「恋は非合理的」と断言する理系女子を、命懸けで口説かなければならない理由。

モノカ

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第7話 最初の本気

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 翌日。

 授業はほとんど頭に入らなかった。

 三宅はいつも通り明るい。
 
 一ノ瀬はいつも通り静か。

 でも、空気は違う。

 放課後。

 理央が立ち上がる。

「約束の時間」

 短い一言。

 俺は無言でついていく。

 体育館裏は静かだった。

 風が少し強い。

「結論を言うわ」

 彼女は俺を見る。

「三宅くんには断りを入れた」

 息が止まる。

「……本当か?」

「虚偽報告の合理性はない」

 胸が一気に熱くなる。

 どくん、どくん。

「理由は?」

「契約期間中だから」

「それだけ?」

 理央は少しだけ目を細める。

「あなたは“断ってほしい”と言った」

「ああ、言ったよ」

「それを優先したの」

 喉が詰まる。

「なんで」

「実験の安定性確保」

 でも。

 一拍、間があった。

「……それと」

「それと?」

 彼女は視線を逸らす。

「他の選択肢を考えたくなかった」

 鼓動が跳ねる。

「それって……なんで?」

「分析中」

 逃げた。

 でも、十分だった。

「朝比奈」

「何」

「あなたは?」

「何が」

「私が断ったと聞いて、どう感じた」

 簡単だ。

「嬉しい」

 自分でも驚くほど即答だった。

 どくん。

 はっきり速い。

「理由は?」

「分からないけど」

 嘘だ。分かっている。

「三宅に取られるのが……嫌だった」

 言葉にした瞬間、胸が締めつけられる。

 理央の目が揺れる。

「独占欲ね」

「かもな」

「本気禁止ルール違反の可能性」

「まだだ」

 自分でも分かる。

 でも、完全に否定もできない。

 その時。

 体育館のドアから、

「うわ、すまん!」

 ボールが飛んできた。

 反射的に理央を引き寄せる。



 彼女の体が俺の胸にぶつかる。

 距離、ゼロ。

 息が近い。

 心臓が暴走する。

 どくん、どくん、どくん。

「……朝比奈」

 小さな声。

「大丈夫か」

「近い」

「悪い」

 でも離れない。

 数秒。

 体育館の中から「ごめん!」と声がする。

 俺はゆっくり手を離す。

「心拍、どう」

「過去最高かも」

 理央の頬がわずかに赤い。

「私も」

「え?」

「心拍上昇」

 彼女は自分の胸に手を当てる。

「同調の可能性」

「そんなのあるのか」

「不明」

 でも、明らかに動揺している。

 沈黙。

 風の音だけが聞こえる。

「朝比奈」

「何」

「仮説だけど」

「うん」

「あなたの心拍は、命の危機ではなく、感情の揺れで変動している」

「つまり?」

「恋愛感情に近づくほど上昇」

 言葉が重い。

「じゃあ、本気にならないと安定しない?」

「可能性」

 俺は笑う。

「それ、最初のルールと真逆だな」

「矛盾」

 理央は小さく息を吐く。

「……怖い?」

「何が」

「本気」

 少し考える。

「怖い。でも」

「でも?」

「さっき、三宅断ったって聞いた時」

 鼓動がまた速くなる。

「嬉しかった」

 理央は黙る。

「私も」

 かすかな声。

 風が強く吹く。

 体育館の扉がきしむ。

「朝比奈」

「何」

「まだ本気じゃない」

「分かってる」

「でも、ゼロでもない」

 その言葉が、胸に残る。

 ゼロじゃない。

 それだけで十分だった。

 帰り道。

 並んで歩く。

 手をつなぐ。

 鼓動は安定して速い。

 今までで一番自然だ。

「次のデータね」

 理央が言う。

「何する」

「文化祭準備」

 文化祭? そういや、あったな。

「共同作業は感情変動が大きい」

 俺は笑う。

「データ好きだな」

「効率」

 でも、その手はしっかり握られている。

 俺は気づく。

 これは実験じゃない。

 少なくとも、俺にとっては。

 まだ本気じゃない。

 でも。

 最初の一歩は、もう踏み出している。
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