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第88話:大聖堂の完成
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王都の青空に、かつてないほど軽快で、誇らしげな槌音が響き渡っていました。
工期一ヶ月という無謀とも思えるスケジュール。
しかし、それを可能にしたのは、魔法ではなく工程管理と、アイゼンガルドから集結した職人たちの熱意でした。
「すごい……。まるで、生き物が成長するみたいに伸びていきます!」
現場を見上げるロッテが、口をあんぐりと開けています。
目の前には、白い石灰岩と強化ガラスで構成された、巨大な骨格が組み上がっていました。
「プレカット工法の成果ですわ」
私は図面と実物を見比べながら頷きました。
「現場で石を削っていては間に合いません。アイゼンガルドの工場で、あらかじめミリ単位で加工した部材を運び込み、ここでは組み立てるだけにする。……巨大な立体パズルを作るようなものです」
「よく分かりませんが、お嬢様の頭の中がパズルだらけだということは分かります!」
そして、着工から三十日目の朝。
ついに最後の足場が撤去される時が来ました。
「総員、退避! 覆いを外せーっ!」
ギュンター親方の号令と共に、建物を覆っていた幕が一斉に下ろされました。
その瞬間、集まっていた王都の市民たちから、どよめきにも似た歓声が上がりました。
「おおぉぉっ……!!」
そこに現れたのは、これまでの王国の歴史には存在しなかった、全く新しい概念の建築物でした。
天を突き刺すような鋭い尖塔。
壁という壁を取り払い、代わりに嵌め込まれた巨大なステンドグラス。
そして何より目を引くのが、建物の外側から壁を支える、優美なアーチ状の梁――フライング・バットレス(飛び梁)です。
「……浮いているようだ」
マックス様が、完成した大聖堂を見上げて呟きました。
「石でできているはずなのに、重さを感じさせない。まるで、光がそのまま結晶化したような……」
「ええ。重力を線で逃がすことで、石の量を極限まで減らしましたから」
私は胸を張りました。
従来の教会が、権威を示すための重厚な要塞だとすれば、この大聖堂は天(光)に近づくための透明な梯子です。
「ジュリアンナ様! ガラスの入り具合、見てくだせぇ!」
ギュンター親方が、煤けた顔で笑いながら駆け寄ってきました。
「王都の連中は『こんな薄い壁じゃ屋根が落ちる』ってビビってましたが、計算通りビクともしねぇ! これぞアイゼンガルドの技術だ!」
「ご苦労様でした、親方。……最高の仕事です」
私は彼の手――ガラス片で傷だらけになった職人の手を、両手で握りしめました。
「あなた方がいなければ、私の図面はただの紙切れでした。……これは、あなた方が建てた誇りの塔です」
親方は照れくさそうに鼻をこすり、職人仲間たちと肩を叩き合いました。
かつて王都で冷遇され、スラムに追いやられていた彼らが、今、国一番の建物を建てたのです。
その事実は、どんな勲章よりも彼らを輝かせていました。
「さあ、中へ入りましょう。……光の調整(チューニング)の最終確認です」
マックス様のエスコートで、私たちは大聖堂の中へと足を踏み入れました。
重厚な扉が開かれた瞬間。
私たちは、光の洪水に飲み込まれました。
「わぁぁ……っ!」
ロッテが息を飲みました。
天井高二十メートル。
頭上には、幾何学模様を描くリブ・ヴォールト(肋骨交差天井)が広がり、その隙間を埋め尽くすステンドグラスから、七色の光が降り注いでいます。
赤、青、黄、緑。
光は床の大理石に反射し、空間全体が万華鏡の中にいるかのような幻想的な色彩に包まれていました。
「眩しい……。なのに、暑くない」
マックス様が手をかざします。
「ええ。ガラスには熱線をカットする金属皮膜(コーティング)を施してあります。光は通しますが、熱は通しません」
私は祭壇の方へと歩きました。
足音が、計算された残響時間(リバーブ)を伴って、美しく響き渡ります。
「音響も完璧です。神父様の説教も、誓いの言葉も、マイクなしで一番後ろの席までクリアに届くはずです」
私は祭壇の前に立ち、振り返りました。
そこには、光の中に佇むマックス様の姿がありました。
逆光の中で、彼の輪郭が黄金色に縁取られています。
「……ジュリアンナ」
彼がゆっくりとこちらへ歩み寄ってきました。
その一歩一歩が、私の心臓の鼓動と重なります。
「俺は、戦場や荒野ばかり見てきた。美しいものなど、この世には少ないと思っていた。……だが」
彼は私の手を取り、跪いて手の甲に口づけました。
「君の作る世界は、こんなにも美しいんだな」
「……それは、あなたが私に作る場所(更地)と材料(信頼)をくれたからですわ」
私は涙が滲むのをこらえ、微笑みました。
「明日。……この光の中で、私たちは夫婦になります」
「ああ。世界一幸せな、そして世界一頑丈な夫婦にな」
大聖堂の鐘が、試運転を兼ねてゴーン、ゴーンと鳴らされました。
その音色は、王都の隅々まで響き渡り、新しい時代の到来を告げていました。
外では、完成した大聖堂を一目見ようと集まった市民たちが、口々に「聖女様の教会だ」「光の城だ」と歓声を上げています。
