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第90話:結婚式(後編)
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パイプオルガンの荘厳な音色が、高い天井に反響し、光の粒子となって降り注いでいました。
私は父のエスコートで、真新しい大理石のバージンロードを一歩ずつ進みました。
足音の響き(リバーブ)は、計算通り一・五秒。
長すぎず、短すぎず、音楽と会話を最も美しく引き立てる残響時間です。
「……眩しいな。まるで、天国を歩いているようだ」
父が隣で、震える声で呟きました。
左右の壁一面に嵌め込まれたステンドグラスからは、七色の光がシャワーのように降り注いでいます。
かつての王宮の、薄暗くカビ臭い廊下とは対極にある世界。
ここは、私たちが物理法則と建築技術を駆使して作り上げた、人工の天国でした。
そして、その光の道の先に、彼が待っていました。
マックス・フォン・アイゼン。
いつもの無骨な鎧姿ではなく、純白の礼服に身を包んだ彼は、まるで物語に出てくる王子様のよう……、いえ、それよりもずっと頼もしく、実在感のある私の騎士でした。
「……ジュリアンナ」
祭壇の前で父から私の手を受け取ると、マックス様の手は微かに汗ばんでいました。
あの豪胆な辺境伯が、魔獣を前にしても眉一つ動かさない彼が、今は緊張で指先を震わせているのです。
「綺麗だ。……息をするのも忘れるくらいに」
「ふふ。過呼吸には気をつけてくださいね。……あなたも素敵ですよ。基礎構造(体格)が良いから、礼服が映えますわ」
私は小声で軽口を叩き、彼の緊張を解しました。
私たちは祭壇に向き直ります。
神父様の言葉が、クリアな音響空間を通して朗々と響き渡りました。
「汝、マックス。病める時も、健やかなる時も……」
誓いの言葉。
それは古くから繰り返されてきた定型句ですが、私たちにとっては、特別な意味を持つ契約の確認作業でした。
「誓います。……俺はこの命ある限り、彼女を支える壁となり、雨風を防ぐ屋根となり、決して崩れない家となることを」
マックス様独自の、建築的な愛の誓い。
会場の職人たちが「ヒューッ!」「いいぞ親方!」と口笛を吹きます。
「汝、ジュリアンナ。……」
「誓います。……私は彼と共に未来を設計し、愛という名の補強材で互いを支え合い、百年先まで色褪せない人生をメンテナンスし続けることを」
神父様が苦笑しながら頷き、そして告げました。
「それでは、誓いのキスを」
その瞬間。
私は、頭の中でカウントダウンを開始しました。
現在時刻、正午十二時〇〇分。
太陽高度七十八度。
……入射角、よし。
マックス様が私のベールを上げ、顔を近づけてきます。
私は彼に囁きました。
「マックス様。……立ち位置、マーク通りですね?」
「ああ。三・五メートル。……完璧だ」
彼が私の腰を抱き寄せ、唇を重ねました。
その、瞬間でした。
頭上の天窓(トップライト)に設置された、巨大なクリスタル・プリズムに、真昼の太陽光が直撃しました。
計算された角度で入射した白い光は、プリズムの中で屈折・分光され――。
「うわぁっ……!?」
「な、なんだあれは!?」
参列者たちがどよめきました。
天窓から、鮮やかな虹色の光の柱が出現し、キスをする私たち二人をスポットライトのように包み込んだのです。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
七色のスペクトルが、純白のドレスと礼服の上で踊り、私たちを神々しい光の繭の中に閉じ込めました。
「……すごい」
唇を離したマックス様が、周囲に広がる光の輪を見て絶句しました。
空気中の塵さえもがダイヤモンドダストのように輝き、世界が祝福の色に染まっています。
「これが、君の計算か……?」
「ええ。虹の回廊(レインボー・コリドー)現象です」
私は光の中で微笑みました。
「ただの光学現象ですわ。……でも、あなたとなら奇跡と呼んでもいいかもしれません」
「おおおっ……! 聖女様だ! 聖女様の奇跡だ!」
「天使が降りてきたぞ!」
会場のボルテージは最高潮に達しました。
職人たちは帽子を投げ、貴族たちは涙を流して祈りを捧げています。
「お嬢様ぁぁぁっ! 最高ですぅぅ! 光の演出、神がかってますぅ!」
最前列でロッテが、顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしていました。
「……愛している、ジュリアンナ」
マックス様が、虹の中で私を抱きしめました。
「君の計算通りにはいかないかもしれないが……、俺の愛の総量は、君の予測を遥かに超えてみせる」
「望むところですわ。……誤差が出るほど愛してくださいませ」
大聖堂の鐘が鳴り響きました。
その重厚な音色は、王都の空気を震わせ、遠くスラムの彼方まで届いたことでしょう。
私たちは腕を組み、光の道を歩き出しました。
扉の向こうには、数え切れないほどの笑顔と、青く澄み渡った空、そして私たちがこれから作り上げていく新しい国が広がっていました。
「さあ、行きましょうマックス様。……ハネムーンの前に、まずはこの大聖堂の竣工検査を済ませなくては」
