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12 パロット伯爵夫妻
階下へ降りると、父と母が応接間で待っていた。
叔母様は、医師との話を終えて私達より先に入っていたらしい。窓際に立ち、腕を組んでいる。
父は部屋の中央を行ったり来たりしていた。母は長椅子に座り、片方だけの手袋を握っている。
私が入ると、二人とも顔を上げた。
「ローズ、チェリーは」
「眠りました」
「そうか」
父は大きく息を吐いた。
「命があるなら、まずは良かった。まったく、セルリアン君も何ということを」
セルリアン君。まだ君がつくのか、と思った。
母は顔を上げた。
「チェリーは、何か言っていた?」
「少しだけ」
「そう……あの子も、どうしてあんな場所でセルリアン様と会ったのかしら」
「お母様」
「だってそうでしょう。婚約の話はこれからきちんと進めるつもりだったのに。二人だけで先走るから、こんなことに」
先走る。二人だけ。
私は母を見た。母は本気でそう思っているらしかった。
「チェリーは、セルリアン様と結婚するつもりはなかったそうです」
言うと、母の手が止まった。父も歩くのをやめる。
「何だって?」
「チェリーは、私の婚約者を欲しがったわけではありませんでした」
「ローズ、あなた」
母が困ったように眉を寄せた。
「妹を庇いたい気持ちは分かるけれど」
「庇っているのではありません」
「では何なの」
「事実です」
父が椅子の背に手を置いた。
「チェリーがそう言ったのか」
「はい」
「だが、セルリアン君はチェリーを愛していると」
「セルリアン様が勝手に言ったのでしょう」
「ローズ」
父の声が少し強くなった。
「言葉を慎みなさい。相手はレグホーン伯爵家の」
「その三男が、今日チェリーを刺しました」
部屋の中の時間が止まったようだった。だがそれは一瞬だけだった。すぐに母が口を開く。
「それは、もちろん大変なことよ。でも、だからといって」
「でも?」
叔母様の声だった。母はそこで言葉を飲んだ。
「お義姉様。今、でも、とおっしゃった?」
「メイズ、私は」
「娘が刺された話に、でも、を付けるの?」
叔母様は窓際からゆっくり離れた。父が慌てて間に入ろうとする。
「メイズ、落ち着け。皆、混乱している」
「混乱しているなら座って黙っていればいいのよ」
「何だと」
「兄様もよ」
叔母様の声は静かだった。その分、父の顔色が変わるのが分かった。
「チェリーは医師に任せる。ローズは今夜、私のところへ戻すわ。ここに置く気はありません」
「ローズはうちの娘だ」
「ええ。だからこんなことになっているの」
父が口を閉じる。母が小さく震える声で言った。
「メイズさん、あんまりな言い方ではないかしら。私達だって、娘達を思って」
「思って?」
叔母様が母を見る。
「では、ローズの刺繍作品が今、どこで評判になり始めているかご存じ?」
突然の話に、母は目を瞬いた。
「刺繍?」
「ええ」
「ローズは昔から刺繍が好きですけれど、それが何か」
叔母様は私の方を見なかった。そのまま母に言う。
「好き、で済ませていたのね」
「だって、令嬢のたしなみでしょう」
「兄様は?」
父は眉を寄せた。
「今は刺繍の話ではないだろう」
「そう。今は刺繍の話ではないわね」
叔母様はうなずいた。
「けれど、あなた達がローズをどれほど見ていなかった、知らなかったかの話ではあるわ」
私はそこで初めて、叔母様が何かを決めているのだと気付いた。
「メイズ叔母様」
「ローズ、貴女は黙っていなさい。今は私が怒っているの」
叔母様は私を振り返らずに言った。私は口を閉じる。
父が、いら立ったように椅子の背を叩いた。
「何を大げさな。姉妹の間で多少の行き違いがあっただけだ。セルリアン君の件は確かに不幸だったが、レグホーン家とはこれから話を」
「セルリアン君ではありません」
オルセーユ様が、扉のところから言った。いつからいたのか。彼は一礼して、部屋に入ってきた。
「兄は、すでに警察に引き渡されました。レグホーン伯爵家としても、兄を庇うことはありません」
父の顔が引きつった。
「いや、しかしそれは、家同士で」
「家同士で収められる話ではありません。白昼の中央庭園で、伯爵令嬢を刃物で刺したのです」
オルセーユ様ははっきり言った。
「目撃者も大勢います。警邏も見ています。兄が何を言い繕っても、無理です」
母の唇が震えた。
「そんな…… ではチェリーの評判は」
その場の誰も、すぐには返事をしなかった。チェリーの傷ではなく。評判。
母は自分の言葉がどう聞こえたのか、たぶん分かっていない。
叔母様が、ゆっくり息を吐いた。
「……お兄様、お義姉様」
「何だ」
「親族会議を開きます!」
父が目をむいた。
「何を馬鹿な」
「馬鹿かどうかは、アガット侯爵に判断していただきましょう」
その名を聞いて、父の顔色が変わった。
アガット侯爵。パロット家の親族の長老格で、父も頭が上がらない方だ。
「メイズ、そこまですることでは」
「あるわよ」
叔母様は即座に言った。
「ローズの婚約の件。チェリーの負傷の件。二人の娘へのこれまでの扱い。全部まとめて、親族の前で話しましょう」
母が立ち上がりかけた。
「そんなことをしたら、家の恥になるわ」
「もうなっています」
叔母様の声は、少しも揺れなかった。
「ただ、どこを恥じるべきか、あなた達はまだ分かっていないようだけれど!」
