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第5話 心拍数の嘘
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水族館は思ったより静かだった。
薄暗い通路。青い光。水槽の向こうを魚が横切る。
「環境は良好ね」
一ノ瀬が小声で言う。
「雰囲気で言えないのか」
「事実を述べているだけ」
俺たちは並んで歩く。
ガラス越しの光が彼女の横顔を照らす。
心臓は、確かに速い。
どくん、どくん。
「数値どう?」
「高い」
「接触なしで?」
「……ああ」
彼女が少しだけ首をかしげる。
「要因は?」
「知らない」
本当は分かっている。
水の揺らぎより、魚より、隣の存在に意識が向いている。
クラゲの水槽の前で足を止める。
透明な体がふわりと浮かぶ。
「綺麗だな」
思わず口に出る。
「同意」
理央の声が、いつもより柔らかい。
沈黙が心地いい。
これ、実験だよな。
自分に確認する。
心臓は、安定して速い。
「……あれ?」
次の瞬間、違和感。
急に、鼓動が落ちる。
すっと。
「どうした」
「ちょっと、変だ」
胸に手を当てる。
さっきまでの高鳴りが、急に静かになる。
「接触する?」
「……頼む」
彼女が手を握る。
でも。
上がらない。
「……おかしい」
「上昇なし?」
「ほとんど無い」
理央の表情が変わる。
俺たちは水槽エリアを抜け、ベンチスペースへ出る。
光が少し強くなる。
座った瞬間、鼓動はさらに落ち着く。
「落ち着きすぎだろ……」
「不安定」
彼女は俺の手首を軽く握る。
「脈、弱い」
冷たい感覚が戻る。
嫌な予感。
「実験に慣れた可能性」
「慣れ?」
「刺激の閾値上昇」
「それって」
「同じ刺激では効果減少」
冗談じゃない。
「じゃあ、もっと強い刺激が必要ってことか?」
「可能性よ」
俺は息を吐く。
三ヶ月。
まだ一ヶ月も経っていない。
慣れるには早すぎる。
「……俺、勘違いしてたかも」
「何を」
「心拍が上がる=好き、って」
理央は黙る。
「環境要因の可能性」
「それだけか?」
彼女は視線を逸らした。
「感情は一定じゃない」
「じゃあ」
俺は言葉を選ぶ。
「俺が慣れたってことか? 一ノ瀬に」
その瞬間。
彼女の指がわずかに強くなる。
「不快?」
「違う」
即答だった。
どくん。
今度は、一拍だけ強い鼓動。
「……上がった」
「一時的」
「でも上がった」
彼女は数秒黙る。
「質問」
「何」
「私が他の男子と来ていたら?」
想像した瞬間。
胸が締めつけられる。
どくん、どくん。
明確に速くなる。
「……最悪」
「理由は」
「分からないけど嫌だ」
「嫉妬」
理央は小さく頷く。
「感情変化による上昇確認」
「実験材料にするな」
「事実」
でも、その声は少しだけ震えていた。
ベンチの横を子どもが走り抜ける。笑い声が響く。
現実に戻る。
「結論」
理央が言う。
「心拍は単純な接触ではなく、感情変動に依存」
「つまり?」
「本気に近づくほど、上昇する可能性」
言葉が重い。
本気禁止。
でも、本気に近づかないと上がらない。
「矛盾してる」
「同意」
立ち上がる。
「次の実験は?」
「未定」
出口へ向かう通路で、彼女が言った。
「朝比奈」
「ん?」
「あなたが慣れたなら、私は別の方法を考える」
「別の?」
「もっと強い刺激」
嫌な予感しかしない。
外に出ると、午後の光が眩しかった。
胸に手を当てる。
鼓動は普通だ。
普通すぎる。
命のタイムリミットがあるのに。
理央が隣でつぶやく。
「心拍数は嘘をつく」
「どういう意味」
「好きでも上がらないことがある。嫌いでも上がることがある」
風が吹く。
「数値だけでは測れない」
それは、彼女の独り言みたいだった。
俺は気づく。
この実験は、単純じゃない。
心拍は上がる。でも、安定しない。
そして。
もしかしたら。
