自由度の高いオープンワールドで普通に演奏家ロールプレイ

永井 彰

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第1章 未曾有の新世界!?

2kg.素直にヘルプ読む

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 とりあえず、面倒な事態にはならずに済んだ。
 タクミはほっと胸を撫で下ろす。と同時に夕食の支度を始める。

 一応、主夫なので家事はタクミがこなすのだ。

 五十嵐タクミは「しあげ」の記事編集が催促が来るほど溜まっているダメなおっさんである。しかし何よりもご飯が出来ていなくて怒るのは嫁だ、とタクミは悟りを開いている。
 五十嵐家は基本的にしっかりとスーパーで肉と色々な野菜、調味料を適度に買いだめしてあるので、たまに惣菜や漬物などを買い足せばそこそこの食生活になる。

「よっし、今日はカレー!」

 独りごちるタクミ。作るのが楽チンで、作りおきも出来るから今日はカレーにするらしい。
 玉ねぎ、にんじん、そしてじゃがいも。一口大に切り、鍋に油を足し、タイミングよくそれぞれ適度に炒める。その方が火が通るくらいはタクミだって知っているのだ。
 そして肉も少し炒め、後は基本の煮物と同じような具合。ルーは煮たったら入れ、頃合いを待つのみだ。

 が、待つのが苦手なのがタクミである。

 いつの間にか、その手には『エルド』のマニュアルが握られている。

「火加減よーし。では、これより読書タイムだ」

 陽気な独り言はタクミの得意技だ。
 パラパラと捲っているように見えて流石は編集者。実はタクミは速読を心得ており、あっさりと取説をマスター、つまり丸暗記した。

 実はタクミは、高卒である。
 一般的には編集者になれない。
 だが、猛勉強の末に簿記やらCADやら編集に必要なくてもなんでも資格を取り、TOEIC900点を取り、大検までは受かった。
 その熱意が認められ、大学に入る事までは必要なく、編集者の下積みからならと受け入れられたのだ。

 そして、その時のごときガッツポーズが合図となり、カレーが完成した。後は各自で加熱して食べる。

「うん、旨い・・・!いつもと同じだ」

 市販のカレールーなので当たり前なのだが、まあ、そこはそこ。ありがたく現代社会の便利さの恩恵を受ける人並みな生き方である。

 カレーライスを平らげ、皿を洗っているとアオナが帰ってきた、と思いきや

「いやあ、忘れ物しちまったよ」

 ゲームプログラマーのハヤトだ。実は『エルド』のプログラムにも少しだけ参加している。企業名しかクレジットされないくらいの会社だが、れっきとしたプログラマーなのだ。

「自由でいいな」
「兄貴に言われたかないわい」

 なんだかんだで仲は悪くない二人である。
 すると、ハヤトが目敏く何かを見つけた。

「うわあ、『エルド』じゃん!予約までしたもんね、兄貴」
「うるせえ、うるせえ」
「俺も帰ったらキャラ作ろっと」

 オープンワールドRPGなのでMMOとは若干の違いがあるが、『エルド』は複数のキャラクタをセーブデータごとに記録しておける。
 複数アカウントで四苦八苦していた頃の事を、なんとなく思い出しながら暫し雑談を交わすタクミ。
 そうこうする内に、ハヤトはまた職場に戻っていった。ハヤトにしてみれば、会社も半分ほど住まいである。

 ハヤトが出社すると、タクミはWeb上のヘルプサイトにもスマホでアクセスしてみた。
 今どきのゲームなので、取説には基本的な事しか載っていないのだ。
 また、ヘルプのマニュアル部分が膨大だからという理由もある。

 ただ、もっと細かい仕様やシステムはゲームの中にある。それが『エルド』である。
 ゲームの中で拾う「誰かの手記」というアイテム。これは未鑑定品扱いなのだが、鑑定済になると何らかの項目についての詳細な説明書となる。これはもしかしたら、『エルド』ならではのシステムかもしれない。

 その一方で、先ほどの「相づちの打ち方」すらヘルプサイトでないと細かい解説までは載っておらず、ネット社会も行き過ぎは不便だな、とタクミは苦笑した。

 スクリーンショットに載っているので、どうやらデンクロは物語の上で重要なポジションのようだ。
 まあ、昨今のゲームに限っては度重なるバージョンアップが常となっている手前、DLCなどで簡単に上位互換が幅を効かせたりもする。
 だが名前くらいは覚えておいても良さそうだ。デンクロ関連のクエストなどがあれば受けてみよう、とさえタクミは思った。

「そう言えば、アイツから武器を借りっぱなしだったな」

 謎の小刀。牛頭との戦いで貸してくれたアレだ。もしかしたら今後、何らかの役割を果たす貴重品なのだろうか。

「あんな奴でも、強いからな・・・」

 どうでもいい難癖混じりの評価を一方的に下す、タクミの悪い癖だ。
  気を取り直し、タクミはヘルプサイトの続きに目を通していく。

***

 物語の舞台は魔法世界エルドラ。
 そして、その大陸の一つ、スーガルドである。
 紫の髪の男が巨大な竜を生み出し、代償に男は呪いを負った。
 世界はたった一匹の竜により混乱の世界へと変貌した。
 竜は魔界の扉を開いて魔物を呼び入れ、悪の死者を甦らせた。そして、人の魂を食らいどこまでも成長していく。
 呪いを負った男は魔王と呼ばれていた。
 しかし、竜に屈した魔王には最早、世界を圧する今までの在り方は許されなかった。
 その時、一人の人間が魔王の前に現れる。
 それがあなただ。
 あなたがこれから運命を紡ぐのだ。

