裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上

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第4話:女性たちの希望と、錆びつく王宮

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 王都の空は今日も青く澄み渡っていたが、王城の訓練場にはどんよりとした空気が立ち込めていた。
 金属がぶつかり合う音に、以前のような鋭さがない。

「……くそっ! 剣が重い!」

 模擬戦の最中、若手騎士の一人が剣を取り落とした。
 地面に転がった剣を睨みつける彼の腕は、疲労でプルプルと震えている。

「情けないぞ! そんなことで近衛が務まるか!」

 バルコニーから見下ろしていた王太子ジュリアスが、苛立ち紛れに叫んだ。
 その隣には、華やかなドレスを纏ったクロエが身を寄せている。

 訓練場にいた騎士団長が、沈痛な面持ちでジュリアスを見上げた。

「殿下……、部下たちの筋力不足ではありません。支給された新しい剣に問題があるのです」

「何だと? 最高級の鉄を使った特注品だぞ!」

「素材は良くとも、調整が滅茶苦茶です。以前はルチア様が、騎士一人ひとりの手の大きさや剣の振り癖に合わせて、柄の内部に鉛を仕込み、重心位置をミリ単位で調整してくださっていました」

 騎士団長は、自らの剣を抜いて見せた。
 ルチアが去ってから支給された剣は、見た目は立派だが、重心が切っ先寄りにありすぎて、振るたびに手首へ過大な負荷がかかる武器だった。

「ルチア様がいた頃は、剣が手の一部のように動いたのです。彼女を戻していただけませんか? でなければ、来月の対抗戦は……」

「黙れ! 道具のせいにするとは、それでも騎士か!」

 ジュリアスは顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。

「あの地味な女など不要だと言っただろう! 根性が足りんのだ、根性が! 全員、日が暮れるまで素振りだ!」

 ジュリアスはクロエを連れてバルコニーから去っていった。

 残された騎士たちの間に、重苦しい沈黙が落ちる。
 誰かが、剣を地面に突き刺した。

「……やってられるか」

 その呟きは、波紋のように広がり、騎士団全体の王家への不信という錆となって静かに侵食を始めた。

      *

 一方、北の最果て、ヴォルフラム辺境伯領。
 ルチアは、また別の戦場に立っていた。
 それは、領民たちの家の台所だ。

 部屋の中は薄い煙に包まれていた。
 赤ん坊を背負った女性が、涙目で竈に息を吹き込んでいる。

「ゲホッ、ゲホッ……、すいません、ルチア様。薪が湿気ていて、なかなか火がつかなくて……」

「謝らないでください。……これでは、お湯を沸かすだけで一苦労ですね」

 ルチアは煤けた天井を見上げた。
 この地域の冬は湿気が多く、薪が乾燥しにくい。
 その上、竈の構造が古く、熱の大半が煙突から逃げてしまっている。

 女性たちは朝から晩まで、火の番と調理に時間を奪われていた。
 子供と遊ぶ時間も、自分の体を休める時間もない。

「……熱力学の敗北です。許せません」

 ルチアの眼鏡がキラリと光った。
 彼女の中の職人魂に火がついたのだ。

「閣下、相談があります」

 その夜、ルチアはレオンハルトの執務室に設計図を持ち込んだ。

「台所革命を起こします。まずは熱源。私が設計したこの新しい竈を導入します。断熱材で燃焼室を囲い、煙突効果で吸気流速を高めることで、湿気た薪でも完全燃焼させます」

「ふむ。少ない燃料で高火力を出すわけか」

「はい。そして、こちらが本命です」

 ルチアが広げた図面には、分厚い蓋がついた奇妙な鍋が描かれていた。

「圧力鍋です。鍋と蓋を私の設計した特殊合金で鋳造し、接合部を精密加工ですり合わせ、密閉します。内圧を高めることで水の沸点を一二〇度まで上昇させます」

「沸点を上げる? 何の意味がある」

「化学反応速度は温度に依存します。一〇度上がれば反応速度は約二倍。つまり、調理時間が劇的に短縮されます。硬いスネ肉も、数時間ではなく数十分でトロトロになります」

 レオンハルトの目が輝いた。彼は料理人としての顔を見せた。

「……面白い。数十分で煮込み料理ができるなら、空いた時間で副菜がもう一品作れるな。いや、それどころか、母親たちが休める時間ができる」

「その通りです。彼女たちに必要なのは、美味しい料理だけでなく、休憩時間という栄養です」

 ルチアの言葉に、レオンハルトはニヤリと笑った。

「採用だ。俺も手伝おう。その鍋に合う、最強の時短レシピを開発してやる」

 数日後、領内の広場には、新しい竈と鍋が並べられていた。
 集まった主婦たちは、半信半疑の表情だ。

「こんなごつい鉄の鍋で、本当に料理が楽になるのかしら……」

 ルチアが前に出た。

「見ていてください。この鍋の中に、硬い牛スジ肉と野菜、そして水を入れます。さらに蓋をして……」

 重厚な金属音が響く。
 新型の竈に火を入れると、力強い燃焼音と共に、あっという間に火力が安定した。

「すごい……。煙が全然出ないわ」

「お湯が湧くのが早いわ!」

 そして数十分後。
 鍋のピンが下がるのを待って、ルチアが蓋を開けた。

 濃厚な湯気が立ち上る。
 中では、牛スジ肉が繊維の一本一本までほぐれ、野菜が宝石のように輝いていた。
 レオンハルトが仕上げにハーブを散らし、主婦たちに振る舞う。

「……嘘!」

「お肉が、口の中で溶けた……!」

「朝から煮込んでもこんなに柔らかくならないのに、たったこれだけの時間で?」

 驚きの声が歓声に変わる。
 ある女性が、ルチアに駆け寄ってきた。

「ルチア様! これなら、夕飯の支度がすぐ終わります! 私、空いた時間で子供に絵本を読んでやれるかもしれません……!」

「私は、ずっとやりたかった刺繍の内職ができるわ!」

「私は睡眠不足だったから、少し寝られるわ!」

 女性たちの顔に、生活への余裕という光が灯っていた。
 長時間労働からの解放。
 それは彼女たちにとって、魔法以上の奇跡だった。

「皆様の時間は、皆様のものです。どうぞ、有意義に使ってください」

 ルチアが微笑むと、女性たちは涙ぐみながら、「私たちの希望の星だ」「女神様だ」と口々に感謝を告げた。

 その様子を眺めながら、レオンハルトがルチアの肩にポンと手を置いた。

「いい仕事だ。お前の作った時間で、この領地はもっと豊かになるぞ」

「……はい」

 ルチアは照れ隠しに眼鏡を押し上げたが、その胸は誇らしさで満たされていた。

 王都の騎士たちが重い剣に絶望している頃、辺境の女性たちは重い鍋によって、自由を手にしていたのだった。
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