いわゆる異世界転移

夏炉冬扇

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ここから下町に廻る裏道を進む。
下町独特の匂いが何十年ぶりに戻ってきたことを実感させた。

からだが大人になり、これから父親の手伝いを十分していけると思った矢先に、
母親の元へと移ることになった。

母親のことは話さない。
からかいはあったが、最後は母親が貴族だったら、
こんなとこにはいねーよ、という笑い話だ。
貴族の子供はそれだけで資産だ。
だが、それは事実だった。

父だと思っていた男はお前を育てたおかげで金が手に入ったと、
肩を震わせ笑っていた。


父親のことは話さない。
母だと名乗る女性は、今日からここで生活するのだと。
事情があって預けていただけだという。

そこからは、勉学、鍛錬、礼儀作法。
あらゆることを学んだと思う。


ひっきりなしに出入りする人たち。
男はこの家の女主との婚姻を望み、
自分の息子、娘を養子にとやって来た。
これは女もだ。
それを断る口実に引き取られたんだと思っていた。



「ご心配には及びません。
息子が何もかも継いでくれるでしょう。」
「しかし、父親が誰だともお話にならない。
養子だと聞いています。
ならば、我が息子たちでもよろしいのでは?
なんといっても貴族の血を引く。
スクレール家はますます安泰だ。」
「今現時点で、スクレール家になんの問題もありません。
あなた方の方が問題ありとお聞きしますが?
鉱山の開発投資が回収できないとか?
なんでしたら、その鉱山こちらで引き取りましょうか?」

相手も金が手に入れば、何もこんな女と結婚などしたくはないし、
子供も別のところにやればいい。

女はスクレール家の資産をどんどん使っていった。
女の親も、兄弟もいない。
女が伯父と呼ぶ男が死んでからはさらに拍車がかかった。
その息子たちもひっきりなしにやってくる。いとこ同士ということだ。



「勝手に資産を使っているそうだな?リガーナ?」
「勝手にとは人聞きの悪い。
わたしの資産をわたしの采配で使っているだけですよ?」
「父上はお前に甘かったからな。
わたしよりもお前を優遇していた。
が、その父はいまはいない。わたしがリーニング家の当主だ。
資産運用は当主の役目。すべて差し出せ。」
「異なことを。わたしはリーニング家から独立しています。
全てわたしの資産です。
資産院と天秤院にお聞きになっては?
わたしの資産をどうしようとかまわないはず。」
「婚儀失敗というのがそもそも間違いだったのだ。
あれは、わたしとお前との子ではないのか?」
「まさか!!髪色が違います。」





女がわたしを初めて見たときに言ったのだ。


「あなたがその髪色で本当に良かった。」

最初は意味が分からなかった。
俺を産んだ母親だというのは分かる。
が、捨てたのだ。
この髪色だったからだろ?
そして今は、自分やいとこと同じ髪色だと、
やはり自分の子供だったと、資産を取り上げられるからだろ?


「リーニング家は代々金髪。
わたしの父も、伯父上も、わたしも、あなたも。
それに、死産だと報告したときにあなたが言ったことですよ?
今後一切、リーニング家とかかわるなと。
なので分家したまで。
わたしの手元にはわたしの為に母が残してくれた資産のみ。
いまさら己が当主だ、資産だ、挙句に婚儀のことまで持ち出すというのは、
余程リーニング家は資産にお困りのようですね。
いまや、資産はスクレール家のほうがはるかにありますから。」
 「資産の話ではない!」
 「あら、そうでしたの?
申し訳ないです。ここに来る方皆その手の話ばかり。では何用で?」
「婚儀の話だ。」
「息子にですか?まだ、成人前です。
それに、近々軍に入ります。もちろん一般入隊ですよ。
お飾りではなくね。」
「軍!南との交戦が活発化しているというのに?余程邪魔なようだな?
軍のことなど平民に任せておけばいい。」
「軍は国の要。軍に貢献するのは王族の務め。
なのにその言い様。
そのお言葉、そのまま我らが王に報告いたしましょう。」
「・・・わたしと、お前の婚儀の話だ。」
「おほほほほほ!!
婚儀とは本人の承諾があって初めて成立する。
父の言いなりに承諾したあの時とおなじではありませんよ?
お断りします。」
「なぜだ?あれから誰とも結婚してはいないだろう?
子もいない。だれが後を継ぐ?」
「息子がいます。」
「軍に行くのだろう?
王族の、それも資産ある家に子が1人しかいないということこそが、
王に対して不敬なのではないか?」
「子を産めと?」
「そうだ。わたしとお前の子だ。お互い繁栄のためだ。」
「お断りします。
王族は繁栄の為に婚儀をするというのは理解できますよ。
だったら、なにも落ちぶれていくリーニング家と結びつく意味がない。
こちらまで聞こえていますよ?
砂漠石採掘に乗り出したとか?
嫌がる平民を無理矢理借り出すために、
石の契約をしたそうですね?もし万が一があれば、保証すると。
コットワッツの領主が止めるのも聞かずに。
その保証は必ずリーニング家が行うと、石の契約を施したそうですね?
コットワッツが。
余程大きな石を使ったのでしょう?
あなたの資産は目に見えてなくなったと聞きましたよ?」
「コットワッツが勝手に保証したのだ。
支払いはコットワッツがすればいいものを!!」
「石の契約ですもの。
そのかわり、成功すれば今後の採取権は
全てリーニング家のものだという契約だったのでしょう?
砂漠石の採取は辺境領国の特権。
特にコットワッツはそれで繁栄、領民も守って来たのに。
手出し無用の事柄はあるのですよ?
このスクレール家もおなじです。
資産の話、婚儀の話。
これは全てお断りします。
ほかには?なければお引き取りを。
それともなにかお売りしたいものが有るとか?
それならばまた違うお話です。」