 エルドラ・ワールド。

 世界はあなたの手にある。

***

 デンクロが重要ポジション過ぎて、タクミは失笑してしまう。

「魔王というには随分ラフな見てくれだったぞ?」

 ただ、世をしのぶ仮の姿だったのかもしれないし、魔王としてデンクロがどうなっていくのかもバッシュ、つまりタクミ次第なのだろう。

「力を付けるまでは手が届かない存在っぽいな。暫くはやっぱりまったり演奏ライフかあ」

 竜の存在が気になる。
 掲示板などでチェックする事も出来る。発売当日でも、有名RPGをクリア近くまで突き進んでいるリアル勇者がいる昨今であるから、竜の立ち位置も一目瞭然のはず。
 だが当然、それはネタバレ行為であり、ゲーム本来の楽しみを損なう可能性がある。

「強くなってないとゲームにならない強制力パターンが実在するからなあ」

 似たようなオープンワールドでの、自由度を謳う割にはという珍妙なシステムをタクミは思い出して悦に入る。
 クオリティさえ良ければも甘くないな、とその作品は教えてくれたという意味ではそうバカにも出来ないがとはタクミは思ってもいる。
 しかし変な詰めの甘さは少しの事だとしても目立つよなあ、とは思い知らされたものだ。

 続けて、タクミはヘルプサイトにある基本の操作方法を読み始めた。
 カメラ操作は思いの外、快適だ。モードを切り替えられ、基本的には自動にしておけば適切な視界で進めていける。一方で、観察や探索のための視点切り替えも重要なようだ。
 インベントリ管理なども、該当するページと見比べながら把握していく。よくあるRPGと似たようなシステムらしく、タクミでもすんなり理解できた。

 途中で家族が帰ってきたが、その度に適当に世間話を挟みつつ、風呂の準備や洗濯物の取り込みもばっちりでやるべき事は終えているタクミは悠然とヘルプサイトの読み込みに時間を費やす事が出来た。

 クラスの変更やスキルの設定は、ギルドと呼ばれる冒険者組合に行かないと解禁されないようだ。
 近くにあるとデンクロが言っていた町までは、注意深く戦闘を避けた方が良さそうだ、などとタクミは既に方針を探っている。
 ただ、『エルド』ではキャラクタに死の概念は基本的にない。あるとしたら寿命か呪いだ。
 戦いにおける死は、戦を司る神・ウォーエルによって保護され、経験を幾らか失うペナルティを負いはするが決して生は終わらない。

 現実の世界では起こり得ない仕組みだが、現実に生きてさえいれば幾らでも『エルド』の世界はプレイヤーに開かれているのである。

  また、家屋などの建築物を組み立てる事が出来たり料理が出来たりするのも特長だ。厳密には備わっているシステムとまでは言えないが、ロールプレイやアバターの延長線にある「ゲーム進行に深刻には関わらないレベルの遊び心」がそこにある。
 料理で生計を立てられるほどになりたいなら、料理のスキルを上げる、のではない。
 必要なのは実績だ。

 実績と言っても予め用意されプレイヤーが半ば受動的に埋めていくそれとは一線を画す。
 つまりそれは現実と同じ、『エルド』の社会での現実上の物なのだ。たとえば料理ならばコンテストで優勝、とかレシピ本を出版する、などが実績である。

 タクミは事前情報として、大まかではあるがその事をWikiで知っていた。そして敢えての演奏職である。
 タクミに音楽の専門的教養もプロとしての実績も期待してはいけない。むしろ音痴である。
 本人にしてみれば、だからゲームでくらい音楽家でいさせてよ、という心境なのだろう。
 幸い、スキルシステム自体はあり、ただゲーム的にバッシュのステータスや演奏スキルを鍛えていけば演奏力は付いてくるようで、タクミでもやっていけるレベルの演奏職ロールプレイとなりそうだ。

 まるでセカンド・ライフ。現実のうだつが上がらない立場から気分だけでも下克上を誓うタクミである。末はバッハか、シューベルトか。それは今後のバッシュ次第だ。

 戦闘の項目にも、一応は目を通す。立ち位置としては生産職に近いだろうから、生活は商売などで賄って戦いはしないつもりのタクミだが、念のため、そして牛頭のような不測のイベントに備えての考えだ。
 弓矢か、魔法、あるいは銃。ざっと目を通した感じでは、バッシュに使わせると良さそうな武器はその辺りになりそうだ。
 ただ、魔法システムは昨今のRPGでは考えられないくらい複雑で「ほぼ一から作る」に等しい困難さがある。
 つまり遠距離物理が当面の戦法になりそうだ、という事だ。

 デンクロの小刀は護身用くらいで、売れたとしても一応は保有しておこう、とタクミは思った。
 メインキャラクタからのアイテムにはやはり、思い入れが出来るものである。

 ふと時計を見る。

「うっわ、もう明日じゃん」

 いそいそとベッドに向かうタクミであった。
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