武神大公は元妻のストーカーがやめられない。〜元夫に敵視されていると思っている元妻の令嬢と、その元妻をストーキングしている元夫の大公のお話〜

百百百百

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番外編 元妻とストーカーの馴れ初め。

黒髪と書いて、一目惚れと読む

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 龍狩りを終えて、俺は王宮に帰ってきていた。
 今年も失敗に終わった狩りは、いよいよ皇帝も腹に据えかねているようだ。
 だが、あれほどの大きな龍、加えて不思議な力を使うとなるとどうすることもできん。
 尻尾を切り落とそうと剣を振り下ろしたが、逆に薙ぎ払われてしまった。
 その時、手を痛めてしまったようで、嫌に暑い。
 
 酒で痛みを忘れて今日はさっさと眠ろうと、厨房からくすねた酒を片手に俺は寝室に入った。
 夜風が頬をかすめて、月明かりに持っていた酒瓶が輝いた。
 全開のバルコニーへの扉に、仕事をしない召使いの顔を思い浮かべた。
 急な帰宅とは言え、あの女がいたのに何をしているのかと扉に近寄った。

 雲で月明かりが陰る中、黒髪の女が風に髪を靡かせながら手すりの上に立っていた。
 唐突の出来事に、俺は思わず酒瓶を落としそうになって強く握りしめた。
 王妃からあの女への使いか、酒瓶を片手に腰の剣に手を添えた。


「そんなとこで何してやがんだ。」


 そう声をかけるが、女は身体をひくつかせることなく静かに佇んでいる。


「こっちは虫の居所が悪いんだ。さっさと言わなきゃ、首をはねるぞ。」
「夜風に当たっていました。」


 半身を翻してそう言った女は、驚いたことに妻としてやってきた女だった。
 だが、髪はおろか顔つきもどこか違う姿に、俺は眉を潜める。


「どういうことだ。俺が留守にする前はお前、ブランドだったよな。顔ももっと痩せてただろ。」
「……髪は知り合いの方から頂いた物で作りました。顔も化粧をしていましたから。」


 髪も顔も作り物だと?
 はっと、尚更腹立たしい現状に俺は鼻を鳴らした。
 どこまで俺を謀れば気が済むのか。
 掴んでいた剣を握りしめる俺を見て、女は手すりから降りた。


「お気持ちわかりますわ王子様。」
「何がだ。」
「欺かれたとそうお思いでしょう?」


 クスクスと、面白そうに唇を横に引いて笑う女は、腹立たしいことに黒髪が良く似合っている。


「でも、どうか誤解なさらないで、私は王子様味方ですから。」
「味方だと?王妃に言われて俺の妻になったお前がか?」
「それは誰が言ったのですか?」


 その言葉に俺はグッと言葉に詰まった。
 誰も何も、この女の母親が王妃の腰巾着なのは周知の事実だ。
 自慢じゃないが、俺は先の戦の噂で社交界でも評判が悪い。
 そんな俺の元に、好き好んで嫁いでくるのはよっぽどの物好きか、嫁いで利益のあるものだが……。
 ちっと舌を打って女を見下ろすと、残念と眉尻を下げた。


「くだらない噂を鵜呑みにするのは、感心いたしません。」
「やかましい。そもそも事実、お前の母親は王妃の腰巾着だろうが。」
「母は母。私は私です。」


 黒い瞳で俺を見つめると、女は片耳に髪をかけた。
 滅多に見ない黒髪は、まるで夜を糸にした様で目新しい。


「母も、父も黒髪ではありません。」
「どう言うことだ。」
「まして、黒い瞳の人間はこの国には一人もいません。」


 ここまで言えばわかりますか?
 そう困った顔をして言った女に、俺はため息を吐いた。
 なるほど、こいつの経歴がつかめない理由がわかった。
 だが、それとこの女を信じることは話が別だ。


「もちろん、だからと言って味方だと信じてもらえるとは思っていません。」
「良くわかってるじゃねえか。」
「ですが、これから言うことを心に留めておいてください。」
「話通じてんのかてめぇ。」


 信じねぇっつてんだろと、俺が歯軋りすると女はおかしそうに笑って見せた。
 その時、陰っていた月明かりが現れて、女の黒髪が輝いた。
 逆光を背にしているが、どこか神秘的に輝く神がやけに女を美しく見せた。
 どんな敵を前にした時より、胸が跳ねた。


「私は、王子様をこの国の皇帝にするために来たのですから、何がなんでも信じてもらいます。」


 覚悟して置いて下さいねと、間合いを詰めて俺の耳元に囁いた女。
 嗅いだことのない、優しい香りが俺の鼻腔をくすぐった。
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