから、少しでも文学に触れさせたくて本を読んであげたの。そうするとなぜか元気になるのよ」
『それは嬉しかったのかもしれませんね』
「そうだといいんだけど」
『どのような本を読んで差し上げていたんですか?』
「読んであげていた本? 『女の子だらけでフォーリンラブ』でしょ、『鬼畜な狼女は平凡男を求める』に、もちろんこの世界と同じ『貴族学園らぶみーどぅー』も忘れちゃいけないわね」
ぶふぉっ?!!! 今なんつった?! なんか聞き覚えのあるタイトルが並べられていたような気がするんだけど?!
ちょっと待て。落ち着こう。俺の姉も同じタイトルの本を読み上げていたが、そんな奇特な姉を持つ弟なんて星の数ほどいるに違いない。世界は広いからな!
「今頃どうしているかしら。あたしの華麗な足さばきで体をほぐしてあげていたのよね。ほら、ゲームばっかりやっているから体を動かさないわけよ。血行がわるくならないように時々やっていてあげたのよね。姉の優しさっていうヤツ?」
ぐふぉっあっ?!! 身に覚えがありすぎて怖いんだけど?!
足で連撃蹴りする姉なんて俺の姉くらいしか思いつかないが、そんなことあるわけがない。
もしかして、もしかするのか?
世間ってそんなに狭いのか?
異世界にまで姉弟の因果関係は及ぶのか?
確認は必要だろう。姉の名前も自分の名前も思い出せないが、俺たち姉弟の二人だけがわかる共通の話題で姉かどうかわかるかもしれない。
「ジョブ変更:ドコニ・デモイル。……魔王様は『腐女子』という言葉をご存じですか?」
「あなたも転生者だったわね。そんな言葉を知っているなんて、あたしと同類ってことね!」
ちげーよ!!! お前が俺に布教していたんだろうがっ! 俺は馴染んだりしねぇからな! いやいやいや、まだ、まだだ! これだけでは俺の姉だと決めつけるにはまだ早い。
「魔王様のお召し物はパーカーに黒のお履物でいらっしゃいますが、他に似合いそうな服など考えたことはありませんでしたか?」
姉は確か言っていたはずだ。
「えー、『貴族学園らぶみーどぅー』の世界だって知ってたけど、さっきあたしが魔王だってわかったところだし。あたし服のことで何か言ってたかしら?」
言っていたんだよ。覚えてないのか、それとも姉ではないのか。
っていうかさ、俺引きこもりだったの? 記憶にないんだけど?!
0
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる