《完結》「その気になれない」と婚約破棄したあなたの、話を聞く必要がありますか?

さんけい

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34 苦情

 茶会での失敗のあと、カレルは三日ほど、ほとんど部屋から出なかった。
 出たくなかった、という方が近い。
 王都の屋敷は春の日差しをよく取り込む造りになっていて、南向きの彼の部屋も昼には明るくなる。
 窓辺の長椅子に落ちる光はやわらかく、庭の噴水の音も遠く静かだ。
 本来なら、気分を鎮めるには悪くない部屋のはずだった。
 けれど今は、その明るさそのものが癪に障る。
 何もかも普段通りの顔をしている。
 屋敷も、庭も、召使いたちの足音も。
 なのに自分だけが、どこにもきちんと収まらない。
 机の上には、返事を書きかけてやめた便箋が二枚あった。
 一枚は、先日の茶会で顔を合わせた伯爵家への礼状。
 もう一枚は、ルーヴェン伯爵家へ宛てかけたものだった。
 書いては破り、また書いては止まる。
 何を書けばいいのかわからない。
 謝罪だけでは足りない気がした。
 かといって、真意を説明しようとすれば、また同じことになる気もする。
 けれど何もせずにいるのも、ただ沈んでいくみたいで耐えがたかった。

「若様」

 扉の外から控えめな声がした。

「旦那様がお呼びでございます」

 カレルは目を閉じた。
 また父だ。
 この数日、その呼び出しが良い意味だったことは一度もない。
 執務室へ向かう廊下は、昼だというのに妙に静かだった。
 窓の外では風に乗って、どこかの庭木の花びらが散っている。
 白いものがひらひらと落ちる様子は穏やかで、それがかえって落ち着かなかった。
 父、ヴァンゼ侯爵は机の前に立っていた。
 座ってすらいない。
 その姿だけで、今日はさらに機嫌が悪いのだとわかる。

「来たか」

 短い声。

「はい、父上」

 侯爵は机上の一通を指で叩いた。

「お前、昨日どこへ行った」
「昨日……?」
「惚けるな。ベルシャー伯爵家の茶会だ」

 カレルの喉が詰まる。

「招待を受けておりましたので」
「誰の許しで」
「父上、茶会程度なら――」
「茶会“程度”か」

 その言葉で、部屋の空気が変わった。
 侯爵はゆっくりと机を回り込み、真正面から息子を見た。

「今のお前が、茶会“程度”で何も起こさずに済むと思ったのか」
「私はただ、少し顔を出して」
「そして何をした」

 カレルは口を閉じた。
 知られている。
 少なくとも、何かしらよくないことが起きたのはもう伝わっているのだろう。
 侯爵はさらに言った。

「先方の伯爵夫人から、わざわざ遠回しな詫びが来た」
「詫び?」
「“若君もいろいろご心労がおありのご様子で、こちらの配慮が足りませんでした”とな」

 カレルは顔から血の気が引くのを感じた。
 それは詫びではない。
 事実上の苦情だ。

「……私は、何も」
「何も?」

 侯爵の声音が低く沈む。

「令嬢相手に“誤解がある”“真意は違う”とやったそうだな」
「少し、事情を」
「取りなしてもらうつもりだったのか」

 図星だった。
 カレル自身、そのつもりだと明確に思っていたわけではない。
 けれど、少し話せば違う見方をしてくれるのでは、という期待がなかったとは言えない。

「私はただ、自分がそこまで軽薄ではないと」
「それを、婚約とも関係ない令嬢に証明してどうする」

 侯爵は吐き捨てるように言った。

「しかも相手は“もう結構です”と引いたそうだな」
「……っ」

 そこまで伝わっているのか。
 胸の奥に、焼けつくような恥が広がった。
 侯爵は冷たい顔のまま続ける。

「わからんか。お前はいま、自分の評判を立て直そうとしているのではない。自分がいかに面倒な男かを、一つずつ実演して見せているのだ」
「父上……」
「黙れ」

 ぴしゃりと切られる。

「女に説明を求めるな。女にお前の内面の整理をさせるな。そんなことをする男を、どこの家が迎える」

 カレルは反射的に拳を握った。
 爪が掌に食い込む。痛い。だがその痛みがなければ、立っていられない気がした。

「では私は、どうすれば」
「まず動くなと何度言わせる」

 侯爵は一歩近づいた。

「お前は何かしようとするたびに、ずれる。黙っていればまだ“繊細なお方”で済んだものを、自分から出て行って“本当に面倒な男”だと証明してどうする」

 その言葉は、容赦なく刺さった。
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