武神大公は元妻のストーカーがやめられない。〜元夫に敵視されていると思っている元妻の令嬢と、その元妻をストーキングしている元夫の大公のお話〜

百百百百

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番外編 元妻とストーカーの馴れ初め。

王族と書いて、自殺志願者と読む

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「何やってんだ。」


 黒髪の女が、食事をとっている。
 俺の問いかけに口を動かしながら振り返ると、口元をナフキンで拭った。


「朝食を食べています。ご一緒にいかがです?」


 呑気な口調でそう言った女は、月の下で見た時とはまた違う洗練さがある。
 俺の分の皿に切り分けられたパンを置いて、女はまた俺に背を向けた。
 女の向かいの席に立てば、不思議そうに女は俺を見上げる。


「どう言うわけだ。お前のその髪。」
「前々から鬱陶しかったんですよね、長髪って慣れなくて。」


 何がおかしいのかアハハと声を立て笑う女。
 理解に苦しむと眉間のシワに手をやると、また女はニヤニヤとした笑みで俺を見ている。


「もしかして、私が不義の子なのを隠そうとして下さいました?」
「……勘違いするな。皇太子としての俺の外聞だ。」
「ええ、そうですとも。下級貴族の娘、ましてや不貞を働いてできた子供なんて。」


 バレたら、帝国中の笑いものですよ。
 手を叩いて笑う姿は、心底読めない。
 なんだこいつは、新手の変態か?


「ちなみに不貞を働いたのはどっちだ?」
「母です。」


 一切の動揺なくそう告げる女は、もうとっくに覚悟を決めている様だ。


「召使達にはどう説明するつもりだ。」
「ご安心を、すでに何名かは逆買収しています。」
「王妃は、俺にお前の出生を知られたくなかったんだろう。」
「さぁ、王妃のお考えは私には見当もつきませんから。」


 食事をする姿は、普通の貴族と同じく様になっている。
 ある程度の教養は与えられていたみたいだな。
 

「俺の妻に推薦したのは王妃だ。どこの馬とも知れん女を掴ませたと、皇帝に抗議してもいいんだが?」
「ご冗談を、そこまでお馬鹿ではないでしょう?」


 私は不義の子ですが、罪のない者を一方的に離縁するなど、人々はどうおもいますやら。
 そう穏やかな声で言った女は、どこか確信がある様だ。
 俺が離縁を切り出さないと言う確信。


「それに言いましたよね?私はあなたを皇帝にすると。」
「それで、自分は皇后か?」


 女の言葉にややかぶせる様にして言えば、女はプルプルと震え始めた。
 なんだ、図星か。
 俺は椅子を引いて女の前に腰を下ろす。


「俺が皇帝、お前が皇后。」
「…………。」
「加えて、お前が次の皇帝を孕めば皇太后だな。」
「…………。」
「なるほど。王妃を裏切るだけの価値は……。」


 あると言いかけて、女が小さく吹き出した。
 どうやら、怒りや焦りで震えていたのではないらしい。
 俺が訝しげな顔で見つめる中、女は我慢できないと言うように、腹を抱えて笑い始めた。


「知らないの?歴代の王族の死亡理由。殆どが、戦争の尻拭いでの処刑、事故に見せかけた暗殺や、ストレスによる死亡よ。」


 幸せいっぱい大往生なんて人は、私が調べた限りの歴史にはいなかった。
 目元に浮かべた涙を拭って、俺が座った席のカップに茶を注ぐ。


「そんな悲しい結末が待っているのに、誰が好き好んで王族になりたいと思うの?」


 おそらく、全国民が思っているだろう。
 そんな捻くれた考え方をするのは、この女くらいだ。
 俺の眉間にシワを寄せる顔を見て、一息ため息を吐く女。


「あなた方王族が、良いところで眠って良い場所で暮らして、良い物を食べられるのは、全ていつか来るであろう災難から国民を守るためよ。」
「……王族がいて、国を作り国民を守っている。」
「私が言ってるのは王族のあり方。いつか国民のために笑って死ななきゃいけない人達の集団に、私が名を連ねて死ぬのはごめんだって言ってるのよ。」


 確かに、王族は国民を守るのが仕事で義務だ。
 笑って死ぬかどうかは知らんが、それぐらいの覚悟を持っているかと聞かれると大半の人間は口を濁すだろう。
 かく言う俺も、胸を張って死ねるとは言い難い。
 俺の中で納得のいく理解に到達した頃、女がじっと俺の顔を覗き込むのをやめ肩をすくめて見せた。


「やっとご理解頂けたようで嬉しいわ。」
「極端すぎるがな、わからんでもない。」
「そう思ってくれただけで十分。兎に角、私は大往生以外するつもりはないの。」


 皇帝になってもあなたに余計な口出しはしないから。
 そう言って、膝にかけたナフキンを椅子に置くと食べ終えた食器を持ち上げた。


「勿論、あなたが今お付き合いしてる女性についても言うつもりはないわ。」
「ブッ……。」
「あぁ、ごめんなさい。女性ね。」


 思わず飲んでいた茶を吹き出すと、女は愉快そうにまた声を立た。
 食器を音を立てぬよう持っていく姿はまるで召使のようだが、姿勢や仕草は優雅で美しい。
 俺が口元の茶を拭って睨みつければ、挑発するような笑みで俺に微笑む女。


「それとそのお茶、痛みを和らげる効果があるから。」


 手の怪我お大事に。
 そう言ってクスクスと笑った女に、俺の頬が一気に熱を帯びた。
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