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第10話:王冠の重みと、腐った玉ねぎ
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王都の大聖堂は、厳粛な空気に包まれていた。
今日は、ジュリアスが次期国王としての地位を内外に示す重要な式典、立太子礼の日である。
国内外の有力者が見守る中、ジュリアスは祭壇の前で膝をつき、大司教から王冠を授かろうとしていた。
その王冠は、以前ルチアが管理していた質実剛健なものではない。
クロエの強い要望により新調された、純金無垢の豪奢な王冠だ。
『殿下ぁ、やっぱり王者の証は純金じゃなきゃ! 混ぜ物なんて貧乏くさいですぅ。中身までぎっしり金の延べ棒みたいに詰まった、重みのある王冠こそが正義ですわ!』
彼女の言葉通り、職人に命じて作らせたそれは、眩いばかりの光を放っていた。
だが、ジュリアスは王冠を手にした大司教の手が、小刻みに震えていることに気づかなかった。
「……では、アルゲン王太子殿下に、栄光ある王冠を」
大司教が王冠を持ち上げ、ジュリアスの頭上に載せた。
載せられた瞬間、ジュリアスの目が見開かれた。
(……重っ!?)
それは、想像を絶する重量だった。
金の比重は約一九・三。
鉄の二・五倍以上もある。
以前の王冠は、ルチアが長時間の式典でも首への負担を最小限にするためと、強度を保てるギリギリまで内部を中空にし、比重の軽いチタン合金をベースに金メッキを施したハイブリッド王冠だった。
だが、これは違う。
文字通り、純金の塊だ。
数キログラムの鉄アレイを頭に乗せられたに等しい。
「う、ぐ……!」
ジュリアスの首の筋肉が悲鳴を上げた。
顔を上げようとするが、頭が後ろに引っ張られる。
必死に耐えようとして首に力を入れた、その時だった。
嫌な音が、静まり返った大聖堂に響いた。
「あ、がっ……!?」
ジュリアスの視界が回り、体勢が崩れる。
王冠の重みと遠心力に耐えきれず、彼は無様に横倒しになった。
頭から滑り落ちた純金の王冠が、石床に転がり、重々しい音を立てる。
「で、殿下!?」
「王太子殿下が倒れられたぞ!」
会場は騒然となった。
首を押さえてのたうち回るジュリアスの姿は、威厳など微塵もない。
医師団が駆け寄る中、誰かがポツリと呟いた。
「王冠の重みに耐えられなかったのか……」
「器ではなかったということか」
物理的な重さの話など知らない列席者たちには、それが王の資質不足という精神的な意味にしか聞こえなかった。
失笑と嘲笑がさざ波のように広がる。
ジュリアスは激痛の中で、屈辱に顔を歪めた。
(なぜだ……、ルチアがいた時は、こんなことはなかったのに……!)
*
それから数日後。
ヴォルフラム辺境伯領の屋敷に、一台の豪勢な馬車が到着した。
事前の連絡もなく現れた訪問者に、使用人たちが慌てふためく。
ルチアとレオンハルトが玄関へ向かうと、そこには首に分厚いコルセットを巻き、杖をついたジュリアスの姿があった。
背後には近衛騎士たちが控えているが、皆一様に疲れた顔をしている。
「……これは、アルゲン王太子殿下。このような辺境に、何のご用でしょうか」
レオンハルトが慇懃無礼に頭を下げる。
その目は全く笑っていない。
ジュリアスは不機嫌そうに鼻を鳴らし、ルチアを見た。
「ルチア。迎えに来てやったぞ」
「……はい?」
ルチアは眼鏡の位置を直し、首を傾げた。
「戴冠式での不手際……、お前が細工をしたのではないかと疑っていたが、まあいい。お前がいないと、王宮の職人どもが無能で使い物にならん。特別に許してやるから、今すぐ戻って王冠を作り直せ」
ジュリアスは尊大な態度で言い放った。
コルセットのせいで首が回らないため、体ごと向けてくる姿は滑稽ですらあった。
「それに、クロエには悪いが……、やはり正妃には、お前のような地味で実務ができる女も必要だと気づいた。側室でもいいが、復縁を考えてやってもいい」
彼はそれが、最大限の譲歩であり、愛の告白であると信じているようだった。
静寂が流れた。
ルチアは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
その言葉は、ただの雑音にしか聞こえない。
「……お断りします」
ルチアの声は、冷たく透き通っていた。
「殿下。貴方様は不純物の多い粗悪な鉄です」
「な、何だと!?」
「どれだけ叩いても、鍛えても、名剣にはなりません。内部に慢心や無知という不純物があまりに多く含まれているため、脆性破壊を起こしやすい。……先日の式典のように、少しの負荷ですぐに折れる」
ルチアは淡々と事実を突きつけた。
「貴方様は王という素材に向いていません。これ以上、私の時間を浪費させないでください。私はここで、本物の鋼を錬成するのに忙しいのです」
ジュリアスの顔が真っ赤に染まる。
言葉に詰まり、ワナワナと震え出した彼に、今度はレオンハルトが一歩踏み出した。
その巨体が、ジュリアスの上に影を落とす。
「……おい、聞いたか。ルチアは忙しいんだ」
レオンハルトは、まるで汚いものを見るような目でジュリアスを見下ろした。
「俺も言わせてもらおう。……あんたは腐った玉ねぎだ」
「く、腐った……!?」
「外見だけは立派な皮を被っているが、中身はドロドロに溶けて悪臭を放っている。鍋に入れるだけで、スープ全体を台無しにする最悪の食材だ」
レオンハルトは鼻をつまむ仕草をした。
「うちの厨房には入れたくない。他の食材まで腐っちまうからな。……さっさと廃棄場へ帰るのが妥当だな」
「き、貴様ら……! 不敬だぞ! 私は王太子だぞ!!」
ジュリアスが叫ぶが、首の激痛で顔を歪め、よろめいた。
近衛騎士たちが支えようとするが、その動きは鈍い。
彼らもまた、ジュリアスの無能さに愛想を尽かしているのだ。
「お引き取りください。二度と、私の視界に入らないで」
ルチアがピシャリと言い放ち、レオンハルトが玄関の扉を指差した。
圧倒的な拒絶。
ジュリアスは屈辱に顔を歪めながらも、レオンハルトから放たれる本物の殺気に気圧され、逃げるように馬車へと戻っていった。
遠ざかる馬車の音を聞きながら、ルチアは肩の力を抜いた。
不思議なくらい、心が軽い。
「……言いましたね、腐った玉ねぎ」
「事実だろ。あんなのを食わされたら食中毒になる」
レオンハルトが肩をすくめる。
二人は顔を見合わせ、プッと吹き出した。
過去との決別は完了した。
だが、ジュリアスが残していった負の遺産――王都の混乱は、まだ終わっていないようだった。
今日は、ジュリアスが次期国王としての地位を内外に示す重要な式典、立太子礼の日である。
国内外の有力者が見守る中、ジュリアスは祭壇の前で膝をつき、大司教から王冠を授かろうとしていた。
その王冠は、以前ルチアが管理していた質実剛健なものではない。
クロエの強い要望により新調された、純金無垢の豪奢な王冠だ。
『殿下ぁ、やっぱり王者の証は純金じゃなきゃ! 混ぜ物なんて貧乏くさいですぅ。中身までぎっしり金の延べ棒みたいに詰まった、重みのある王冠こそが正義ですわ!』
彼女の言葉通り、職人に命じて作らせたそれは、眩いばかりの光を放っていた。
だが、ジュリアスは王冠を手にした大司教の手が、小刻みに震えていることに気づかなかった。
「……では、アルゲン王太子殿下に、栄光ある王冠を」
大司教が王冠を持ち上げ、ジュリアスの頭上に載せた。
載せられた瞬間、ジュリアスの目が見開かれた。
(……重っ!?)
それは、想像を絶する重量だった。
金の比重は約一九・三。
鉄の二・五倍以上もある。
以前の王冠は、ルチアが長時間の式典でも首への負担を最小限にするためと、強度を保てるギリギリまで内部を中空にし、比重の軽いチタン合金をベースに金メッキを施したハイブリッド王冠だった。
だが、これは違う。
文字通り、純金の塊だ。
数キログラムの鉄アレイを頭に乗せられたに等しい。
「う、ぐ……!」
ジュリアスの首の筋肉が悲鳴を上げた。
顔を上げようとするが、頭が後ろに引っ張られる。
必死に耐えようとして首に力を入れた、その時だった。
嫌な音が、静まり返った大聖堂に響いた。
「あ、がっ……!?」
ジュリアスの視界が回り、体勢が崩れる。
王冠の重みと遠心力に耐えきれず、彼は無様に横倒しになった。
頭から滑り落ちた純金の王冠が、石床に転がり、重々しい音を立てる。
「で、殿下!?」
「王太子殿下が倒れられたぞ!」
会場は騒然となった。
首を押さえてのたうち回るジュリアスの姿は、威厳など微塵もない。
医師団が駆け寄る中、誰かがポツリと呟いた。
「王冠の重みに耐えられなかったのか……」
「器ではなかったということか」
物理的な重さの話など知らない列席者たちには、それが王の資質不足という精神的な意味にしか聞こえなかった。
失笑と嘲笑がさざ波のように広がる。
ジュリアスは激痛の中で、屈辱に顔を歪めた。
(なぜだ……、ルチアがいた時は、こんなことはなかったのに……!)
*
それから数日後。
ヴォルフラム辺境伯領の屋敷に、一台の豪勢な馬車が到着した。
事前の連絡もなく現れた訪問者に、使用人たちが慌てふためく。
ルチアとレオンハルトが玄関へ向かうと、そこには首に分厚いコルセットを巻き、杖をついたジュリアスの姿があった。
背後には近衛騎士たちが控えているが、皆一様に疲れた顔をしている。
「……これは、アルゲン王太子殿下。このような辺境に、何のご用でしょうか」
レオンハルトが慇懃無礼に頭を下げる。
その目は全く笑っていない。
ジュリアスは不機嫌そうに鼻を鳴らし、ルチアを見た。
「ルチア。迎えに来てやったぞ」
「……はい?」
ルチアは眼鏡の位置を直し、首を傾げた。
「戴冠式での不手際……、お前が細工をしたのではないかと疑っていたが、まあいい。お前がいないと、王宮の職人どもが無能で使い物にならん。特別に許してやるから、今すぐ戻って王冠を作り直せ」
ジュリアスは尊大な態度で言い放った。
コルセットのせいで首が回らないため、体ごと向けてくる姿は滑稽ですらあった。
「それに、クロエには悪いが……、やはり正妃には、お前のような地味で実務ができる女も必要だと気づいた。側室でもいいが、復縁を考えてやってもいい」
彼はそれが、最大限の譲歩であり、愛の告白であると信じているようだった。
静寂が流れた。
ルチアは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
その言葉は、ただの雑音にしか聞こえない。
「……お断りします」
ルチアの声は、冷たく透き通っていた。
「殿下。貴方様は不純物の多い粗悪な鉄です」
「な、何だと!?」
「どれだけ叩いても、鍛えても、名剣にはなりません。内部に慢心や無知という不純物があまりに多く含まれているため、脆性破壊を起こしやすい。……先日の式典のように、少しの負荷ですぐに折れる」
ルチアは淡々と事実を突きつけた。
「貴方様は王という素材に向いていません。これ以上、私の時間を浪費させないでください。私はここで、本物の鋼を錬成するのに忙しいのです」
ジュリアスの顔が真っ赤に染まる。
言葉に詰まり、ワナワナと震え出した彼に、今度はレオンハルトが一歩踏み出した。
その巨体が、ジュリアスの上に影を落とす。
「……おい、聞いたか。ルチアは忙しいんだ」
レオンハルトは、まるで汚いものを見るような目でジュリアスを見下ろした。
「俺も言わせてもらおう。……あんたは腐った玉ねぎだ」
「く、腐った……!?」
「外見だけは立派な皮を被っているが、中身はドロドロに溶けて悪臭を放っている。鍋に入れるだけで、スープ全体を台無しにする最悪の食材だ」
レオンハルトは鼻をつまむ仕草をした。
「うちの厨房には入れたくない。他の食材まで腐っちまうからな。……さっさと廃棄場へ帰るのが妥当だな」
「き、貴様ら……! 不敬だぞ! 私は王太子だぞ!!」
ジュリアスが叫ぶが、首の激痛で顔を歪め、よろめいた。
近衛騎士たちが支えようとするが、その動きは鈍い。
彼らもまた、ジュリアスの無能さに愛想を尽かしているのだ。
「お引き取りください。二度と、私の視界に入らないで」
ルチアがピシャリと言い放ち、レオンハルトが玄関の扉を指差した。
圧倒的な拒絶。
ジュリアスは屈辱に顔を歪めながらも、レオンハルトから放たれる本物の殺気に気圧され、逃げるように馬車へと戻っていった。
遠ざかる馬車の音を聞きながら、ルチアは肩の力を抜いた。
不思議なくらい、心が軽い。
「……言いましたね、腐った玉ねぎ」
「事実だろ。あんなのを食わされたら食中毒になる」
レオンハルトが肩をすくめる。
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