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第26話:徳政令の代償と新しい大家
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徳政令の発布から三時間が経過しました。
王都は、不気味なほどの静寂に包まれていました。
借金がなくなった歓喜のパレードが起きるかと思いきや、広場には人っ子一人おらず、大通りの商店はすべてシャッターを下ろし、市場からは野菜も肉も消え失せていました。
*
(※ヘリオス視点)
「……おい、どうなっているんだ?」
僕は王城のバルコニーから、死んだような街を見下ろして首を傾げた。
「国民は喜んでいないのか? 借金をチャラにしてやったんだぞ? 感謝のシュプレヒコールはどうした?」
「で、殿下……」
側近が青い顔で駆け寄ってくる。
「大変です。商店主たちが掛け売りを一切拒否して店を閉めました。『借金がチャラになるなら、商品を売っても代金を回収できないかもしれない』と恐れて、現金取引以外はすべて停止したのです」
「な、なんだと?」
「さらに、パン屋も肉屋も、仕入れ業者にお金を借りられなくなり、材料が入ってきません。物流が……、完全に止まりました」
僕は言葉を失った。
借金をなくせば、みんなが楽になると思った。
だが実際には、信用という潤滑油を抜かれた経済のエンジンが、焼き付いて停止してしまったのだ……。
その時、執務室の扉がノックされた。
あの闇の銀行家だ。
「……ふん、来たか。借金が消えて文句を言いに来たのだろうが、無駄だぞ」
僕は気を取り直して椅子に座り直した。
徳政令は絶対だ。
あいつの一億の借金はもう存在しない。
部屋に入ってきた銀行家は、以前のような卑屈な態度は微塵もなく、むしろ憐れむような目で僕を見ていた。
「ヘリオス殿下。徳政令の発布、おめでとうございます。これで国の借金は綺麗さっぱりなくなりましたな」
「あ、ああ。当然だ。貴様への借金も消えた。文句はあるまいな?」
「滅相もございません。借金は消えましたとも」
銀行家は恭しく一礼すると、一枚の書類――先日僕がサインした土地売買契約書を掲げた。
「ですが、こちらの土地売買は完了しております。殿下は一億の借金を消すために、王都の土地を私に売却された。代金(借金相殺分)は支払い済み。所有権の移転登記も、今朝一番で済ませております」
「……だからどうした。それも徳政令で無効だ」
「いいえ。徳政令第1条『未払いの金銭債務を免除する』。しかし、これは完了した商取引です。未払いではありません」
銀行家はニッコリと笑った。
「つまり、殿下。貴方は借金をチャラにする前に、自分の意志で、正当な手続きを経て、王都の土地を私に売り渡したのです。これは徳政令の対象外です」
「なっ……、屁理屈を言うな! 私が王だぞ! そんな契約、後からどうとでも……」
「おや、それは困りますね」
銀行家は指をパチンと鳴らした。
すると、部屋の外から数人の男たちが入ってきた。
彼らの胸には、大陸全土で中立を保つ国際司法ギルドの紋章があった。
「この土地の所有権は、すでに国際司法ギルドに登録されています。もし殿下がこれを不当に侵害すれば、国際条約違反となり、周辺諸国が一斉に経済制裁、あるいは軍事介入を行う口実を与えることになりますが?」
「……は?」
僕は立ち上がろうとして、足に力が入らず、その場にへたり込んだ。
国際問題?
軍事介入?
たかが借金の話が、どうしてそんなことに?