本当の原因は、もっと別にあるんじゃないか。
そんな疑いが、胸の奥に小さく残った。
薄暗い通路。青い光。水槽の向こうを魚が横切る。
「環境は良好ね」
一ノ瀬が小声で言う。
「雰囲気で言えないのか」
「事実を述べているだけ」
俺たちは並んで歩く。
ガラス越しの光が彼女の横顔を照らす。
心臓は、確かに速い。
どくん、どくん。
「数値どう?」
「高い」
「接触なしで?」
「……ああ」
彼女が少しだけ首をかしげる。
「要因は?」
「知らない」
本当は分かっている。
水の揺らぎより、魚より、隣の存在に意識が向いている。
クラゲの水槽の前で足を止める。
透明な体がふわりと浮かぶ。
「綺麗だな」
思わず口に出る。
「同意」
理央の声が、いつもより柔らかい。
沈黙が心地いい。
これ、実験だよな。
自分に確認する。
心臓は、安定して速い。
「……あれ?」
次の瞬間、違和感。
急に、鼓動が落ちる。
すっと。
「どうした」
「ちょっと、変だ」
胸に手を当てる。
さっきまでの高鳴りが、急に静かになる。
「接触する?」
「……頼む」
彼女が手を握る。
でも。
上がらない。
「……おかしい」
「上昇なし?」
「ほとんど無い」
理央の表情が変わる。
俺たちは水槽エリアを抜け、ベンチスペースへ出る。
光が少し強くなる。
座った瞬間、鼓動はさらに落ち着く。
「落ち着きすぎだろ……」
「不安定」
彼女は俺の手首を軽く握る。
「脈、弱い」
冷たい感覚が戻る。
嫌な予感。
「実験に慣れた可能性」
「慣れ?」
「刺激の閾値上昇」
「それって」
「同じ刺激では効果減少」
冗談じゃない。
「じゃあ、もっと強い刺激が必要ってことか?」
「可能性よ」
俺は息を吐く。
三ヶ月。
まだ一ヶ月も経っていない。
慣れるには早すぎる。
「……俺、勘違いしてたかも」
「何を」
「心拍が上がる=好き、って」
理央は黙る。
「環境要因の可能性」
「それだけか?」
彼女は視線を逸らした。
「感情は一定じゃない」
「じゃあ」
俺は言葉を選ぶ。
「俺が慣れたってことか? 一ノ瀬に」
その瞬間。
彼女の指がわずかに強くなる。
「不快?」
「違う」
即答だった。
どくん。
今度は、一拍だけ強い鼓動。
「……上がった」
「一時的」
「でも上がった」
彼女は数秒黙る。
「質問」
「何」
「私が他の男子と来ていたら?」
想像した瞬間。
胸が締めつけられる。
どくん、どくん。
明確に速くなる。
「……最悪」
「理由は」
「分からないけど嫌だ」
「嫉妬」
理央は小さく頷く。
「感情変化による上昇確認」
「実験材料にするな」
「事実」
でも、その声は少しだけ震えていた。
ベンチの横を子どもが走り抜ける。笑い声が響く。
現実に戻る。
「結論」
理央が言う。
「心拍は単純な接触ではなく、感情変動に依存」
「つまり?」
「本気に近づくほど、上昇する可能性」
言葉が重い。
本気禁止。
でも、本気に近づかないと上がらない。
「矛盾してる」
「同意」
立ち上がる。
「次の実験は?」
「未定」
出口へ向かう通路で、彼女が言った。
「朝比奈」
「ん?」
「あなたが慣れたなら、私は別の方法を考える」
「別の?」
「もっと強い刺激」
嫌な予感しかしない。
外に出ると、午後の光が眩しかった。
胸に手を当てる。
鼓動は普通だ。
普通すぎる。
命のタイムリミットがあるのに。
理央が隣でつぶやく。
「心拍数は嘘をつく」
「どういう意味」
「好きでも上がらないことがある。嫌いでも上がることがある」
風が吹く。
「数値だけでは測れない」
それは、彼女の独り言みたいだった。
俺は気づく。
この実験は、単純じゃない。
心拍は上がる。でも、安定しない。
そして。
もしかしたら。
本当の原因は、もっと別にあるんじゃないか。
そんな疑いが、胸の奥に小さく残った。
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