《完結》病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?

さんけい

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8 なぜ、あんなふうに言われたのか?

(リチャード視点)

 イブリンの家を出たあとも、僕はどうにも釈然としなかった。
 馬車に乗り込んでからも、さっきの応接間の空気が肌にまとわりついている気がする。
 ハロルドの冷えた声も、ジョンのあからさまに不愉快そうな顔も、まだ目の前にあるみたいだった。
 けれど、いちばん耳に残っているのは、やっぱりイブリンの言葉だった。

 ――婚約者様、それ、私に何の関係がございますの?

 あんな言い方をするとは思わなかった。
 イブリンはもっと穏やかな人だっただ。
 落ち着いていて、分別があって、こちらの事情をくんでくれる。少なくとも僕は、ずっとそう思っていた。
 だから今日だって、ちゃんと顔を出して説明すれば分かってくれるはずだと考えていた。
 手紙だけでは足りないと思った。
 それなりに悪いことをした自覚はある。約束を取りやめたのは事実だし、イブリンががっかりするだろうことくらいは分かっていた。
 だからこそ、きちんと話しておきたかったのに。
 なのに、どうしてああなったのだろう。
 僕は窓の外を見た。流れていく街並みは、夕暮れの色に沈みかけている。

 エミリーが熱を出したのは本当だ。
 朝から顔色が悪くて、身体もだるいと言っていたし、昼前には目に涙まで浮かべていた。
 医師はたいしたことはないと言ったけれど、本人があんなふうに不安そうにしていたら、放っておけるはずがない。
 しかも、僕が出かける支度をしていた時、エミリーは細い声で言ったのだ。

「……行ってしまうの? 今日は、そばにいてくださらないの?」

 あんなふうに頼られて、背を向けられる男がいるだろうか?

 幼い頃から、エミリーはそうだった。
 体が丈夫ではなく、ちょっとしたことで気持ちまで沈んでしまう。
 周りが平気で済ませることでも、あの子には重たくのしかかるらしい。だから昔から、家の者は皆、少し甘くしていた。
 僕だって同じだ。
 従妹なのだし、見捨てるわけにはいかない。
 そのことを、イブリンも分かってくれていると思っていた。
 いや、思っていたというより、分からないはずがないと、どこかで決めていたのかもしれない。
 イブリンはしっかりしている。
 少々のことでは取り乱さないし、社交の場でも落ち着いている。
 気位が高すぎるわけでもなく、感情的に騒ぐような人でもない。だからこそ、安心していた。
 エミリーが心細がるなら、そちらを先に宥める。
 イブリンにはあとで説明する。
 きちんと詫びれば、納得してくれる。
 そういう順番が、いつの間にか当たり前になっていたのだと思う。

 でも、ハロルドは違った。

「妹を軽く見るのも大概にしろ」

 低い声でそう言われた時、僕はさすがにむっとした。
 軽く見たつもりなんてない。そんなつもりは、本当になかったのだ。
 ただ、優先しなければならない事情があっただけで。
 けれど、その“だけ”が良くなかったのだろうか。
 馬車が石畳をひとつ大きく鳴らして揺れた。
 僕は無意識に眉を寄せる。

 イブリンの家へ向かう前、エミリーは僕の袖をつまんでいた。

「すぐ戻ってきてね。今日は何だか、胸騒ぎがするの」

 熱で弱っているせいか、頬は青白かったし、声にも力がなかった。僕はその手を軽く叩いて、「大丈夫、すぐ戻る」と言ったのだ。
 そうだ。僕は間違ったことをしたわけじゃない。
 具合の悪い従妹を案じるのは当然だし、婚約者に説明に行くのも必要なことだ。
 どちらも疎かにしなかったのだから、むしろ精一杯やったほうではないか。
 ……なのに。

 ――私との約束は、あなたにとって、その程度なのだと。

 イブリンの声が、またよみがえった。
 あれは、責めるというより、見切るような響きだった。
 そのことが、なぜだか胸の奥に小さく引っかかって離れない。

 ◇

 屋敷へ着くと、使用人がすぐに出迎えた。
 僕は上着も脱がないまま、まっすぐエミリーの部屋へ向かった。
 扉を開けると、エミリーは寝台にもたれていた。
 寝間着に包まれた姿は、いかにもか弱く見える。けれど僕の顔を見るなり、その表情がぱっと和らいだ。

「リチャード……戻ってきてくださったのね」

 その声を聞いた瞬間、僕はひどくほっとした。
 やはりこれでよかったのだ、と思う。
 こうして安心させてやれるなら、それで。

「当たり前だろう。具合はどうだい」
「少しましになった気がするわ。あなたが来てくださると、安心するの」

 そう言って、エミリーは控えめに笑った。
 その笑顔を見下ろしながら、僕はふと、さっきのイブリンの顔を思い出した。
 白けたような、冷えたような、あんな目を向けられたのは初めてだった。
 妙な後味が残る。
 けれどエミリーは、そんな僕のためらいに気づきもしないまま、細い指でまた僕の袖をつまんだ。

「……ねえ、今日はもう行ってしまわないで」

 僕はその手を振りほどけなかった。
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