婚約者を奪った…?妹が刺されたので、毒親を成敗いたします。

さんけい

文字の大きさ
12 / 20

12 パロット伯爵夫妻

 階下へ降りると、父と母が応接間で待っていた。
 叔母様は、医師との話を終えて私達より先に入っていたらしい。窓際に立ち、腕を組んでいる。
 父は部屋の中央を行ったり来たりしていた。母は長椅子に座り、片方だけの手袋を握っている。
 私が入ると、二人とも顔を上げた。

「ローズ、チェリーは」
「眠りました」
「そうか」

 父は大きく息を吐いた。

「命があるなら、まずは良かった。まったく、セルリアン君も何ということを」

 セルリアン。まだ君がつくのか、と思った。
 母は顔を上げた。

「チェリーは、何か言っていた?」
「少しだけ」
「そう……あの子も、どうしてあんな場所でセルリアン様と会ったのかしら」
「お母様」
「だってそうでしょう。婚約の話はこれからきちんと進めるつもりだったのに。二人だけで先走るから、こんなことに」

 先走る。二人だけ。
 私は母を見た。母は本気でそう思っているらしかった。

「チェリーは、セルリアン様と結婚するつもりはなかったそうです」

 言うと、母の手が止まった。父も歩くのをやめる。

「何だって?」
「チェリーは、私の婚約者を欲しがったわけではありませんでした」
「ローズ、あなた」

 母が困ったように眉を寄せた。

「妹を庇いたい気持ちは分かるけれど」
「庇っているのではありません」
「では何なの」
「事実です」

 父が椅子の背に手を置いた。

「チェリーがそう言ったのか」
「はい」
「だが、セルリアン君はチェリーを愛していると」
「セルリアン様が勝手に言ったのでしょう」
「ローズ」

 父の声が少し強くなった。

「言葉を慎みなさい。相手はレグホーン伯爵家の」
「その三男が、今日チェリーを刺しました」

 部屋の中の時間が止まったようだった。だがそれは一瞬だけだった。すぐに母が口を開く。

「それは、もちろん大変なことよ。でも、だからといって」
「でも?」

 叔母様の声だった。母はそこで言葉を飲んだ。

「お義姉様。今、でも、とおっしゃった?」
「メイズ、私は」
「娘が刺された話に、でも、を付けるの?」

 叔母様は窓際からゆっくり離れた。父が慌てて間に入ろうとする。

「メイズ、落ち着け。皆、混乱している」
「混乱しているなら座って黙っていればいいのよ」
「何だと」
「兄様もよ」

 叔母様の声は静かだった。その分、父の顔色が変わるのが分かった。

「チェリーは医師に任せる。ローズは今夜、私のところへ戻すわ。ここに置く気はありません」
「ローズはうちの娘だ」
「ええ。こんなことになっているの」

 父が口を閉じる。母が小さく震える声で言った。

「メイズさん、あんまりな言い方ではないかしら。私達だって、娘達を思って」
「思って?」

 叔母様が母を見る。

「では、ローズの刺繍作品が今、どこで評判になり始めているかご存じ?」

 突然の話に、母は目を瞬いた。

「刺繍?」
「ええ」
「ローズは昔から刺繍が好きですけれど、それが何か」

 叔母様は私の方を見なかった。そのまま母に言う。

「好き、で済ませていたのね」
「だって、令嬢のたしなみでしょう」
「兄様は?」

 父は眉を寄せた。

「今は刺繍の話ではないだろう」
「そう。刺繍の話ではないわね」

 叔母様はうなずいた。

「けれど、あなた達がローズをどれほど見ていなかった、知らなかったかの話ではあるわ」

 私はそこで初めて、叔母様が何かを決めているのだと気付いた。

「メイズ叔母様」
「ローズ、貴女は黙っていなさい。今は私が怒っているの」

 叔母様は私を振り返らずに言った。私は口を閉じる。
 父が、いら立ったように椅子の背を叩いた。

「何を大げさな。姉妹の間で多少の行き違いがあっただけだ。セルリアン君の件は確かに不幸だったが、レグホーン家とはこれから話を」
「セルリアンではありません」

 オルセーユ様が、扉のところから言った。いつからいたのか。彼は一礼して、部屋に入ってきた。

「兄は、すでに警察に引き渡されました。レグホーン伯爵家としても、兄を庇うことはありません」

 父の顔が引きつった。

「いや、しかしそれは、家同士で」
「家同士で収められる話ではありません。白昼の中央庭園で、伯爵令嬢を刃物で刺したのです」

 オルセーユ様ははっきり言った。

「目撃者も大勢います。警邏も見ています。兄が何を言い繕っても、無理です」

 母の唇が震えた。

「そんな…… ではチェリーの評判は」

 その場の誰も、すぐには返事をしなかった。チェリーの傷ではなく。評判。
 母は自分の言葉がどう聞こえたのか、たぶん分かっていない。
 叔母様が、ゆっくり息を吐いた。

