9 / 32
第二章
3. 黄昏の魔導士
しおりを挟む
────レシャンクの王都、レシャンクレイ。
世界《メティル》の中でも古い歴史をもつ家柄のひとつ、グラムドレフ王家が治める魔導の都。その外郭は、王宮魔導士による結界と、魔導騎士たちによって守られており、街の中は未だ怪異とは無縁だった。
ガルドは街の門に立つ魔道剣士に告げる。
「八司祭特使ガルド・メル・フィル、メデス・グラムドレフ王にご拝謁を賜りたく!」
旗章を確認した衛兵は古の言葉を唱え、結界の門を開いた。
王宮までまっすぐ続く大通りに、人々で賑わう街並みが軒を連ねている。
黒みがかった石材が使われた建築、石畳。道の脇には魔水晶の街灯が並んでおり、それはフィレアルともクレストルとも異なる、不思議な趣があった。
「王宮へ急ごう」
「俺は酒場ででも聞き込んでみるぜ。夜にはそこの宿前で落ち合おう」
ダインは言うと、雑踏の中に消えた。
二人の八司祭騎士に荷馬車の番を任せ、四人は黒き王宮の階段を上がる。
衛士のひとりが、ガルドの名乗りを聞いて王への報告を走らせると、程なくして中へ案内された。
王宮は黒魔鉱石の石造りで、磨き上げられたその表面は鈍く輝き、あちこちに古の文字が刻まれている。
「重々しい城だな」
アディルが呟く。
「守りの術が張り巡らされてる……」
ミリアが言うと、サルフェンは頷いた。
「この城そのものが王都の結界の要なのじゃ」
王座の間へと続く、長く広い回廊。
多くの宮中魔導士や魔道剣士たちがこちらの様子を伺っている。
大きく重い扉が、衛士の術によってゆっくりと開いた。
「──特使ガルドどの。此度は何用にて参られた」
メデス王は玉座の肘掛けについた腕に顎を乗せ、気だるい様子で言った。
栗色の髭を蓄えたその面持ちには威厳があったが、その眼差しには力がなく、疲労に満ちていた。
「我が国は南方の魔境から『異形』が増えて対応に忙しいのだ。八司祭議会は議論ばかりでついぞ動かんしの」
アディルが抗議しようと一歩踏み出したが、それを抑えたガルドは毅然として尋ねる。
「トルイデアに派遣された、魔導士ナルバについてです」
「ああ、クレド殿────貴殿の父君が議会を通じて要請されたものか。
わざわざ議会特使を名乗って、その文句を言いに参ったのか?」
「──文句とは」
ガルドはあえて事の次第は話さず、聞いた。
「やつのことだ、大した役に立っておらんのだろう。あの青二才、魔導士団内でも扱いに困っておったのだ」
「──!?」
意外な言葉にガルドは動揺したが、つづけた。
「五神の伝承に通じ、中でも魂を司るヴィリド神の知識に長けるとのことで──
フィレアルでは『異形』、そして『魔境』対策の要人として歓迎を」
メデスは目を丸くした。
宮殿の高い天井に王の笑い声が響き渡る。
「なんと、あやつ。そのような戯言を」
王は、戸惑いを隠せないガルドの目を見据えた。
「そのような大それた知識を持ち合わせてはおらぬはず────まして、それほどの人材をトルイデアにやる義理は無い。
議会の要請ゆえ、言葉通りに魔導士を一人派遣しただけのこと」
ガルドは眉をひそめ、アディルは拳を震わせながら怒りを堪えている。
「特使殿はその苦情を伝えに来たのではないのか?」
王が何かを隠しているのか、図りかね、迷った。
「──特使殿、城内を歩くことを許す。宮中の者どもに聞いてみるがよい。ナルバの人となりが分ろう。
だが、確かに魔導士を派遣したのだからな。責められる謂《いわ》れはない。」
「あんたねえ!大人しく聞いてれば──」
言いかけたアディルを、ガルドは遮った。
