「恋は非合理的」と断言する理系女子を、命懸けで口説かなければならない理由。

モノカ

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第8話 期限まで残り60日

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 文化祭準備は予想以上に忙しかった。

 俺たちのクラスはカフェをやるらしい。
 
 俺は看板係。理央は会計システム担当。

「効率重視」

 パソコンに向かう横顔は真剣だ。

 最近、自然に隣にいる時間が増えた。

 接触しなくても、心拍は安定して少し速い。

 どくん、どくん。

 悪くない。

「朝比奈」

「何」

「作業遅延」

「悪い」

 笑いながら言う。

 こんな時間が普通になっている。

 それが怖い。

 放課後。

 教室の窓がオレンジに染まる。

「今日で何日目?」

 理央が言う。

「何が」

「契約」

 頭の中で数える。

「……三十日くらいか?」

「正確には三十一日」

 さすがだ。

「残り?」

 喉が乾く。

「約六十日」

 数字にされると重い。

 六十日。

 二ヶ月。

「順調なのかな?」

「一時的低下はあるが、全体として改善傾向」

「じゃあ問題ないな」

「断定不可」

 理央は画面を閉じる。

「朝比奈」

「何」

「契約終了後、どうする」

 急だ。

「三ヶ月後?」

「そう」

 考えてなかった。

 いや、考えないようにしていた。

「その時、心拍が安定していたら」

「うん」

「契約は終了」

 当たり前だ。

「その後は?」

「自由」

 自由。

 その言葉が妙に遠い。

「一ノ瀬は?」

「未定」

「三宅とか」

「可能性ゼロではない」

 胸がわずかに締まる。

 でも、今は暴れない。

 ただ、重い。

 教室の電気が消える。

 廊下に出ると、夜の空気が冷たい。

「屋上、行く?」

 俺が言う。

「五分」

 階段を上る。

 屋上の扉を開けると、風が強い。

 街の灯りが広がる。

「一ヵ月前」

 理央が言う。

「あなたは命のために告白した」

「そうだな」

「今は?」

 質問が刺さる。

 夜風が強い。

「……分からない」

 嘘だ。

 でも、全部は言えない。

「あなたの心拍は、最近安定している」

「うん」

「私といなくても?」

 言葉が止まる。

 昨日、家で思い出しただけで少し上がった。

「……少しは」

「つまり、依存ではない」

「どういう意味」

「あなたの感情が自立し始めている可能性」

 理央は空を見上げる。

「なら、私は不要になる」

 その言葉に、胸が強く打つ。

 どくん。

「それは違う」

 即答だった。

「理由」

「……」

 命のためじゃない。

 もう。

「一ノ瀬といるの、普通に楽しい」

 沈黙。

「効率?」

「違う」

 風が髪を揺らす。

「お前が笑うと、ちょっと嬉しい」

 言ってから、顔が熱くなる。

 理央は数秒黙ったまま。

「朝比奈」

「何」

「本気禁止ルール」

「まだ有効?」

「……再検討中」

 心臓が跳ねる。

「残り六十日」

 彼女は言う。

「このまま続ける?」

「続けたい」

 即答。

 迷いはなかった。

「了解」

 彼女が一歩近づく。

「ただし」

「何」

「終了時、どちらかが本気になっていた場合」

 息が止まる。

「契約は即時破棄」



「え」

「曖昧は嫌い」

 冷たい風。

 でも。

 その目は、完全に冷たくはない。

「怖い?」

 彼女が聞く。

「少し」

「私も」

 小さな声。

 屋上の扉が風で揺れる。

「朝比奈」

「何」

「残り六十日」

「うん」

「実験を続ける」

 彼女が手を差し出す。

 俺は握る。

 どくん。

 安定している。

 でも、どこかで分かっている。

 これは、ただの実験じゃない。

 六十日後。

 俺たちはどうなっている。

 屋上の夜風が、妙に冷たかった。
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