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第28話:枯渇する配当と囚人のジレンマ
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(※ヘリオス視点)
王城の前には、かつてない殺気が渦巻いていた。
それは、希望に満ちた出資者の列ではなく、約束を破られた債権者の暴徒だった。
「金を出せ! 今日は配当日だぞ!」
「元本だけでも返せ!」
「俺たちの金をどこへやったんだ!」
窓の外から響く怒号。
石が投げ込まれ、ガチャンと窓ガラスが砕け散る。
僕は執務室の机の下で、耳を塞いで震えていた。
「ひっ! どうしてこうなった……」
金庫は空だ。
昨日、なけなしの現金をあの闇の銀行家への家賃として払ってしまったから。
残っているのは、小銭程度の金貨と、リリィが買い漁ったドレスや宝石の山だけ。
だが、今さらドレスを渡して「これで勘弁してくれ」と言ったところで、暴徒に引き裂かれるのがオチだ。
「ヘリオス様! 隠れてないで何とかしてくださいまし!」
リリィが部屋に飛び込んできた。
彼女の髪は乱れ、いつもの愛らしい笑顔は消え失せ、般若のような形相になっている。
「貴方が家賃なんて払うから! 私のファンドのお金がなくなったんじゃありませんか!」
「なっ……、お前、僕のせいにするのか!?」
僕は机の下から這い出し、彼女を睨みつけた。
「元はと言えば、お前が王都の権利を担保に入れさせたからだろう! それに、お前が毎日ドレスだ宝石だと散財しなければ、もう少し金は残っていたはずだ!」
「なんですって!? 『君の笑顔のためなら国も捧げる』って言ったのは誰ですの!? 甲斐性のない男ですこと!」
「黙れ! この詐欺女!」
「詐欺師は貴方よ! 王太子のくせに、国民の金を横領した泥棒!」
僕たちは罵り合った。
愛?
信頼?
そんなものは金貨一枚分の価値もない。
あるのは、泥沼の責任のなすりつけ合いだけだ。
その時、部屋の扉がノックされた。
ビクリとして振り返ると、怯えた様子の従僕が、二通の封筒を盆に載せて立っていた。
「で、殿下、リリィ様……。ノルト領の……、エリーゼ・フォン・ノイマン様より、親展の書状が届いております」
「エリーゼから?」
僕とリリィは顔を見合わせた。
封筒は二つ。
一つは『ヘリオス殿下へ』。
もう一つは『リリィ様へ』。
それぞれ別の封がしてある。
「……何の用だ、今さら」
僕は震える手で、自分宛の封筒を引ったくった。
リリィも怪訝な顔で自分の分を手に取る。
封を切る。
中に入っていたのは、一枚のカードと、簡潔なメッセージだった。
『親愛なるヘリオス殿下へ。貴方が犯した横領の証拠は、全て私が握っています。ですが、昔のよしみで一つだけ救済措置を差し上げましょう。今日の深夜零時までに私宛に、リリィ・フルールが主犯であるという証言書を提出してください。もし貴方が証言し、リリィ様が黙秘していた場合、貴方は被害者として罪を免除し、リリィ様のみを法廷に突き出します。ただし――もしリリィ様も貴方を告発していた場合は、両者とも破滅です。よくお考えください。愛を取るか、自分の未来を取るか。追伸:リリィ様にも、同じ条件の手紙を送っています』
「――ッ!?」
僕は息を飲んだ。
横目でリリィを見る。
彼女も手紙を読み終え、顔面蒼白になっている。
そして、その瞳がギロリと僕を向いた。
その目には、愛など欠片もなかった。
あるのは、猜疑心と、保身への渇望だけ。
こいつ……、僕を売る気か?
嫌な汗が背中を伝う。
もし僕が黙っていて、リリィが僕を売ったら?