叔母様は、医師との話を終えて私達より先に入っていたらしい。窓際に立ち、腕を組んでいる。
父は部屋の中央を行ったり来たりしていた。母は長椅子に座り、片方だけの手袋を握っている。
私が入ると、二人とも顔を上げた。
「ローズ、チェリーは」
「眠りました」
「そうか」
父は大きく息を吐いた。
「命があるなら、まずは良かった。まったく、セルリアン君も何ということを」
セルリアン君。まだ君がつくのか、と思った。
母は顔を上げた。
「チェリーは、何か言っていた?」
「少しだけ」
「そう……あの子も、どうしてあんな場所でセルリアン様と会ったのかしら」
「お母様」
「だってそうでしょう。婚約の話はこれからきちんと進めるつもりだったのに。二人だけで先走るから、こんなことに」
先走る。二人だけ。
私は母を見た。母は本気でそう思っているらしかった。
「チェリーは、セルリアン様と結婚するつもりはなかったそうです」
言うと、母の手が止まった。父も歩くのをやめる。
「何だって?」
「チェリーは、私の婚約者を欲しがったわけではありませんでした」
「ローズ、あなた」
母が困ったように眉を寄せた。
「妹を庇いたい気持ちは分かるけれど」
「庇っているのではありません」
「では何なの」
「事実です」
父が椅子の背に手を置いた。
「チェリーがそう言ったのか」
「はい」
「だが、セルリアン君はチェリーを愛していると」
「セルリアン様が勝手に言ったのでしょう」
「ローズ」
父の声が少し強くなった。
「言葉を慎みなさい。相手はレグホーン伯爵家の」
「その三男が、今日チェリーを刺しました」
部屋の中の時間が止まったようだった。だがそれは一瞬だけだった。すぐに母が口を開く。
「それは、もちろん大変なことよ。でも、だからといって」
「でも?」
叔母様の声だった。母はそこで言葉を飲んだ。
「お義姉様。今、でも、とおっしゃった?」
「メイズ、私は」
「娘が刺された話に、でも、を付けるの?」
叔母様は窓際からゆっくり離れた。父が慌てて間に入ろうとする。
「メイズ、落ち着け。皆、混乱している」
「混乱しているなら座って黙っていればいいのよ」
「何だと」
「兄様もよ」
叔母様の声は静かだった。その分、父の顔色が変わるのが分かった。
「チェリーは医師に任せる。ローズは今夜、私のところへ戻すわ。ここに置く気はありません」
「ローズはうちの娘だ」
「ええ。だからこんなことになっているの」
父が口を閉じる。母が小さく震える声で言った。
「メイズさん、あんまりな言い方ではないかしら。私達だって、娘達を思って」
「思って?」
叔母様が母を見る。
「では、ローズの刺繍作品が今、どこで評判になり始めているかご存じ?」
突然の話に、母は目を瞬いた。
「刺繍?」
「ええ」
「ローズは昔から刺繍が好きですけれど、それが何か」
叔母様は私の方を見なかった。そのまま母に言う。
「好き、で済ませていたのね」
「だって、令嬢のたしなみでしょう」
「兄様は?」
父は眉を寄せた。
「今は刺繍の話ではないだろう」
「そう。今は刺繍の話ではないわね」
叔母様はうなずいた。
「けれど、あなた達がローズをどれほど見ていなかった、知らなかったかの話ではあるわ」
私はそこで初めて、叔母様が何かを決めているのだと気付いた。
「メイズ叔母様」
「ローズ、貴女は黙っていなさい。今は私が怒っているの」
叔母様は私を振り返らずに言った。私は口を閉じる。
父が、いら立ったように椅子の背を叩いた。
「何を大げさな。姉妹の間で多少の行き違いがあっただけだ。セルリアン君の件は確かに不幸だったが、レグホーン家とはこれから話を」
「セルリアン君ではありません」
オルセーユ様が、扉のところから言った。いつからいたのか。彼は一礼して、部屋に入ってきた。
「兄は、すでに警察に引き渡されました。レグホーン伯爵家としても、兄を庇うことはありません」
父の顔が引きつった。
「いや、しかしそれは、家同士で」
「家同士で収められる話ではありません。白昼の中央庭園で、伯爵令嬢を刃物で刺したのです」
オルセーユ様ははっきり言った。
「目撃者も大勢います。警邏も見ています。兄が何を言い繕っても、無理です」
母の唇が震えた。
「そんな…… ではチェリーの評判は」
その場の誰も、すぐには返事をしなかった。チェリーの傷ではなく。評判。
母は自分の言葉がどう聞こえたのか、たぶん分かっていない。
叔母様が、ゆっくり息を吐いた。
「……お兄様、お義姉様」
「何だ」
「親族会議を開きます!」
父が目をむいた。
「何を馬鹿な」
「馬鹿かどうかは、アガット侯爵に判断していただきましょう」
その名を聞いて、父の顔色が変わった。
アガット侯爵。パロット家の親族の長老格で、父も頭が上がらない方だ。
「メイズ、そこまですることでは」
「あるわよ」
叔母様は即座に言った。
「ローズの婚約の件。チェリーの負傷の件。二人の娘へのこれまでの扱い。全部まとめて、親族の前で話しましょう」
母が立ち上がりかけた。
「そんなことをしたら、家の恥になるわ」
「もうなっています」
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「ただ、どこを恥じるべきか、あなた達はまだ分かっていないようだけれど!」
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