「恋は非合理的」と断言する理系女子を、命懸けで口説かなければならない理由。

モノカ

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第2話 合理主義の彼女

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「合理的な理由を三つ述べて」

 教室のざわめきが一瞬で戻る。

「え」

 想定外だった。

 一ノ瀬理央は本を閉じ、真顔でこちらを見ている。からかっている様子はない。

「付き合うことのメリット。私にとっての」

「……好きだから、とかじゃダメか?」

「感情は変動する。不安定なものを基準に契約は結ばない」

「契約って」

「恋愛は時間投資。リスクもある。合理性がなければ選択しない」

 周囲のクラスメイトがひそひそと騒いでいる。鼓動は跳ね上がったままだ。

 どく、どく。

 確かに上がっている。だが、ここで引くわけにはいかない。

「じゃあ、放課後、時間くれ」

「理由は?」

「理由を三つプレゼンするから」

 理央は少しだけ目を細めた。

「五分だけよ」

 *

 放課後。屋上。

 金網越しに街が見える。風が強い。

 理央はフェンスにもたれ、腕を組んでいる。

「五分経過で終了」

「分かってる」

 俺は深呼吸した。

「一つ目。俺と付き合えば、学校での不要な告白を減らせる」

「告白されていない」

「今後の話だ」

「根拠が弱い」

「……二つ目。俺は約束を守る。浮気もしない。時間も守る」

「証明できない」

「これから証明する」

 理央の視線は冷静だ。

「三つ目」

 言葉が詰まる。

 命のためだ、と言えるわけがない。

 だが、半分は本音だった。

「俺と付き合えば、退屈はしない」

「抽象的」

「俺は必死だから」

 風が強く吹き、理央の髪が揺れる。

「必死?」

「……命がかかってる」

 沈黙。

 言ってしまった。

「どういう意味?」

 視線が変わる。興味が混じる。

「昨日、倒れた。医者に言われた。強い感情が必要だって」

「だから私?」

「……一番、心拍が上がりそうだった」

 正直に言うと、鼓動がさらに跳ねる。

 どくん。

 理央は数秒考え込んだ。

「医学的根拠は?」

「心因性の可能性が高いって」

「データは?」

「ない」

「不確定要素が多い」

「でも、三ヶ月しかない」

 理央の眉がわずかに動く。

「期限?」

「三ヶ月で改善しなければ精密検査」

「なるほど」

 彼女はポケットからスマホを取り出し、何かをメモし始めた。

「仮に、あなたの仮説が正しいとする」

「お、おう」

「恋愛状態を作り、心拍数を上げる。実験としては成立する」

「実験?」

「私は恋愛を否定しているわけではない。非効率だと言っているだけ」

 理央はまっすぐ湊を見る。

「条件付きなら、協力してもいい」

「ほんとか?」

「ただし」

 指を一本立てる。

「本気の感情は禁止。あくまで実験」

「……は?」

「感情移入はデータを歪める」

「それ、無理じゃないか?」

「無理なら終了」

 冷たい。

 だが、断られてはいない。

「期間は三ヶ月」

「同意」

「破棄は双方合意」

「合理的」

 理央はバッグから小さなメモ帳を取り出した。

「契約内容を整理する」

「そこまでやる?」

「曖昧は嫌い」

 さらさらとペンが走る音。

「名称は“疑似恋愛契約”。目的は心拍数の安定。接触頻度は週三回以上。イベント参加は月二回」

「多くない?」

「データ不足になる」

 俺は苦笑した。

「……ありがとう」

「礼は不要よ。結果が出れば意味がある」

 理央はメモを破り、半分を俺に渡した。

「明日から開始」

 風が止む。

 屋上の空気が静まる。

 心臓が早い。

 確実に。

 これは実験だ。

 契約だ。

 恋ではない。

 だが、理央が背を向けた瞬間、俺は思った。

 こんなやつと三ヶ月も一緒にいたら、何も起きないはずがない。

 理央が振り返る。

「一つ確認」

「何?」

「あなた、私のどこで心拍が上がったの?」

 即答できなかった。

「……目」

「非合理」

 そう言って彼女は屋上の扉を開けた。



 夕方の光が差し込む。

 俺は胸に手を当てた。

 どくん。

 明らかに、昨日より速い。

 実験は、もう始まっている。
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