「あとひとつ──」
慎重に言葉を選んで尋ねた。
「──『宝玉』に、変わりはございませんか」
王は怪訝そうに眉を寄せた。
「宝物殿の最奥に固く封印しておるのだ。変わりがあろうはずがない」
「念のため、検めさせて頂けますか。それも我々の任です」
「……まあ、よかろう。特使殿の頼みとあらばな」
王の間を出てから宝物殿までは、わずかな距離のはずだった。だが歩みを進めるほど、まるで空気そのものが層を重ねていくように、ガルドは胸の奥に重みを感じ始めていた。
回廊は黒い石で組まれ、光を受けて淡く輝く。けれどもその輝きがどこか冷たく、足音さえも吸い込まれていくようだ。
壁際には魔術による水晶灯が据えられ、内部で淡い光が脈動している。ミリアがふと足を止め、その光の揺らぎを目で追った。
「……魔力の流れが揺らいでる」
アディルが肩をすくめる。
「気のせいじゃない? 何百年も魔導士が手入れしてるのよ」
ガルドは、すれ違った女官が小声で囁くのを耳にした。
「……あれが特使だって。あの一団……」
声を潜めながらも、視線は露骨に好奇と警戒に染まっている。
次の角を曲がると、宮廷魔導士と思しき男たちが立ち話をしており、こちらを見るなりひそやかに会話を切った。沈黙だけが尾を引く。
サルフェンは気づいているのかいないのか、白髭を撫でながら回廊を観察している。
アディルはそんな彼を一瞥しつつ、低く呟いた。
「……落ち着かない場所ね。背中がむずむずする……」
一同は自然と口数を減らし、石畳を踏む音だけが続く。
宝物殿の重い扉が視界に入ったとき、ようやく彼らの呼吸が少し緩んだ。
幾重にも扉をくぐった宝物殿の最奥────
王の瞳から、みるみるうちに血の気が引いた。
結界とともに『玉』が忽然と無くなっている事に、愕然としたのだ。
「週に一度は結界を確かめさせているのだぞ!こんなことが……!!」
サルフェンが結界の据えられていたであろう箇所を検分する。
「結界の魔力は外部から破られてはおらぬ。内側から、術式そのものを崩壊させることなく解呪されたようじゃ」
ミリアが瞼を閉じ、光の術を展開させながら呟く。
「なにか──人を呼び寄せる意思の残響が、かすかに……」
「議会へ報告を。由々しき事態です」
ガルドはそれだけ告げると、一行は宝物殿をあとにした。
夕日に照らされた回廊の窓が見えた瞬間、ガルドは思わず深く息を吸い込んだ。
石造で密閉された宝物殿から解放され、外の風がようやく肺へ流れ込んでくる。
けれども胸のざわつきは収まらない。
ミリアがそっと呟いた。
「王様の顔、あれ、本気で驚いてたのかな……」
サルフェンは眉を寄せる。
「驚いておった。わしには、取り繕っておるようには見えなんだ。だが、それが〝何に対して〟なのかは分からん」
アディルが鼻で笑う。
「大事な宝が消えたからじゃ? 王が何か隠してる可能性でも——」
ガルドが静かに制した。
「不用意に決めつけるのは早い。だが……嫌な違和感だ」
王宮にざわめきが感じられた。兵らが慌ただしく宝物殿へ向かって行く。
一行を見てひそひそと話す女中たちは、目が合うとそっと姿を隠した。
「王宮の空気が張りつめておる。『宝玉』の喪失は、王家の威信そのものを揺るがす事態……王宮の者らも動揺しておるのだ」
サルフェンの言葉に、ミリアも小さく頷いた。
「やっぱり魔力の流れも、ほんの少しだけ乱れてる……まるで、どこかで“穴”が開き始めてるみたい」
その言葉に、サルフェンは唸り、沈黙が流れた。
日が傾き始めた今も、王都の灯りは明るい。
人々の声も笑いも、昼間のように絶えない。