僕は全ての罪を被り、リリィだけが助かる。
それだけは絶対に許せない。
助かる道は一つ。
相手より先に、相手を売ることだ。
*
ノルト領の執務室。
私は窓辺で、二つの砂時計を眺めていました。
「……仕掛けは完了しました」
「囚人のジレンマか」
ルーカス閣下が、興味深そうにチェス盤を眺めます。
「二人の共犯者を隔離し、司法取引を持ちかける。まず、二人とも黙秘すれば、証拠不十分で軽い罪で済む。そして、片方だけが裏切れば、裏切った方は無罪、黙っていた方は重罪。さらに、二人とも裏切れば、二人ともそこそこの重罪。……論理的に考えれば二人とも黙秘(協力)が全体最適だが、相手が裏切るかもしれないという恐怖がある限り、人間は裏切りを選択する」
「その通りです。ましてや、あの二人の間に信頼関係など存在しません。お金が尽きた時点で、愛も尽きていますから」
私は砂時計を指で弾きました。
「彼らは今頃、互いの顔色を窺いながら、必死に告発文を書いているでしょう。『あいつがやった』『私は騙されただけだ』と」
深夜零時。
それが彼らの愛の死亡推定時刻です。
「さて、明日の朝刊が楽しみですね。一面トップは『王太子と婚約者、互いに泥沼の告発合戦』……でしょうか」
経済的な破綻の次は、社会的な破滅。
私の復讐劇は、いよいよクライマックスへ向かいます。
舞台の幕引きは、公的な舞踏会――最後の審判の場で行うとしましょう。
王城の前には、かつてない殺気が渦巻いていた。
それは、希望に満ちた出資者の列ではなく、約束を破られた債権者の暴徒だった。
「金を出せ! 今日は配当日だぞ!」
「元本だけでも返せ!」
「俺たちの金をどこへやったんだ!」
窓の外から響く怒号。
石が投げ込まれ、ガチャンと窓ガラスが砕け散る。
僕は執務室の机の下で、耳を塞いで震えていた。
「ひっ! どうしてこうなった……」
金庫は空だ。
昨日、なけなしの現金をあの闇の銀行家への家賃として払ってしまったから。
残っているのは、小銭程度の金貨と、リリィが買い漁ったドレスや宝石の山だけ。
だが、今さらドレスを渡して「これで勘弁してくれ」と言ったところで、暴徒に引き裂かれるのがオチだ。
「ヘリオス様! 隠れてないで何とかしてくださいまし!」
リリィが部屋に飛び込んできた。
彼女の髪は乱れ、いつもの愛らしい笑顔は消え失せ、般若のような形相になっている。
「貴方が家賃なんて払うから! 私のファンドのお金がなくなったんじゃありませんか!」
「なっ……、お前、僕のせいにするのか!?」
僕は机の下から這い出し、彼女を睨みつけた。
「元はと言えば、お前が王都の権利を担保に入れさせたからだろう! それに、お前が毎日ドレスだ宝石だと散財しなければ、もう少し金は残っていたはずだ!」
「なんですって!? 『君の笑顔のためなら国も捧げる』って言ったのは誰ですの!? 甲斐性のない男ですこと!」
「黙れ! この詐欺女!」
「詐欺師は貴方よ! 王太子のくせに、国民の金を横領した泥棒!」
僕たちは罵り合った。
愛?
信頼?
そんなものは金貨一枚分の価値もない。
あるのは、泥沼の責任のなすりつけ合いだけだ。
その時、部屋の扉がノックされた。
ビクリとして振り返ると、怯えた様子の従僕が、二通の封筒を盆に載せて立っていた。
「で、殿下、リリィ様……。ノルト領の……、エリーゼ・フォン・ノイマン様より、親展の書状が届いております」
「エリーゼから?」
僕とリリィは顔を見合わせた。
封筒は二つ。
一つは『ヘリオス殿下へ』。
もう一つは『リリィ様へ』。
それぞれ別の封がしてある。
「……何の用だ、今さら」
僕は震える手で、自分宛の封筒を引ったくった。
リリィも怪訝な顔で自分の分を手に取る。
封を切る。
中に入っていたのは、一枚のカードと、簡潔なメッセージだった。
『親愛なるヘリオス殿下へ。貴方が犯した横領の証拠は、全て私が握っています。ですが、昔のよしみで一つだけ救済措置を差し上げましょう。今日の深夜零時までに私宛に、リリィ・フルールが主犯であるという証言書を提出してください。もし貴方が証言し、リリィ様が黙秘していた場合、貴方は被害者として罪を免除し、リリィ様のみを法廷に突き出します。ただし――もしリリィ様も貴方を告発していた場合は、両者とも破滅です。よくお考えください。愛を取るか、自分の未来を取るか。追伸:リリィ様にも、同じ条件の手紙を送っています』
「――ッ!?」
僕は息を飲んだ。
横目でリリィを見る。
彼女も手紙を読み終え、顔面蒼白になっている。
そして、その瞳がギロリと僕を向いた。
その目には、愛など欠片もなかった。
あるのは、猜疑心と、保身への渇望だけ。
こいつ……、僕を売る気か?
嫌な汗が背中を伝う。
もし僕が黙っていて、リリィが僕を売ったら?
僕は全ての罪を被り、リリィだけが助かる。
それだけは絶対に許せない。
助かる道は一つ。
相手より先に、相手を売ることだ。
*
ノルト領の執務室。
私は窓辺で、二つの砂時計を眺めていました。
「……仕掛けは完了しました」
「囚人のジレンマか」
ルーカス閣下が、興味深そうにチェス盤を眺めます。
「二人の共犯者を隔離し、司法取引を持ちかける。まず、二人とも黙秘すれば、証拠不十分で軽い罪で済む。そして、片方だけが裏切れば、裏切った方は無罪、黙っていた方は重罪。さらに、二人とも裏切れば、二人ともそこそこの重罪。……論理的に考えれば二人とも黙秘(協力)が全体最適だが、相手が裏切るかもしれないという恐怖がある限り、人間は裏切りを選択する」
「その通りです。ましてや、あの二人の間に信頼関係など存在しません。お金が尽きた時点で、愛も尽きていますから」
私は砂時計を指で弾きました。
「彼らは今頃、互いの顔色を窺いながら、必死に告発文を書いているでしょう。『あいつがやった』『私は騙されただけだ』と」
深夜零時。
それが彼らの愛の死亡推定時刻です。
「さて、明日の朝刊が楽しみですね。一面トップは『王太子と婚約者、互いに泥沼の告発合戦』……でしょうか」
経済的な破綻の次は、社会的な破滅。
私の復讐劇は、いよいよクライマックスへ向かいます。
舞台の幕引きは、公的な舞踏会――最後の審判の場で行うとしましょう。
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