こうやって女は資産で何かを買っていく。
リングを保有しているわけではない。
砂漠石を確保しているでもない。
なにかを買うという時にそれまで持っていたもの、権利を売るのだ。
それが減るということはなかった。
いとこだという男も婚儀の話はしなくなったが、
不要になった土地や権利を売りに来た。
俺はそれを隣の部屋で聞いていた。軍にはいるまで。
女が買うものはいずれ値が上がる。
そんな話も聞こえてきた。
数軒の物件を見せ、どれかを買ってくれと言い、
では、これをと決めた途端、これだけはやはりだめだと、
他のものを強引に売りつける輩もいた。
その場合はさらに安値で買っていた。
そのものにすれば、いずれ値が上がるという見当だけをつけてほしかったのだろ。
が、女が買わなければ、むしろ廃れるばかり。
逆に借金が増える。
買い叩いたものはやはり、相場以上の値が付く。

成人前になると、軍に見習いで入り、力をつけていった。
同じ年のガイライは都下出身で、
軍での経験は俺よりも長い。同じ年、成人後に正式に入隊。
そこには下町出身のニックがいたが、俺のことは何も言わなかった。
ただ、俺の容姿のことを言われ、
見境がなくなったときに止めには入ってくれた。


「顔がよくたって、軍には何の役に立たないんだ。
お前らは、腕も悪いが、うーーん?
ま、顔のことはお互い言うのはやめておこうぜ!
がははははは!!!」

ガイライはただ、傍にいた。
都下出身で腕も俺と同じ。
俺以上に嫌がらせもひどかっただろう。
ここにいるのは王族貴族出身でも、子だくさん故に
相続から外れた者たちばかり。それでいて、
貴族の傲慢な部分のみ引き継いでいる。
平民も、食うために軍に入っている。
お貴族はこんなところに居なくても食べていけるだろうと、
己の弱さを認めず、鍛練で強くなった俺たちを認めない。
なんて狭い世界だ。

緑目のロミック隊長のもと、南への遠征、戦闘と繰り返す。
ニックが出向先の王に臣の腕を捧げたと戻ってきた。
そこからはニックの快進撃だ。
心を捧げることでそこまで強くなるのか?
いつか自分にも捧げることがあるのだろうか?

「余程だろうな。命を懸けてついていきたいと、
傍にいたいと思うということだろ?
ニックは違うみたいだが。
わからんな。会えればいいとは思うが、
捧げずに終えるほうがいいかもしれん。」
「どうして?」
「捧げないとそのひとを守れないってことだろ?
ニックは違うみたいだが。
そんな状況は良くないよな?
そんな世の中にならないようにしていきたいな。」

ガイライは理想を言う。
ニックは違うみたいだと言うのは同意見だ。


「お前らはまだわかっちゃいないんだよ。
その時になればわかるさ。
離れていてもいいんだよ。」

ますます自分が捧げることはないだろう。
少なくともニバーセルにはいない。
我らが王も違う。

どこか、違う場所に。

「いや、止めはしないよ?
けどなー、どこに行っても同じだぞ?
いや、それは俺も大陸を見て回ったわけじゃないし、
俺だって、故郷を出だ身だからな。よく考えてのことだな?
相談じゃないんだよな?
お前や、ガイライに対する嫌がらせというか
しょーもないもんはどこに行ってもあるぞ?
これだけは断言できる。」
「相談じゃないし、そんなことは既にどうでもいいんだ。」
「あっそ。
いまは落ち着いてきてるからな。出るなら今か。」
「そうだ。」
「わかった。だが、今すぐはダメだ。あとひと月考えろ。
それでも、出るんならそれでいい。
で、そのひと月は俺と集中鍛錬だ。」
「え?」


これがひどい。
これを理由に軍をやめると言ってもいいくらいの内容だった。
終われば、飯も食えんほど。
流し込む状態の物を毎回、ガイライが用意してくれていた。
ガイライの料理は常にこの状態だったが、
今回はありがたかった。
ひと月考えもし、鍛錬もこなした。
出ることに変わりない。

「そっかー。ま、頑張れ。」

それだけだった。
ガイライは何か言いたげだったが、ただ頑張れと。
それはお前にだ。
頑張れ。


そこから、南に、西へと。そして東へ。
主はいない。
東に落ち着いたのは、
俺と同じ髪色をしたものが多かったからだ。
くすんだ赤い茶色。
ニバーセルでも黒髪と同じくらい少なかったが、
いないわけじゃない。
が、東諸国には多い。
それから腕を買われて、ここの事務院に雇われた。
事務というが情報活動だ。
捧げてもいいかという人物もいた。
が、その時躊躇したのだ。
ほんとうにいいのか?と。

