ヘルドゥラの神々:漆黒の女王

渡弥和志

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序章

少年期の或る日

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 木剣がぶつかり、乾いた音が中庭に響いた。

 少年たちの息は荒く、額には汗が滲んでいる。
 幾度となく打ち合わされる剣。

「そこだ、ガルド」

 父クレドの声に応じるように、ガルドの剣が一歩前に出た。
 辛うじて受け止めたヴァルスは歯を食いしばり、力任せに踏み込む。

 次の瞬間、負けじと押し返したガルドの剣が逸れ、その額を打った。

「……っ」

 倒れかけたヴァルスの腕を、誰かが掴んだ。

 姉、カルラだった。二人よりも少し年上の少女。
 鈍色の長い髪が、陽光を受けて銀に輝いた。
 細い指先で傷口を押さえ、治療を始める。

 ガルドは心配そうに、その小さな傷口を見る。

「ヴァルス……大丈夫か。ごめん」

「……謝るなよ。今回はお前の勝ちだな」

「最後の踏み込みで力を緩めただろ」

「勝ちは勝ち、負けは負けだろ」

 ヴァルスの声は、どこか鋭かった。
 ガルドは視線を逸らした。

「……でも、怪我はさせたくなかった」

 二人を見て、カルラは困ったように眉を下げた。

「もう……二人ともやりすぎよ」

 クレドは安堵したように息をつき、息子の肩を叩いた。

「領主の跡継ぎたるもの、迷いは捨てろ。迷えば、民が死ぬ。勝負に慈悲は要らぬ」

 ヴァルスの父、メドゥルは目を伏せる。

「騎士は、傷を背負っても立たねばならぬ。倒れる場所は選べぬぞ」


 クレドがメドゥルを見据える。

「次代の領主と騎士団長は頼もしいな。メドゥルよ」

 メドゥルは視線を沈めた。

「……左様で」

 その手は、得物の柄を白くなるほど握りしめていた。
 それが怒りなのか、不安なのか──それとも、二人の未来を思うがゆえの焦りなのか。誰にも分からなかった。

 この中庭で芽吹いた想いと選択が、やがて互いの人生を大きく分かつことになるなど、まだ誰も知る由もなかった────
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