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5話

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来客はすでに談話室にいた。腕にはパンパンに膨らんだ紙袋を抱えて。
「マシューさん、ごきげんよう。何かご用意があっていらしたのでしょう?手短にお願いしますね。」
立ち振る舞い自体はとても上品で、客をもてなすには十分な態度なのに、微妙にそっけない。「早く帰ってくれ」とかなり遠回しに言っているみたいだ。
「長居するつもりは更々ないよ。ただその・・・リュドミール君達にお詫びがあってね。」
「お詫び・・・?」
彼が俺達に詫びを入れるような事をした記憶がない。マシューが紙袋から取り出したてテーブルに並べたのは箱のお菓子や小分けのパンが入った大きな袋、清涼飲料水、そのほかインスタント食品などとにかくいろいろな「食べ物」だった。しかも、そのほとんどが元いた世界でよく食べている物にそっくりだ。
「まあ、これはどういうこと?これはなぁに?」
アマリリアが興味深くカップ麺を手に取って色々な角度から凝視している。お金持ちは庶民の食べ物に疎いのは彼女も例外ではなかったのか。
「・・・アマリリア。みんなに朝食にどうぞって渡したアレは僕があっちで・・・人間の味覚に近いものを合わせて用意したやつなんだけど・・・。」
「あぁ、サンドイッチですわね。ご親切に私の分もくださって、とても美味しかったですわ。」
一旦カップ麺をテーブルに置く。今までどこか冷たい言葉を投げかけていたアマリリアももらった食べ物が純粋に美味しかったと素直に感想を述べた。嬉しそうだ。
ん?今、あっちがどうとか言わなかったか?
あれはこの世界の、僕らの味覚に合わせて作られたものですから。」
どういう意味だ?味覚が人間と違うのか?
「え?私のだけではなく、皆様のも?」
「はい・・・。」
落ち込むマシューとアマリリア。いや、話が見えない。どゆこと?
「あ、あの・・・!つまり、なんらかの手違いで俺たちに渡す物と違う物を渡してしまったということか?」
思わず手をあげて間に割り込む。
「そうさ。・・・言い訳に聞こえるかもしれないが、これには事情があるんだ。」
すごく申し訳なさそうに俯くから、きっと同情したくもなる深い理由でもあるのだろう。
「師匠が、自分に用意してくれた物と勘違いして職場に持っていってしまって・・・。これ見た方が早いと思うけど。」
そう言ってマシューが取り出したのは小さな携帯だった。メールボックスの受信フォルダに送られたメールを見せられる。

<買いに行く暇ないしテーブルの上にあるのもらってくわね~>
次は数分経った後に送られたメールだ。
<ファック!ふざけんじゃないわよ!新手の罠か!まずくて食えたもんじゃないわよ!帰ったら覚えときなさいよ!>
いきなり低劣な罵倒から始まるといった中々インパクトのあるメール文だった。
「朝ご飯用に持っていったんです。食べる暇もないから運転中に食べたのがなんか、もう・・・。でもその時僕がちゃんとメールを見て事情を話しておけばこんなことにはならなかったんです!」
慌てて次に見せたメールは数時間後だった。
<もしかして置いてあったやつアンタのだった?なんか似たようなの持ってくるわね❤︎>
あ、さっきまで文字だけだったのにようやく記号がついた。違う、そうじゃない。
「・・・・・・。」
なぜか黙り込んでしまい、アマリリアが色々物色しているのにも関わらず、テーブルに見せしめだけに並べた物資を袋に戻して行く。さりげなく彼女が手に取っていたものまで奪っていくから驚いたあと頬を膨らませていた。
「・・・つまり、これはスージーが用意した物なのか?」
「ええ、まあ・・・僕のなんですけど。家を空けている間になくなっていました。」
なんとまあ散々だ。自分が間違えて知り合いの勝手にいただいておいて、それがまた違う人にあげる物だとわかると自分が金を叩くなりして用意するわけでもなく知り合いの物からとっていくという。別にスージーについて詳しくないけど、思い返してみると全然「そんな事をするなんて意外」と思わない。マシューも相当な苦労人だ。
というか、身内でもないのに普通に一緒に一つ屋根の下で過ごしているんだな。
「まあ僕はどちらもいけますので、大丈夫ですよ。・・・あ、これは皆さんの分です。数日はもつでしょうが、その後は・・・。」
「わかっております!」
まだ何か言いたそうだったマシューを遮ったアマリリア。腰に手を、胸を張って、眉を十時の位置に上げて、一言でいいきったけど先に「言われなくても」といわんばかりの・・・。
「アマリリア、もしかして・・・。」
今のでマシューは察してしまったようだ。彼女がうっかり「自分達」の感覚に合わせたものを用意してしまった事を。
「あなたは呼び捨てにしないで!・・・あれ?ですが、確かにおいしいと仰って食べていた方もいましたわよ?私はあれが、嘘を言っているようには思えないのですが。」
キッと睨みをきかせ威厳(?)を張って見せるもすぐに考え事を始める。前のめり気味だった彼女は背筋をゆっくり正し腕を組み、視線を斜め下に落とす。
「えっ?おかしいな。少なくとも、味を感じるなんて・・・。」
一瞬、そう発言するマシューをびっくりした顔で見上げる。わざとらしく咳払いをした。
「ゴホン!・・・え、えー・・・誰だい?そう言ったのは。」
「セドリック・・・さん、とか、ハーヴェイ・・・。」
今度は二人で真剣に考え始めた。俺はものすごい勢いで置き去りにされた。かと言って間に割り込んで話すようなこともない。
「・・・。」
用もないのならこれ以上こんな所に長居して
いても仕方がない。適当な理由をつけて早々に退場しよう。その前に、心の底から味のあるものを欲していた俺は、結局二人の間に入る羽目になってしまったが、マシューに袋からはみ出しているペットボトルの飲み物を一つ欲しいとお願いしたのだった。
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