しかしその下で、なにか重いものが蠢いている——
そんな確信だけが、彼らの胸に冷たく沈んでいった。
「宮中でナルバについて聞いてみよう」
ガルドは皆を促した。
────
「ナルバ?あの黄昏ナルバか。トルイデアへ行ったんだって?」
「宮中勤めだってのに遊び回って、黄昏時にはそそくさと帰るんだ。我々は夜中まで術式の改良に勤しんでるんだぞ」
「毎日仕事をサボっては、城内の女魔導士や女中に声をかけて回っておった。魔導士の風上にも置けん奴じゃ」
「まあろくでもない奴だけど……話は面白いし、どこか憎めないのよねえ」
「魔導の素質、特に魔力への感応性はかなり高いのにな。勿体ないよ」
どれも、耳を疑う噂ばかりだった。
「そういえば──」
魔導士の一人は言った。
「出立前の晩、『声が聞こえる』とか言って宝物殿のほうへふらふら歩いてたわよ。
朝は私達の見送りに現れず、旅の荷物も持って行かなかったの。
わざわざ私達が用意してあげたのに。よっぽど気落ちしたのかしら」
────
ガルドたちは王宮を後にし、約束の宿屋前へと街を歩んだ。既に太陽はその姿を山間に隠している。
目前に広がる街は、点々と魔力の灯りが灯されており、他に見たどの町よりも明るい。日が落ちても街はまだ眠らないようだった。
「ガルド、収穫はあったか。こっちはな──」
ダインは呆れたような顔を浮かべた。
「──聞いてた情報と違いすぎるぜ。酒場を点々としては女たちに声をかけてたみたいだ」
ガルドは苦い顔で首を振った。
「こちらでも似たような話を聞いたよ。一体どういうことだ……」
「……本当に、同じ人なの?」
ミリアが呟き、サルフェンは唸る。
「何者かが成り代わっておるのか、それとも操られておるのか──」
皆がしんと静まり返った。
沈黙を破るように、ダインがぽつりと口を開く。
「……そういやナルバとは別だが、ちょっと気になる話を拾ってな」
「気になる話?」
ガルドが促す。
「酒場でな。傭兵どもが言ってたんだ」
────
その時の空気が、ダインの脳裏に蘇る。
煙草の匂い、薄暗い照明、汗と皮革の混じった荒い気配────
王都の南端にあるその店は、昼間でも薄闇が支配していた。
二人組の粗野な傭兵が酒瓶を傾けながら言う。
「最近よ、トルイデアが傭兵を集めてるって噂だ。それに、やけに物資がフィレアル城下へ運び込まれてるんだと」
ダインは近寄り、傭兵に声をかけた。
「お、おう。『禿鷹』のダイン様じゃねえか」
傭兵らは少し臆したようだったが、ダインから一杯を奢られると口を開き始めた。
「あれは騎士団長メドゥルの差し金らしいぜ。なにせ金払いがいい……俺らの仲間も引き抜かれた」
「戦の準備かもしれねえ……おたくの団にも声がかかってるかもだぜ」
「なんでも、行先はサリスファだって噂だ。あの独立城塞都市のな。
あそこは長く他国との関りを絶ってきたが、まさかトルイデアが……考えたくねえな。この『異形』で大変な時によ」
店主がぼそりと漏らす。
「異形が増えてるって話も、南だけじゃない。トルイデアでも……何かが蠢いてる」
その場の空気は淀み、背中に冷えるものを感じた。
────
回顧を終えると、ダインは重々しく言った。
「ナルバの変化に『宝玉』、トルイデア領主の失踪……メドゥルの動き。全部、裏でひとつに繋がってる気がする」
ガルドは思い詰めた様子で視線を伏せた。
「父上は……どこまで予見なされていたのだろう」
拭えぬ疑念は、まるで嵐の前触れのように重くのしかかった。
しかし、未だ闇の訪れを知らぬ魔道の王国は、夜の賑わいを絶やすことはなかった。
