(5/29完結予定)婚約者を奪った…?妹が刺されたので、毒親を成敗いたします。

さんけい

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70 戻らない返事

 面会は、長くはならなかった。医師が途中で一度、チェリーの顔色を見て、そろそろと叔母様へ合図したからだ。
 叔母様はすぐに父へ告げた。

「今日はここまでにしましょう」

 父は何か言いかけたが、チェリーを見てやめた。

「分かった」

 立ち上がる。
 私は少し迷い、同じように立った。チェリーは長椅子の上で、軽く頭を下げるだけにした。
 父は部屋を出る前に、私達へ向き直った。

「ローズ。チェリー」
「はい」
「私は、まだ何を見ればいいのか、うまく分かっていない」

 正直な言葉だった。ただ、それだけでは足りない。
 でも、嘘ではなさそうだった。

「だから、侯爵の監督には従う」

 父は言った。

「書類も出す。使用人達の話も聞く。お前達を戻せとは、しばらく言わない」

 しばらく。
 そこに、少し父らしさが残っている。
 ずっと、とは言わない。完全には手放さない。
 でも今は、それでいいのかもしれない。

「しばらくではなく」

 チェリーが言った。父が見る。

「私達が戻ると言うまで、です」

 父の眉が動いた。反論が出るかと思った。しかし、父は少しだけ息を吐いた。

「……分かった」

 言った。
 チェリーは、驚いたように目を瞬いた。自分で言ったくせに、通るとは思っていなかったのだろう。
 私もそうだった。父は叔母様へ頭を下げた。

「メイズ、世話をかける」
「ええ」

 叔母様はそれだけ返した。兄妹なのに、少し冷たいようにも見える。
 けれど、余計な慰めを入れない方が、今はいい。

 父が出ていった。廊下に足音が遠ざかる。
 玄関の扉が閉まるまでは、誰も何も言わなかった。
 やがて、チェリーがぽつりと言った。

「お父様、少しましだった」
「そうね」
「少しだけ」
「ええ」
「でも、油断しない」
「ええ」
「お姉様、今のはノートに書くべき?」
「何を?」
「少しましでも、油断しない」

 私は少し笑いそうになった。

「いいと思うわ」
「じゃあ書く。熱がない日に」
「今日は?」
「今日は疲れた」
「でしょうね」

 チェリーは素直に目を閉じた。

「でも、聞けた」
「ええ」
「戻したいのか、戻りたいだけなのか」
「まだ答えは曖昧だったわ」
「うん。でも、曖昧だって分かった」

 それは大事なのだろう。答えがないことも、答えの一つになる。
 医師がチェリーを休ませるため、部屋の支度を始めた。
 私は出ようとしたが、チェリーが目を閉じたまま言った。

「お姉様」
「何?」
「月桂樹、二枚目は?」
「まだ刺していないわ」
「刺して」
「はい」
「今日は濃い緑」
「指定まで?」
「お父様の日だから」

 その意味は少し分かった。
 薄明の白ではない。今日は少し重い緑。

「分かったわ」
「でも、暗くしすぎないで」
「難しい注文ね」
「お姉様ならできるでしょう」

 雑な信頼がまた来た。

「やってみるわ」
「うん」

 チェリーは、今度こそ眠りに落ちそうだった。

 ◇

 部屋を出ると、廊下で、叔母様が待っていた。

「よく話したわね」
「父が?」
「貴女達が」
「私は少ししか」
「少しでいいのよ。今は」

 叔母様は、玄関の方を見た。

「兄様も、少しだけましでした」
「チェリーと同じことを」
「あの子も?」
「はい」

 叔母様は小さく笑った。

「では、今日はそれで十分ね」

 十分。たぶん、本当にそうなのだろう。

 ◇

 部屋へ戻ると、机の上に月桂樹の布があった。
 一枚目の葉は、薄明の白を含んでいる。今日は二枚目。
 濃い緑。でも、暗くしすぎない。父の日の葉。
 そう思うと少し嫌だったが、逃げずに刺すことにした。
 濃い緑を取り、青みを少し混ぜる。葉の根元には灰を入れる。先端には、ほんの少しだけ明るい緑を残す。
 暗い。でも、全部は暗くしない。
 二枚目の葉は、一枚目の隣に少し離して置いた。
 並びすぎない。重ねすぎない。
 戻らない返事のように。
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