「というわけで、殿下。ここからはビジネスの話をしましょう」
銀行家は、僕の目の前に新しい書類を置いた。
『賃貸借契約書(リース契約)』。
「この王城、および王都の全土地は、現在私の――正確には私のオーナーである商会の所有物です。ですが、すぐに『出て行け』とは申しません」
男は冷酷に告げた。
「ここに住み続けたいのであれば、然るべき家賃をお支払いください」
「や、家賃……、だと?」
「はい。王城のテナント料、月額金貨一千万枚。王都の各商店からの地代も、すべて我々が徴収いたします」
「そ、そんな金、あるわけがないだろう! 徳政令で経済が止まっているんだぞ!」
「払えないのであれば、退去していただくしかありませんね。不法占拠者として……」
僕は窓の外を見た。
見慣れた王都の街並み。
城壁も、大通りも、噴水も。
そのすべてが、ついさっきまで僕のものだったのに……。
たった一枚の紙切れにサインしたせいで、僕はこの国で一番偉い王族から、ただのホームレスに転落してしまったのだった……。
*
ノルト領の執務室。
通信機から聞こえるヘリオス殿下の絶望的な声をBGMに、私は優雅に紅茶を楽しんでいました。
「……王都の大家就任、おめでとう」
ルーカス閣下が、苦笑しながら乾杯の仕草をしました。
「ありがとうございます。これで王家は、私の敷地内で、私が許可した範囲でしか息ができなくなりました」
私は手帳の資産リストに、王都一式と書き加えました。
「彼らは借金を消すために徳政令という爆弾を使いましたが、その爆風で吹き飛んだのは、借金取りではなく、自分たちの足場でしたね」
「で? 家賃を払える見込みは?」
「ゼロです。経済が停止していますから。……となると、彼らが現金を手に入れる方法は、ただ一つ」
私は王都の方角を見据えました。
そこに、最後の時限爆弾が残っています。
「リリィ様の魔石投資ファンドに集まったお金に手を付けるしかありません」
投資家から預かったお金を使って、私への家賃を払う。
それは完全な背任行為(横領)です。
それをやってしまった瞬間、彼らは経済的な無能者から、法的な犯罪者へと堕ちます。
「さあ、ヘリオス殿下。最後の選択です。王城から追い出されて路頭に迷うか。それとも、国民のお金を横領して、少しだけ延命するか。……どちらを選んでも、待っているのは地獄ですけれど」
私はカップを置きました。
カチャリ、という音が、断罪の合図のように響きました。
王都は、不気味なほどの静寂に包まれていました。
借金がなくなった歓喜のパレードが起きるかと思いきや、広場には人っ子一人おらず、大通りの商店はすべてシャッターを下ろし、市場からは野菜も肉も消え失せていました。
*
(※ヘリオス視点)
「……おい、どうなっているんだ?」
僕は王城のバルコニーから、死んだような街を見下ろして首を傾げた。
「国民は喜んでいないのか? 借金をチャラにしてやったんだぞ? 感謝のシュプレヒコールはどうした?」
「で、殿下……」
側近が青い顔で駆け寄ってくる。
「大変です。商店主たちが掛け売りを一切拒否して店を閉めました。『借金がチャラになるなら、商品を売っても代金を回収できないかもしれない』と恐れて、現金取引以外はすべて停止したのです」
「な、なんだと?」
「さらに、パン屋も肉屋も、仕入れ業者にお金を借りられなくなり、材料が入ってきません。物流が……、完全に止まりました」
僕は言葉を失った。
借金をなくせば、みんなが楽になると思った。
だが実際には、信用という潤滑油を抜かれた経済のエンジンが、焼き付いて停止してしまったのだ……。
その時、執務室の扉がノックされた。
あの闇の銀行家だ。
「……ふん、来たか。借金が消えて文句を言いに来たのだろうが、無駄だぞ」
僕は気を取り直して椅子に座り直した。
徳政令は絶対だ。
あいつの一億の借金はもう存在しない。
部屋に入ってきた銀行家は、以前のような卑屈な態度は微塵もなく、むしろ憐れむような目で僕を見ていた。
「ヘリオス殿下。徳政令の発布、おめでとうございます。これで国の借金は綺麗さっぱりなくなりましたな」