もう、誰も王都の過去を振り返る者はいません。
準備は整いました。
設計図通り、いえ、それ以上の舞台が完成したのです。
工期一ヶ月という無謀とも思えるスケジュール。
しかし、それを可能にしたのは、魔法ではなく工程管理と、アイゼンガルドから集結した職人たちの熱意でした。
「すごい……。まるで、生き物が成長するみたいに伸びていきます!」
現場を見上げるロッテが、口をあんぐりと開けています。
目の前には、白い石灰岩と強化ガラスで構成された、巨大な骨格が組み上がっていました。
「プレカット工法の成果ですわ」
私は図面と実物を見比べながら頷きました。
「現場で石を削っていては間に合いません。アイゼンガルドの工場で、あらかじめミリ単位で加工した部材を運び込み、ここでは組み立てるだけにする。……巨大な立体パズルを作るようなものです」
「よく分かりませんが、お嬢様の頭の中がパズルだらけだということは分かります!」
そして、着工から三十日目の朝。
ついに最後の足場が撤去される時が来ました。
「総員、退避! 覆いを外せーっ!」
ギュンター親方の号令と共に、建物を覆っていた幕が一斉に下ろされました。
その瞬間、集まっていた王都の市民たちから、どよめきにも似た歓声が上がりました。
「おおぉぉっ……!!」
そこに現れたのは、これまでの王国の歴史には存在しなかった、全く新しい概念の建築物でした。
天を突き刺すような鋭い尖塔。
壁という壁を取り払い、代わりに嵌め込まれた巨大なステンドグラス。
そして何より目を引くのが、建物の外側から壁を支える、優美なアーチ状の梁――フライング・バットレス(飛び梁)です。
「……浮いているようだ」
マックス様が、完成した大聖堂を見上げて呟きました。
「石でできているはずなのに、重さを感じさせない。まるで、光がそのまま結晶化したような……」
「ええ。重力を線で逃がすことで、石の量を極限まで減らしましたから」
私は胸を張りました。
従来の教会が、権威を示すための重厚な要塞だとすれば、この大聖堂は天(光)に近づくための透明な梯子です。
「ジュリアンナ様! ガラスの入り具合、見てくだせぇ!」
ギュンター親方が、煤けた顔で笑いながら駆け寄ってきました。
「王都の連中は『こんな薄い壁じゃ屋根が落ちる』ってビビってましたが、計算通りビクともしねぇ! これぞアイゼンガルドの技術だ!」
「ご苦労様でした、親方。……最高の仕事です」
私は彼の手――ガラス片で傷だらけになった職人の手を、両手で握りしめました。
「あなた方がいなければ、私の図面はただの紙切れでした。……これは、あなた方が建てた誇りの塔です」
親方は照れくさそうに鼻をこすり、職人仲間たちと肩を叩き合いました。
かつて王都で冷遇され、スラムに追いやられていた彼らが、今、国一番の建物を建てたのです。
その事実は、どんな勲章よりも彼らを輝かせていました。
「さあ、中へ入りましょう。……光の調整(チューニング)の最終確認です」
マックス様のエスコートで、私たちは大聖堂の中へと足を踏み入れました。
重厚な扉が開かれた瞬間。
私たちは、光の洪水に飲み込まれました。
「わぁぁ……っ!」
ロッテが息を飲みました。
天井高二十メートル。
頭上には、幾何学模様を描くリブ・ヴォールト(肋骨交差天井)が広がり、その隙間を埋め尽くすステンドグラスから、七色の光が降り注いでいます。
赤、青、黄、緑。
光は床の大理石に反射し、空間全体が万華鏡の中にいるかのような幻想的な色彩に包まれていました。
「眩しい……。なのに、暑くない」
マックス様が手をかざします。
「ええ。ガラスには熱線をカットする金属皮膜(コーティング)を施してあります。光は通しますが、熱は通しません」
私は祭壇の方へと歩きました。
足音が、計算された残響時間(リバーブ)を伴って、美しく響き渡ります。
「音響も完璧です。神父様の説教も、誓いの言葉も、マイクなしで一番後ろの席までクリアに届くはずです」
私は祭壇の前に立ち、振り返りました。
そこには、光の中に佇むマックス様の姿がありました。
逆光の中で、彼の輪郭が黄金色に縁取られています。
「……ジュリアンナ」
彼がゆっくりとこちらへ歩み寄ってきました。
その一歩一歩が、私の心臓の鼓動と重なります。
「俺は、戦場や荒野ばかり見てきた。美しいものなど、この世には少ないと思っていた。……だが」
彼は私の手を取り、跪いて手の甲に口づけました。
「君の作る世界は、こんなにも美しいんだな」
「……それは、あなたが私に作る場所(更地)と材料(信頼)をくれたからですわ」
私は涙が滲むのをこらえ、微笑みました。
「明日。……この光の中で、私たちは夫婦になります」
「ああ。世界一幸せな、そして世界一頑丈な夫婦にな」
大聖堂の鐘が、試運転を兼ねてゴーン、ゴーンと鳴らされました。
その音色は、王都の隅々まで響き渡り、新しい時代の到来を告げていました。
外では、完成した大聖堂を一目見ようと集まった市民たちが、口々に「聖女様の教会だ」「光の城だ」と歓声を上げています。
もう、誰も王都の過去を振り返る者はいません。
準備は整いました。
設計図通り、いえ、それ以上の舞台が完成したのです。
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