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100:荒野
しおりを挟むぐうぃんという、薄い膜を突き破るような感覚で、タロスの木の上部にでた。
砂漠を囲むように森があり、遠くに街らしきものが見える。
その向こうが草原で、北に上がれば海らしい。
そうか、ここまで上に上がれば街が見えたのか。
下を見てもなにも、だれもいない。
木と井戸の跡があるだけで、家があった形跡もなくなっている。
焦げ臭さもなく、灰もなかった。
振り返れば、こんもりと砂漠の森も見えた。
目がいいというのは素晴らしい。
なにげにここに来てからのこの恩恵に感謝している。
抱えられたままタロスの木のもとに降りた。
「なにもないね?」
「そうだな。なにも、気配もない。が、なさすぎるな。
静かすぎる。サボテンの森でもそう感じたんだが・・・」
それって、あれよねと、言おうとしたときに、
初っ端にやらかした振動の何十倍とも思えるものを感じた。
マティスがタロスの木との間にわたしを引き込み
上から覆いかぶさる。
言葉を発する間もなく、腹の底に響く振動。
怖い、と思うこともなく、固まるだけ。
今までのことはやっぱり夢だったのかもしれない。
目が覚めて元に戻るのはいやだ。
マティスが抱きしめてくれる。
大丈夫だと。
マティスの香りだけが、現実のような気がした。
強くマティスにしがみついた。
タロスの木まで移動する。
瞬く間もなく、景色を上から見てるだけで見慣れた場所にでた。
気配を探るがなにもない。なさすぎる。
砂漠と森の境界だ。トカゲ以外にも生物はいる。
サボテンの森もやたら静かだった。
下に降りると彼女が抱き付いたまま話す。
「なにもないね?」
「そうだな。なにも、気配もない。が、なさすぎるな。
静かすぎる。サボテンの森でもそう感じたんだが・・・」
地の振動が、空をも揺るがしている。
急いでタロスの木に彼女を押し付け、その上から覆いかぶさる。
地震か?揺れが長い。タロスの木が倒れればそれまでだ。
言葉を発することなく、守れと願う。
彼女の思考は真っ白だ。
目が覚めて元に戻るのはいやだとそれだけ。
大丈夫だと強く抱きしめれば、強く抱きしめてくる。
どれくらい時間が経ったのかわからない。
2人で抱き合いながら静かになるのをひたすら待った。
月が昇っているから数時間は経ったようだ。
身体に砂が積もっている。
「納まったか?」
「なんだったの?地震?」
「いや、それにしては長すぎる。・・立てるか?」
「うん。うわ、砂まみれ。はぁー、タロスの木のおかげで助かったね。
うわ、こっち側はひどいことになってる。」
2人が身を寄せていた反対側は完全に砂で埋もれたいた。
『夜でも見える目に。タロスの木に降り積もった砂は、元の場所に。』
彼女が言霊を使う。
「サボテンの森に戻ろう。移動じゃなくて飛んでいくよ。
ゴーグル付けて。」
彼女の鞄からごうぐるとたおるを出してきた。
「これで口と鼻を塞いで。有毒なガスがでてたらまずいから。」
「移動でいくか?」
「ううん、様子を見ながら飛ぶ。
ああ、マティス。さっきはありがとう。言霊を使うこともできなかった。」
「いや、かまわん。無事でよかった。さ、行こう。」
サボテンの森に向かっていく道中はひどいものだった。
砂丘はなくなり、普段なら砂の奥深くにある地層がむき出しになっている。
吹き飛んだ砂は、森の際に山を作っていた。
砂漠石も、海峡石も、見当たらない。トカゲたちも、サボテンも。
砂漠ではなく、荒野が広がる。
サボテンの森らしき場所についたが、深くえぐれているだけで何もなかった。
土の中に沈んでいったのか?吹き飛んだのかもわからない。
抉れた縁に降り立つ。
「マティス、まずい。ガスのにおいがする。こっちで覆って。」
石で作ったのであろう、不思議形をしたものを寄こした。
布をとる瞬間、確かに異様なにおいがした。
「石におねがいしまくったから不格好でも大丈夫。
噴火でもないね?でもガスはでてる。
あ、第一探検隊は?」
腰に吊るした袋から石を取り出し聞いている。
「ちょっと、仲間は無事なの?」
袋から光が漏れてくる。
遠くで光るものが見えた。
「あれでは?」
「ん?どこ?あ!こっちに戻っておいで!!」
呼び寄せたようだ。
しゃがみこみ石と話し始めた。
「ちょっと!この地殻変動、起こることわかってたんでしょ?
だから残ったの?まさか、あんたたちの仕業じゃないでしょうね!?」
ものすごい剣幕でまくし立てている。
顔のほとんどを覆っているから、余計に不気味だ。
「え?違うの?知ってたけどって!じゃなんで残ったの?
・・・・・・・・・・・
記憶?記録?ん?わからん!」
「何と言ってるんだ?」
「んー、言語じゃないから雰囲気だけしかわかんないんだけど、
もともとここいらにいたんだって。
地殻変動があることはわかってたからいったん帰るつもりだったんだって。
その移動途中でわたしたちに拾われて親分のところに帰れたんだと。
それで、親分に記憶と記録を頼まれたと。
思ったより早く変動が来そうだったから、タロスの木に頼んで早く離れてもらったって。」
「記憶と記録?」
「うん、ただ、記憶と記録をしているとしかわかんない。
でも、危ないでしょ!吹き飛んでしまったらどうすんの!
え?それは大丈夫なの?
・・・・・・・・
ほんとに?だったらいいけど。
・・・・・・・・
やっぱり、無理してたんじゃん。」
やり取りをしている間腰の石はずっと点滅していた。
反対にここにいた3つの石は徐々に光を失っていく。
「消えていくぞ?」
「うん、働いたから、休憩に入るんだって。
あとはゆっくり旅が楽しめるんだってさ。
でも、迎えに来てくれて助かったってさ。」
「なんだろうな?記憶と記録といったか?わからんな。
タロスの木と話もできるというのか?ますますわからん。」
「うん、わからんね。でも、ま、無事でよかった。
ん?でも、少しでも離れるのが遅かったら巻き込まれてるね。
よかった。じっくり話せばわかるから今度からは直接教えてね。」
彼女は深く考えない。そのまま受け入れる。
ただ、観察力と洞察力は優れている。
彼女が受け入れるのならそれでいいのだろう。
私が気を付ければいいだけだ。
「あー、なにもかもなくなったね。
鳥と呼びたくない鳥も、モグラもどきもそういえばいなかったね。
人間だけだね、終わってから気づくのは。」
体が押付けられる圧を感じる。
彼女の腰石たちが騒いでいるのが分かる。
「離れよう。」
返事を待たずに、彼女を抱きかかえ、タロスの木まで飛ぶ。
「え?」
「タロスの木を運ぶぞ。」
「!うん、わかった。」
大きな二重の膜を作り、周辺の土ごと収納した。
「このまま、ゼムのところまで行く。
気配は消しておけ。」
「はい。」
ゼムの屋敷まで飛んだ。
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