「……お兄様、お義姉様」
「何だ」
「親族会議を開きます!」

 父が目をむいた。

「何を馬鹿な」
「馬鹿かどうかは、アガット侯爵に判断していただきましょう」

 その名を聞いて、父の顔色が変わった。
 アガット侯爵。パロット家の親族の長老格で、父も頭が上がらない方だ。

「メイズ、そこまですることでは」
「あるわよ」

 叔母様は即座に言った。

「ローズの婚約の件。チェリーの負傷の件。二人の娘へのこれまでの扱い。全部まとめて、親族の前で話しましょう」

 母が立ち上がりかけた。

「そんなことをしたら、家の恥になるわ」
「もうなっています」

 叔母様の声は、少しも揺れなかった。

「ただ、どこを恥じるべきか、あなた達はまだ分かっていないようだけれど!」
感想 4

あなたにおすすめの小説

義母と愛人に屋敷を奪われたので、離縁後は薬草園で生きていきます

なつめ
恋愛
義母と夫の愛人に屋敷も立場も奪われ、名ばかりの結婚に終止符を打った元伯爵夫人イリシア。 行く当てもなく傷ついた彼女を拾ったのは、辺境で広大な薬草園を治める寡黙な伯爵エーヴェルトだった。 彼は優しい言葉で囲い込む男ではない。 だが、彼女が怯える音、苦手な人混み、眠れない夜、冷えた指先。そういう小さな痛みを、ひとつずつ黙って取り除いていく。 やがて薬草園は彼女の新しい居場所となり、彼女の知識は辺境の人々を救っていく。 一方、家計も人脈も実務もイリシアに頼りきりだった元夫一家は、彼女を失った瞬間から静かに崩壊を始めていて。 これは、奪われた女が取り戻す物語。 屋敷ではなく、尊厳と居場所と、今度こそ本物の愛を。

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

真実の愛を見つけたから離婚してくれ」と笑う夫へ。あなたの愛する彼女、私の実家で天文学的な借金の保証人になってますけど、大丈夫ですか?

まさき
恋愛
夫に「真実の愛を見つけた」と離婚を告げられた日、桐島澪は微笑んだ。「いいですよ」——その一言に、すべての準備が込められていた。 澪の実家は、不倫相手・白石奈々が10億円の借金を抱えていることを把握し、その債権をすでに買い取っていた。慧介は入籍前に、奈々に騙されて連帯保証人の書類にサインしていた——内容を確認しないまま。 逃げ場はない。奈々の本性が剥がれ、二人の愛の生活は崩壊していく。 一方の澪は静かな日々を取り戻し、叔父・桐島冬司との距離が少しずつ縮まっていく。経済界に「氷の桐島」と呼ばれる男が、澪の前でだけ眼光を和らげる——本人も気づかないまま。 「俺でいいのか」「いいですよ」 今度の答えは、本物だった。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

「君は健康だから我慢できるだろう」と言われ続けたので離縁しました。――義妹の嘘が社交界で暴かれます

暖夢 由
恋愛
誕生日。久しぶりに夫と過ごせるはずだったその日も、また約束は消えた。 理由はいつも同じ――「病弱で可哀想な義妹」が倒れたから。 「君は健康なんだから我慢できるだろう?」 そう言われ続け、優しい妻を演じてきたマリア。 だがある日、ついに気づく。 いつまで我慢を続ける必要があるのかと。 静かに離縁を決意し家を出た彼女の前に現れたのは、冷静沈着な侯爵。 彼は告げる――義妹の過去と、隠された違和感を。 やがて明らかになるのは、“可哀想な少女”の裏の顔。 そして社交界という舞台で暴かれる、歪んだ関係と嘘の構図。 これは、我慢をやめた一人の女性が、真実を取り戻す物語。 その時、“守られる側”だったはずの少女は――何を選ぶのか。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~

水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。 婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。 5話で完結の短いお話です。 いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。 お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。

春の避暑地

朝山みどり
恋愛
ミネルバの婚約者テリウスは、妹フローラと頻繁に顔を合わせるようになり、二人はミネルバの前でも親しげに会話を重ねながら距離を縮めていく。 買い物への付き添いや夜会のダンスなどをきっかけに、二人の仲は次第に深まり、周囲の若者たちも「二人はお似合いだ」と面白がりながら応援するようになる。 その関係は、まるでミネルバの存在を忘れているかのようだった。 やがて両家が集まる席で、テリウスはミネルバとの婚約を解消し、フローラと婚約したいと告げる。 こうして、ミネルバを置き去りにしたまま、テリウスとフローラの関係は周囲の後押しの中で進んでいくのだった。 婚約を失ったミネルバは、家の跡取りの立場も妹に譲ることになり、父の姉ガーベラのいるフォード元伯爵家へ送られる。そこでは理由を詮索されることもなく、ただ静かに休むように受け入れられる。 穏やかな生活の中でミネルバは、自分が思っていた以上に疲れていたことに気づく。伯母に「そのドレスはとても似合う」と言われたことをきっかけに、これまで母や妹の影に隠れていた自分の人生を少しずつ取り戻し始める。 やがて伯母に連れられてローハン元侯爵夫人の茶会に参加すると、ミネルバの美しい筆跡が評価され、令嬢マーガレットに字を教えてほしいと頼まれる。 最初は通いで教えるだけだったが、ローハン夫人は娘が気に入っていることから、住み込みの家庭教師として迎えたいと申し出る。 ミネルバは迷いながらも、過去に縛られない新しい人生を選ぶ決意をする。 この世界は貴族制度が廃止されたばかりです。力のある平民が台頭してきています。 ほかのサイトにも投稿しています。