婚約者を奪った…?妹が刺されたので、毒親を成敗いたします。

さんけい

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3 メイズ叔母様の家

 メイズ子爵邸は、王都の西側にあった。

 パロット家の屋敷から馬車で半刻ほど。大きな通りから一本入ったところで、派手さはないが、門の左右に植えられた月桂樹がきれいに刈り込まれている。
 叔母様は玄関まで出てきてくださった。

「ローズ」
「突然、申し訳ありません」

 頭を下げると、叔母様は私の肩に手を置いた。
 指が細く、少し冷たい。けれど強かった。

「顔を上げなさい。謝るのは、貴女ではないでしょう」

 その一言で、マリエが後ろで息を呑んだのが分かった。

「詳しいことは中で聞きます。まずは温かいものを飲みなさい。今日は風が強いわ」

 そう言われて、初めて自分の手が冷えていることに気付いた。
 馬車の中では、ずっと膝の上で手を重ねていた。揺れるたび、旅行鞄の角が足首に当たった。痛いほどではない。ただ同じ場所に何度も当たるので、いつしかそこばかり気になっていた。
 通された客間は、パロット家の応接間と違って、花のにおいがしなかった。
 代わりに古い本と、磨いた木と、どこかから漂ってくる焼き菓子の匂いがした。
 窓辺には刺繍の枠が置かれている。
 叔母様のものだろうかと思って見たら、どうやらクッションの修繕途中らしい。布の縁が少し擦れていて、そこに新しい糸が入っていた。

「座って」

 叔母様は私の向かいに腰を下ろしたが、茶が運ばれてくるまで、無理に話を聞き出そうとはしなかった。
 私はその間、窓の外を見ていた。
 庭は広くない。けれど、よく手が入っている。奥の小さな温室には、青い鉢がいくつか並んでいた。パロット家の庭よりずっと小さいのに、どこに何があるか分かる庭だった。
 茶が来る。カップは白地に紺の細い線が入ったものだった。新しいものではないが、縁に欠けはない。
 叔母様は砂糖を一つ入れ、私の前へ押した。

「甘いものは要るでしょう」
「ありがとうございます」

 一口飲むと、舌が熱さに驚いた。それから、喉の奥まで温まる。

「さて」

 叔母様は自分のカップには何も入れなかった。

「セルリアン・レグホーンね」

 私はカップを両手で包んだまま、少し顔を上げた。

「ご存じなのですか」
「良い噂は聞きません。レグホーン伯爵家の三男。上二人と違って、どうにも腰が据わらない。弟のオルセーユの方がよほど出来がいい、という話なら聞いたことがあります」

 弟君の名までは知らなかった。セルリアン様の下に弟がいることは聞いていたが、家の話題になると、彼はいつも自分のことばかり話したからだ。

「父は、セルリアン様を良い方だと」
「兄様は、人を見る目が昔から妙なところで甘いのよ」

 叔母様はあっさり言った。
 私は返事に困って、茶をもう一口飲む。

「それで、チェリーがそのセルリアンと?」
「セルリアン様が、チェリーを愛したそうです」
「チェリーは何と言ったの」
「ごめんなさい、と」
「それだけ?」
「はい」

 叔母様はそこで、カップを置いた。小さな音だった。

「……そう」
「叔母様?」
「いえ。今は貴女の話ね。ローズ、ここに居なさい。部屋はあります。メイズ子爵にも私から話します」
「ご迷惑では」
「迷惑なら、そう言います」

 その言い方が少しチェリーに似ていた。いや、チェリーが叔母様に似たのかもしれない。
 そう思ったら、ほんの少しだけ息が抜けた。

「それに、貴女の刺繍道具も持ってきたのでしょう」
「はい。マリエが全部入れてしまって」

 後ろに控えていたマリエは、澄ました顔で目を伏せた。

「良い判断ね」

 叔母様はそう言って、私の方へ少し身を乗り出す。

「落ち着いたら、何か見せてちょうだい。貴女の刺繍、昔から好きだったの」
「私のは、家の中で使うものばかりです」
「家の中で使うものを、美しく作れる人は少ないわ」

 そういうものだろうか。分からない。
 けれど、叔母様の声には、慰めようとする時の柔らかさがなかった。普通の話として、そう言っている。
 だから私は、少しだけ困った。

 ◇

 叔母様の家に来て、三日目。マリエはすっかり台所の者達と仲良くなっていた。
 いや、仲良くというより、気付けば一緒に動いていた。客付きの侍女であるはずなのに、昼食後には厨房から干し葡萄入りの小さな菓子を持ってきた。

「料理長が、お嬢様にと」
「私に?」
「昨日、お嬢様が縁の刺繍を褒めたでしょう。あれが料理長の奥様の手だそうです」

 そんなことで菓子が来るのか。
 私は小さく割って口に入れた。甘い。少し硬い。干し葡萄の周りだけ、やわらかい。
 窓辺の椅子に座り、持ってきた白い布を広げる。パロット家で途中にしていたものではない。新しい布だ。
 叔母様が用意してくれた薄い生成りの布に、淡い黄色の糸で小さな草花を刺すことにした。
 誰かの婚礼道具ではない。誰かに渡す予定もない。
 そう思うと、最初の一針をどこへ入れればいいのか、妙に迷った。

「お嬢様」
「何?」
「そこ、あまり考えすぎると日が暮れます」
「分かっているわ」
「昨日もそうおっしゃって、糸だけ選んで終わりました」

 マリエは容赦がない。私はようやく針を入れた。
 布の裏に糸を渡し、表へ出す。細い茎を一本。
 それだけで、なぜかずいぶん遠くへ来たような気がした。
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