ニックはその時になればわかると言ったが、
躊躇しているうちは違う。
俺の心に問題があるのか、相手が違うのか。

流されるまま、隣国に潜り込み、
流れ流れて、ニバーセルだ。戻ってきた。

「はははは!これは懐かしいな!
ガイライ!ガイライだ!!分隊に落ちぶれたと聞いたが?」






─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘




ニバーセルの話は良くも悪くも入ってくる。
砂漠の変動、軍の再編成、銃の話。
一時大陸に名を馳せたマティスの話も。
懸賞金が出ていることも。


ネルウカート国のごろつきとして雇われ、
カリクの商売を邪魔しろと。
ここに来てなにも手立てがない。
ネルウカート国にも目をつけられて、得た情報を送ることすらできない。
ここらで一度離れるか?


ガイライだ!
これは好都合!ニバーセルに連れていかれて
そのまま逃走したとすればいい。

「・・・で?何この子?なんでうちの子に殺気を向けるの?」

母親?
油断したとはいえ、こんな小娘に吹っ飛ばされた。
このまま気を失ってしまえばいいか?

「・・・なので、息子に害なすお前はいらんな。」
また、心の臓への一撃。

ここで死ぬのか?
え?甘い?



その後はガイライに起され、
何も核心にふれず、うまい飯、うまい酒を呑み、
甘味ももらう。
そして、ミーキで泣いた。

ミーキ!!なんてことだ!!

驚いてばかりだ。
何より驚いたのが、ガイライがあの小娘に臣の腕を捧げているという。


「そんなこと知らんがな。あ!声に出ちゃった。
今生きてんだから、それに感謝しなさいよ。
じゃ、その美男子ぶりは父ちゃん譲りか。
いいねー。」
「それを言うな!!!」

常に変装とも言わないような
薄汚れた風体でいた。
それを取れば、昔のままだ。
自分では歳をとったとも思わない。
容姿のことを言われるのは久しぶりだった。
ニバーセルを出てから数えるほどだ。
昔のように、血が昇る。
子供で、何も知らなかったころとは違う。
勉学の中に親から引き継がれる要素というのもならった。
軍に入ってから、聞こえるように話す昔話。

男を金で買っていた女が母親だ。
そして子供を金で売ったのが父親だ。

その証拠が俺の容姿。


又も飛ばされた。
この状態でまともは闘えないからだ。
小娘が話し始める。
よかったね、よかったねという。
どこがだ?

・・・体は丈夫だ。
骨の細い?発育?

謝罪を口にするが、
小娘の言葉一つ一つが考えさせられる。

・・・・。
今、生きているんだ。


女だから許される仕事だろ?
おかしな話か?
あれ?



それから、もう一つの考えを話し出した。


マティスと呼ばれる男は小娘を呼び、
抱きかかえると子供を寝かしつけるように背を叩く。
見る間に小娘は眠りについた。

ニックも、ガイライも、そしてマティスも泣いている。

どういことだ?
その話は本当なのか?

ワイプと呼ばれる男は作り話だからという。
平然と話しているが、
素早く涙をぬぐっているのは見た。

作り話?
いやそれよりもまた財産目当てに人が出入りしているのか?
運び屋?あの仕事をまだ続けているのか?

マティスもテントに入り、
残り3人が分からん話を進めていく。
モウと呼ぶ小娘が中心のような話しぶりだ。

眠ることなく、店の話を進めていく。
細かい設定、売り出しの話、今後の予定。
お互いが核心には触れずに。
あいまいなまま進めていった。

月が沈むと2人はテントから出てきた。
あの中で少しの間気配はなかったのに。
そして、モウは風呂を作るという。
マティスは今後の予定を聞いている。
彼は感情が動かない。
ワイプを毛嫌いしているようだが、そうではない。

飯を食い、女が作ったという風呂に入る。
剣のマティスの傍らにいる石使い。
赤い塊のモウ。
どれほどの石を使ったんだ?
砂漠石が豊富だったコットワッツ領主がマティスの弟だ。
枯渇したと言われるが、貯えがあるのか?
それを使っているのか?

周囲が岩で囲ってあり、高い所から湯が落ちてくる。
この岩は元からここにあったのか?
その下に入り込み、肩をあてればいいと。
その場所に行けば、ちょうど腰があたるところから湯が噴出されている。
どういう仕組みだ。
皆は疑問にも思わず、館にもつけてもらおうという。
ワイプが頭頂に当たらぬようにしているのが、
誰も指摘しないがおかしかった。


マティスが移動と呼ばれるもの行なう。
モウからは油と手土産、ベントウという飯を受け取る。

「・・・・ゆっくりできればいいね。」
「・・・・。遠慮なく。」

『ガイライとタンダート、ガイライの館に』

なんの感覚もなく旧王都近くに立っていた。

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