「恋は非合理的」と断言する理系女子を、命懸けで口説かなければならない理由。

モノカ

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第4話 演技の休日

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 土曜日。

 駅前広場の時計は12時45分を指していた。

 ちょっと早かったか。落ち着かない。

 スマホの画面を無意味に何度も開く。

「遅刻は減点よ」

 背後から声。

 振り向くと、一ノ瀬が立っていた。

 私服。シンプルな白シャツに黒のスカート。飾り気はないのに、目が離れない。

「遅刻してないだろ」

「知ってる。15分前に来てた」

「なんで分かる」

「観察」

 相変わらずだ。

 でも今日は、少しだけ雰囲気が違う気がする。

「行こう」

 彼女は迷いなく歩き出す。

 ショッピングモールの自動ドアが開き、冷たい空気が流れ出る。

「本日の目的は?」

「心拍の最大化」

「具体策は?」

「未定」

 未定なのかよ。

 エスカレーターを上りながら、俺は横目で彼女を見る。

 距離が近い。肩が触れそうだ。

「接触する?」

 先に言われた。

「……頼む」

 手をつなぐ。

 どくん。

 やっぱり上がる。

「安定してる?」

「多分」

「主観は曖昧」

「今はそれしかない」

 映画館の前で足を止める。

「暗所・密着・音響刺激。効率的」

「分析やめろ」

「ホラーは?」

「心拍は上がるけど種類が違う」

「恋愛系は?」

「……分からない」

 理央は数秒考える。

「恋愛映画は参考データとして有効ね」

 チケット売り場に向かう。

 上映開始まで二十分。

 ロビーのソファに並んで座る。

 距離が近い。

「緊張してる?」

「してない」

「嘘。脈拍上昇」

「見えるのかよ」

「顔が赤い」

 からかわれているのか分からない。

 上映時間が近づき、場内へ移動する。

 暗い通路を進み、中央列に座る。

 スクリーンが光り、予告編が始まる。

 隣との距離は、肘が触れる程度。

 映画が始まる。

 恋人同士のすれ違いを描く物語。

 告白、誤解、涙。

 スクリーンの中の二人は、不器用で、でも必死だ。

 隣から小さな声。

「非効率」

「どこが」

「言葉不足」

「それが恋愛だろ」

「説明不足はトラブルを生む」

「全部説明したら、つまらない」

 しばらく沈黙。

 スクリーンではキスシーン。

 客席がわずかにざわめく。

 その瞬間。

 理央の指が、そっと俺の袖をつかんだ。



 どくん。

 強い。

「……どうした?」

「参考」

「何の」

「密着時の変化」

 言い訳が速い。

 でも、指は離れない。

 映画が終わる頃、俺の心拍は完全に上がりきっていた。

 場内が明るくなる。

 理央はゆっくり立ち上がる。

「数値は?」

「かなり良い」

「効果確認」

 通路を歩きながら、彼女が言う。

「一つ修正」

「何を」

「本気禁止ルール」

 足が止まる。

「違反の可能性」

「誰が?」

「双方」

 胸が一瞬、冷える。

「まだ、違うだろ」

「感情は予測不能」

 エスカレーターで下へ降りる。

 ガラス越しの光が眩しい。

「契約書に追加条項を入れる」

「どんな」

「本気になりそうな場合、即時申告」

「それ、地獄じゃないか」

「合理的でしょ」

 外に出ると、夕方の風が吹いた。

 静かな時間。

「今日、楽しかった?」

 俺は聞く。

 理央は少しだけ考えた。

「効率は良かった」

「そうじゃなくて」

 数秒。

「……退屈ではなかった」

 それだけで十分だった。

 駅前の横断歩道で、彼女がまた手を握る。

 今度は自然だった。

「次は?」

「水族館」

「なんで」

「暗所・静音・距離近」

 俺は笑う。

「全部データかよ」

「今は」

 “今は”。

 その言葉が、やけに引っかかった。

 信号が青に変わる。

 歩き出した瞬間、彼女が小さく呟いた。

「朝比奈。倒れないでよ」

「心配してくれてるのか?」

 彼女は少しだけ視線を逸らす。

「……実験が失敗する」

 でも、握る力は強かった。

 俺は気づく。

 これは演技だ。

 でも、演技だけじゃない。

 放課後の延長みたいなこの時間が、少しずつ現実を侵食している。

 次は水族館。

 心拍は、きっともっと上がる。

 そして。

 本気禁止のルールが、少しずつ重くなっていく。
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