世界《メティル》の中でも古い歴史をもつ家柄のひとつ、グラムドレフ王家が治める魔導の都。その外郭は、王宮魔導士による結界と、魔導騎士たちによって守られており、街の中は未だ怪異とは無縁だった。
ガルドは街の門に立つ魔道剣士に告げる。
「八司祭特使ガルド・メル・フィル、メデス・グラムドレフ王にご拝謁を賜りたく!」
旗章を確認した衛兵は古の言葉を唱え、結界の門を開いた。
王宮までまっすぐ続く大通りに、人々で賑わう街並みが軒を連ねている。
黒みがかった石材が使われた建築、石畳。道の脇には魔水晶の街灯が並んでおり、それはフィレアルともクレストルとも異なる、不思議な趣があった。
「王宮へ急ごう」
「俺は酒場ででも聞き込んでみるぜ。夜にはそこの宿前で落ち合おう」
ダインは言うと、雑踏の中に消えた。
二人の八司祭騎士に荷馬車の番を任せ、四人は黒き王宮の階段を上がる。
衛士のひとりが、ガルドの名乗りを聞いて王への報告を走らせると、程なくして中へ案内された。
王宮は黒魔鉱石の石造りで、磨き上げられたその表面は鈍く輝き、あちこちに古の文字が刻まれている。
「重々しい城だな」
アディルが呟く。
「守りの術が張り巡らされてる……」
ミリアが言うと、サルフェンは頷いた。
「この城そのものが王都の結界の要なのじゃ」
王座の間へと続く、長く広い回廊。
多くの宮中魔導士や魔道剣士たちがこちらの様子を伺っている。
大きく重い扉が、衛士の術によってゆっくりと開いた。
「──特使ガルドどの。此度は何用にて参られた」
メデス王は玉座の肘掛けについた腕に顎を乗せ、気だるい様子で言った。
栗色の髭を蓄えたその面持ちには威厳があったが、その眼差しには力がなく、疲労に満ちていた。
「我が国は南方の魔境から『異形』が増えて対応に忙しいのだ。八司祭議会は議論ばかりでついぞ動かんしの」
アディルが抗議しようと一歩踏み出したが、それを抑えたガルドは毅然として尋ねる。
「トルイデアに派遣された、魔導士ナルバについてです」
「ああ、クレド殿────貴殿の父君が議会を通じて要請されたものか。
わざわざ議会特使を名乗って、その文句を言いに参ったのか?」
「──文句とは」
ガルドはあえて事の次第は話さず、聞いた。
「やつのことだ、大した役に立っておらんのだろう。あの青二才、魔導士団内でも扱いに困っておったのだ」
「──!?」
意外な言葉にガルドは動揺したが、つづけた。
「五神の伝承に通じ、中でも魂を司るヴィリド神の知識に長けるとのことで──
フィレアルでは『異形』、そして『魔境』対策の要人として歓迎を」
メデスは目を丸くした。
宮殿の高い天井に王の笑い声が響き渡る。
「なんと、あやつ。そのような戯言を」
王は、戸惑いを隠せないガルドの目を見据えた。
「そのような大それた知識を持ち合わせてはおらぬはず────まして、それほどの人材をトルイデアにやる義理は無い。
議会の要請ゆえ、言葉通りに魔導士を一人派遣しただけのこと」
ガルドは眉をひそめ、アディルは拳を震わせながら怒りを堪えている。
「特使殿はその苦情を伝えに来たのではないのか?」
王が何かを隠しているのか、図りかね、迷った。
「──特使殿、城内を歩くことを許す。宮中の者どもに聞いてみるがよい。ナルバの人となりが分ろう。
だが、確かに魔導士を派遣したのだからな。責められる謂《いわ》れはない。」
「あんたねえ!大人しく聞いてれば──」
言いかけたアディルを、ガルドは遮った。
「あとひとつ──」
慎重に言葉を選んで尋ねた。
「──『宝玉』に、変わりはございませんか」