「あ、ああ。当然だ。貴様への借金も消えた。文句はあるまいな?」
「滅相もございません。借金は消えましたとも」
銀行家は恭しく一礼すると、一枚の書類――先日僕がサインした土地売買契約書を掲げた。
「ですが、こちらの土地売買は完了しております。殿下は一億の借金を消すために、王都の土地を私に売却された。代金(借金相殺分)は支払い済み。所有権の移転登記も、今朝一番で済ませております」
「……だからどうした。それも徳政令で無効だ」
「いいえ。徳政令第1条『未払いの金銭債務を免除する』。しかし、これは完了した商取引です。未払いではありません」
銀行家はニッコリと笑った。
「つまり、殿下。貴方は借金をチャラにする前に、自分の意志で、正当な手続きを経て、王都の土地を私に売り渡したのです。これは徳政令の対象外です」
「なっ……、屁理屈を言うな! 私が王だぞ! そんな契約、後からどうとでも……」
「おや、それは困りますね」
銀行家は指をパチンと鳴らした。
すると、部屋の外から数人の男たちが入ってきた。
彼らの胸には、大陸全土で中立を保つ国際司法ギルドの紋章があった。
「この土地の所有権は、すでに国際司法ギルドに登録されています。もし殿下がこれを不当に侵害すれば、国際条約違反となり、周辺諸国が一斉に経済制裁、あるいは軍事介入を行う口実を与えることになりますが?」
「……は?」
僕は立ち上がろうとして、足に力が入らず、その場にへたり込んだ。
国際問題?
軍事介入?
たかが借金の話が、どうしてそんなことに?
「というわけで、殿下。ここからはビジネスの話をしましょう」
銀行家は、僕の目の前に新しい書類を置いた。
『賃貸借契約書(リース契約)』。
「この王城、および王都の全土地は、現在私の――正確には私のオーナーである商会の所有物です。ですが、すぐに『出て行け』とは申しません」
男は冷酷に告げた。
「ここに住み続けたいのであれば、然るべき家賃をお支払いください」
「や、家賃……、だと?」
「はい。王城のテナント料、月額金貨一千万枚。王都の各商店からの地代も、すべて我々が徴収いたします」
「そ、そんな金、あるわけがないだろう! 徳政令で経済が止まっているんだぞ!」
「払えないのであれば、退去していただくしかありませんね。不法占拠者として……」
僕は窓の外を見た。
見慣れた王都の街並み。
城壁も、大通りも、噴水も。
そのすべてが、ついさっきまで僕のものだったのに……。
たった一枚の紙切れにサインしたせいで、僕はこの国で一番偉い王族から、ただのホームレスに転落してしまったのだった……。
*
ノルト領の執務室。
通信機から聞こえるヘリオス殿下の絶望的な声をBGMに、私は優雅に紅茶を楽しんでいました。
「……王都の大家就任、おめでとう」
ルーカス閣下が、苦笑しながら乾杯の仕草をしました。
「ありがとうございます。これで王家は、私の敷地内で、私が許可した範囲でしか息ができなくなりました」
私は手帳の資産リストに、王都一式と書き加えました。
「彼らは借金を消すために徳政令という爆弾を使いましたが、その爆風で吹き飛んだのは、借金取りではなく、自分たちの足場でしたね」
「で? 家賃を払える見込みは?」
「ゼロです。経済が停止していますから。……となると、彼らが現金を手に入れる方法は、ただ一つ」
私は王都の方角を見据えました。
そこに、最後の時限爆弾が残っています。
「リリィ様の魔石投資ファンドに集まったお金に手を付けるしかありません」
投資家から預かったお金を使って、私への家賃を払う。
それは完全な背任行為(横領)です。
それをやってしまった瞬間、彼らは経済的な無能者から、法的な犯罪者へと堕ちます。
「さあ、ヘリオス殿下。最後の選択です。王城から追い出されて路頭に迷うか。それとも、国民のお金を横領して、少しだけ延命するか。……どちらを選んでも、待っているのは地獄ですけれど」
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