「ハハッ、君らしいな。……一生ついていくよ、設計士殿」
光と歓声の中、私たちの建国の物語は、最高のハッピーエンドを迎えたのです。
私は父のエスコートで、真新しい大理石のバージンロードを一歩ずつ進みました。
足音の響き(リバーブ)は、計算通り一・五秒。
長すぎず、短すぎず、音楽と会話を最も美しく引き立てる残響時間です。
「……眩しいな。まるで、天国を歩いているようだ」
父が隣で、震える声で呟きました。
左右の壁一面に嵌め込まれたステンドグラスからは、七色の光がシャワーのように降り注いでいます。
かつての王宮の、薄暗くカビ臭い廊下とは対極にある世界。
ここは、私たちが物理法則と建築技術を駆使して作り上げた、人工の天国でした。
そして、その光の道の先に、彼が待っていました。
マックス・フォン・アイゼン。
いつもの無骨な鎧姿ではなく、純白の礼服に身を包んだ彼は、まるで物語に出てくる王子様のよう……、いえ、それよりもずっと頼もしく、実在感のある私の騎士でした。
「……ジュリアンナ」
祭壇の前で父から私の手を受け取ると、マックス様の手は微かに汗ばんでいました。
あの豪胆な辺境伯が、魔獣を前にしても眉一つ動かさない彼が、今は緊張で指先を震わせているのです。
「綺麗だ。……息をするのも忘れるくらいに」
「ふふ。過呼吸には気をつけてくださいね。……あなたも素敵ですよ。基礎構造(体格)が良いから、礼服が映えますわ」
私は小声で軽口を叩き、彼の緊張を解しました。
私たちは祭壇に向き直ります。
神父様の言葉が、クリアな音響空間を通して朗々と響き渡りました。
「汝、マックス。病める時も、健やかなる時も……」
誓いの言葉。
それは古くから繰り返されてきた定型句ですが、私たちにとっては、特別な意味を持つ契約の確認作業でした。
「誓います。……俺はこの命ある限り、彼女を支える壁となり、雨風を防ぐ屋根となり、決して崩れない家となることを」
マックス様独自の、建築的な愛の誓い。
会場の職人たちが「ヒューッ!」「いいぞ親方!」と口笛を吹きます。
「汝、ジュリアンナ。……」
「誓います。……私は彼と共に未来を設計し、愛という名の補強材で互いを支え合い、百年先まで色褪せない人生をメンテナンスし続けることを」
神父様が苦笑しながら頷き、そして告げました。
「それでは、誓いのキスを」
その瞬間。
私は、頭の中でカウントダウンを開始しました。
現在時刻、正午十二時〇〇分。
太陽高度七十八度。
……入射角、よし。
マックス様が私のベールを上げ、顔を近づけてきます。
私は彼に囁きました。
「マックス様。……立ち位置、マーク通りですね?」
「ああ。三・五メートル。……完璧だ」
彼が私の腰を抱き寄せ、唇を重ねました。
その、瞬間でした。
頭上の天窓(トップライト)に設置された、巨大なクリスタル・プリズムに、真昼の太陽光が直撃しました。
計算された角度で入射した白い光は、プリズムの中で屈折・分光され――。
「うわぁっ……!?」
「な、なんだあれは!?」
参列者たちがどよめきました。
天窓から、鮮やかな虹色の光の柱が出現し、キスをする私たち二人をスポットライトのように包み込んだのです。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
七色のスペクトルが、純白のドレスと礼服の上で踊り、私たちを神々しい光の繭の中に閉じ込めました。
「……すごい」
唇を離したマックス様が、周囲に広がる光の輪を見て絶句しました。
空気中の塵さえもがダイヤモンドダストのように輝き、世界が祝福の色に染まっています。
「これが、君の計算か……?」
「ええ。虹の回廊(レインボー・コリドー)現象です」
私は光の中で微笑みました。
「ただの光学現象ですわ。……でも、あなたとなら奇跡と呼んでもいいかもしれません」
「おおおっ……! 聖女様だ! 聖女様の奇跡だ!」
「天使が降りてきたぞ!」
会場のボルテージは最高潮に達しました。
職人たちは帽子を投げ、貴族たちは涙を流して祈りを捧げています。
「お嬢様ぁぁぁっ! 最高ですぅぅ! 光の演出、神がかってますぅ!」
最前列でロッテが、顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしていました。
「……愛している、ジュリアンナ」
マックス様が、虹の中で私を抱きしめました。
「君の計算通りにはいかないかもしれないが……、俺の愛の総量は、君の予測を遥かに超えてみせる」
「望むところですわ。……誤差が出るほど愛してくださいませ」
大聖堂の鐘が鳴り響きました。
その重厚な音色は、王都の空気を震わせ、遠くスラムの彼方まで届いたことでしょう。
私たちは腕を組み、光の道を歩き出しました。
扉の向こうには、数え切れないほどの笑顔と、青く澄み渡った空、そして私たちがこれから作り上げていく新しい国が広がっていました。
「さあ、行きましょうマックス様。……ハネムーンの前に、まずはこの大聖堂の竣工検査を済ませなくては」
「ハハッ、君らしいな。……一生ついていくよ、設計士殿」
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