王は怪訝そうに眉を寄せた。
「宝物殿の最奥に固く封印しておるのだ。変わりがあろうはずがない」
「念のため、検めさせて頂けますか。それも我々の任です」
「……まあ、よかろう。特使殿の頼みとあらばな」
王の間を出てから宝物殿までは、わずかな距離のはずだった。だが歩みを進めるほど、まるで空気そのものが層を重ねていくように、ガルドは胸の奥に重みを感じ始めていた。
回廊は黒い石で組まれ、光を受けて淡く輝く。けれどもその輝きがどこか冷たく、足音さえも吸い込まれていくようだ。
壁際には魔術による水晶灯が据えられ、内部で淡い光が脈動している。ミリアがふと足を止め、その光の揺らぎを目で追った。
「……魔力の流れが揺らいでる」
アディルが肩をすくめる。
「気のせいじゃない? 何百年も魔導士が手入れしてるのよ」
ガルドは、すれ違った女官が小声で囁くのを耳にした。
「……あれが特使だって。あの一団……」
声を潜めながらも、視線は露骨に好奇と警戒に染まっている。
次の角を曲がると、宮廷魔導士と思しき男たちが立ち話をしており、こちらを見るなりひそやかに会話を切った。沈黙だけが尾を引く。
サルフェンは気づいているのかいないのか、白髭を撫でながら回廊を観察している。
アディルはそんな彼を一瞥しつつ、低く呟いた。
「……落ち着かない場所ね。背中がむずむずする……」
一同は自然と口数を減らし、石畳を踏む音だけが続く。
宝物殿の重い扉が視界に入ったとき、ようやく彼らの呼吸が少し緩んだ。
幾重にも扉をくぐった宝物殿の最奥────
王の瞳から、みるみるうちに血の気が引いた。
結界とともに『玉』が忽然と無くなっている事に、愕然としたのだ。
「週に一度は結界を確かめさせているのだぞ!こんなことが……!!」
サルフェンが結界の据えられていたであろう箇所を検分する。
「結界の魔力は外部から破られてはおらぬ。内側から、術式そのものを崩壊させることなく解呪されたようじゃ」
ミリアが瞼を閉じ、光の術を展開させながら呟く。
「なにか──人を呼び寄せる意思の残響が、かすかに……」
「議会へ報告を。由々しき事態です」
ガルドはそれだけ告げると、一行は宝物殿をあとにした。
夕日に照らされた回廊の窓が見えた瞬間、ガルドは思わず深く息を吸い込んだ。
石造で密閉された宝物殿から解放され、外の風がようやく肺へ流れ込んでくる。
けれども胸のざわつきは収まらない。
ミリアがそっと呟いた。
「王様の顔、あれ、本気で驚いてたのかな……」
サルフェンは眉を寄せる。
「驚いておった。わしには、取り繕っておるようには見えなんだ。だが、それが〝何に対して〟なのかは分からん」
アディルが鼻で笑う。
「大事な宝が消えたからじゃ? 王が何か隠してる可能性でも——」
ガルドが静かに制した。
「不用意に決めつけるのは早い。だが……嫌な違和感だ」
王宮にざわめきが感じられた。兵らが慌ただしく宝物殿へ向かって行く。
一行を見てひそひそと話す女中たちは、目が合うとそっと姿を隠した。
「王宮の空気が張りつめておる。『宝玉』の喪失は、王家の威信そのものを揺るがす事態……王宮の者らも動揺しておるのだ」
サルフェンの言葉に、ミリアも小さく頷いた。
「やっぱり魔力の流れも、ほんの少しだけ乱れてる……まるで、どこかで“穴”が開き始めてるみたい」
その言葉に、サルフェンは唸り、沈黙が流れた。
日が傾き始めた今も、王都の灯りは明るい。
人々の声も笑いも、昼間のように絶えない。
しかしその下で、なにか重いものが蠢いている——
そんな確信だけが、彼らの胸に冷たく沈んでいった。
「宮中でナルバについて聞いてみよう」
ガルドは皆を促した。
────
「ナルバ?あの黄昏ナルバか。トルイデアへ行ったんだって?」
「宮中勤めだってのに遊び回って、黄昏時にはそそくさと帰るんだ。我々は夜中まで術式の改良に勤しんでるんだぞ」
「毎日仕事をサボっては、城内の女魔導士や女中に声をかけて回っておった。魔導士の風上にも置けん奴じゃ」
「まあろくでもない奴だけど……話は面白いし、どこか憎めないのよねえ」
「魔導の素質、特に魔力への感応性はかなり高いのにな。勿体ないよ」
どれも、耳を疑う噂ばかりだった。
「そういえば──」
魔導士の一人は言った。
「出立前の晩、『声が聞こえる』とか言って宝物殿のほうへふらふら歩いてたわよ。
朝は私達の見送りに現れず、旅の荷物も持って行かなかったの。
わざわざ私達が用意してあげたのに。よっぽど気落ちしたのかしら」
────
ガルドたちは王宮を後にし、約束の宿屋前へと街を歩んだ。既に太陽はその姿を山間に隠している。
目前に広がる街は、点々と魔力の灯りが灯されており、他に見たどの町よりも明るい。日が落ちても街はまだ眠らないようだった。
「ガルド、収穫はあったか。こっちはな──」
ダインは呆れたような顔を浮かべた。
「──聞いてた情報と違いすぎるぜ。酒場を点々としては女たちに声をかけてたみたいだ」
ガルドは苦い顔で首を振った。
「こちらでも似たような話を聞いたよ。一体どういうことだ……」
「……本当に、同じ人なの?」
ミリアが呟き、サルフェンは唸る。
「何者かが成り代わっておるのか、それとも操られておるのか──」
皆がしんと静まり返った。
沈黙を破るように、ダインがぽつりと口を開く。
「……そういやナルバとは別だが、ちょっと気になる話を拾ってな」
「気になる話?」
ガルドが促す。
「酒場でな。傭兵どもが言ってたんだ」
────
その時の空気が、ダインの脳裏に蘇る。
煙草の匂い、薄暗い照明、汗と皮革の混じった荒い気配────
王都の南端にあるその店は、昼間でも薄闇が支配していた。
二人組の粗野な傭兵が酒瓶を傾けながら言う。
「最近よ、トルイデアが傭兵を集めてるって噂だ。それに、やけに物資がフィレアル城下へ運び込まれてるんだと」
ダインは近寄り、傭兵に声をかけた。
「お、おう。『禿鷹』のダイン様じゃねえか」
傭兵らは少し臆したようだったが、ダインから一杯を奢られると口を開き始めた。
「あれは騎士団長メドゥルの差し金らしいぜ。なにせ金払いがいい……俺らの仲間も引き抜かれた」
「戦の準備かもしれねえ……おたくの団にも声がかかってるかもだぜ」
「なんでも、行先はサリスファだって噂だ。あの独立城塞都市のな。
あそこは長く他国との関りを絶ってきたが、まさかトルイデアが……考えたくねえな。この『異形』で大変な時によ」
店主がぼそりと漏らす。
「異形が増えてるって話も、南だけじゃない。トルイデアでも……何かが蠢いてる」
その場の空気は淀み、背中に冷えるものを感じた。
────
回顧を終えると、ダインは重々しく言った。
「ナルバの変化に『宝玉』、トルイデア領主の失踪……メドゥルの動き。全部、裏でひとつに繋がってる気がする」
ガルドは思い詰めた様子で視線を伏せた。
「父上は……どこまで予見なされていたのだろう」
拭えぬ疑念は、まるで嵐の前触れのように重くのしかかった。
しかし、未だ闇の訪れを知らぬ魔道の王国は、夜の賑わいを絶やすことはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる