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第1話:シナリオ通りの婚約破棄
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王宮の大広間は、幾千のクリスタルが煌めくシャンデリアの下、着飾った貴族たちの熱気と香水の匂いで満たされていた。
床面は丁寧に磨き上げられた大理石。
その光沢度から推測するに、使用されているワックスはカルナバ蝋を主成分とした高級品だろう。
ヒールでの歩行には適度な滑り抵抗が必要だが、今日の床は少々滑りやすいかもしれない。
そんなことを、セレフィーナ・ヴァレンシュタインは考えていた。
目の前で、婚約者である王太子ルーカスが顔を真っ赤にして何かを叫んでいるというのに。
「聞いていないのか、セレフィーナ! 私は、貴様との婚約を破棄すると言ったんだ!」
王太子の怒声が大広間の空気を振動させる。
周囲の談笑が波が引くように止み、数百の視線が一斉に突き刺さる。
「……聞こえておりますわ、ルーカス殿下。ただ、音圧レベルが少々高すぎて、鼓膜が共振を起こしかけておりました」
「へ、減らず口を……! 貴様のその、可愛げのない鉄面皮にはもううんざりなんだ!」
ルーカスは金髪を荒々しくかき上げ、隣に寄り添う小柄な令嬢の肩を抱き寄せた。
男爵令嬢、フェリシア・ランカスター。
豪奢なドレスに身を包み、潤んだ青い瞳で上目遣いにルーカスを見上げている。
その様子は、庇護欲をそそる小動物そのものだ。
「僕にとっての真実の愛は、このフェリシアだ。彼女のような純粋で、心優しい女性こそが、未来の国母にふさわしい」
「……左様でございますか」
セレフィーナの声は平坦だった。
ショックを受けていないわけではない。
ただ、彼女の思考回路は感情よりも先に、現象の解析を優先してしまうのだ。
ルーカス殿下とセレフィーナの相性は、当初から悪かった。
彼の求める理想の女性像と、現実のセレフィーナとの間には埋めがたい隙間があり、無理に合わせようとすれば常に接触面で摩耗熱が発生していた。
この婚約破棄という事象は、システム全体の焼き付きを防ぐための、必然的な安全装置の作動なのかもしれない。
「貴様はフェリシアをいじめていたそうだな! 彼女の教科書を隠したり、ドレスにインクをかけたりと、陰湿な嫌がらせを繰り返していたと聞いているぞ!」
「身に覚えがございません。そもそも、私がそのような非効率的な行動をとる動機がありません」
「嘘をつくな! フェリシアが泣きながら訴えてきたんだぞ!」
「うぅ……、ルーカス様ぁ……。怖いよぉ……」
フェリシアがルーカスの胸に顔を埋める。
セレフィーナは冷静にその光景を観察した。
涙の粘度、表情筋の動き。
なるほど、あれがいわゆる嘘泣きというものか。
対人摩擦を低減させるための潤滑剤として涙を使用しているつもりなのだろうが、セレフィーナから見れば不純物が多すぎて逆効果だ。
「殿下。証拠はございますか?」
「証拠だと!? フェリシアの言葉こそが真実だ!」
議論にならない。
セレフィーナは小さく溜息をついた。
ここまでは、ルーカスとフェリシアのシナリオ通りだったかもしれない。
しかし、ここから彼らのシナリオは、望んだ通りには進まなくなるのだった。
床面は丁寧に磨き上げられた大理石。
その光沢度から推測するに、使用されているワックスはカルナバ蝋を主成分とした高級品だろう。
ヒールでの歩行には適度な滑り抵抗が必要だが、今日の床は少々滑りやすいかもしれない。
そんなことを、セレフィーナ・ヴァレンシュタインは考えていた。
目の前で、婚約者である王太子ルーカスが顔を真っ赤にして何かを叫んでいるというのに。
「聞いていないのか、セレフィーナ! 私は、貴様との婚約を破棄すると言ったんだ!」
王太子の怒声が大広間の空気を振動させる。
周囲の談笑が波が引くように止み、数百の視線が一斉に突き刺さる。
「……聞こえておりますわ、ルーカス殿下。ただ、音圧レベルが少々高すぎて、鼓膜が共振を起こしかけておりました」
「へ、減らず口を……! 貴様のその、可愛げのない鉄面皮にはもううんざりなんだ!」
ルーカスは金髪を荒々しくかき上げ、隣に寄り添う小柄な令嬢の肩を抱き寄せた。
男爵令嬢、フェリシア・ランカスター。
豪奢なドレスに身を包み、潤んだ青い瞳で上目遣いにルーカスを見上げている。
その様子は、庇護欲をそそる小動物そのものだ。
「僕にとっての真実の愛は、このフェリシアだ。彼女のような純粋で、心優しい女性こそが、未来の国母にふさわしい」
「……左様でございますか」
セレフィーナの声は平坦だった。
ショックを受けていないわけではない。
ただ、彼女の思考回路は感情よりも先に、現象の解析を優先してしまうのだ。
ルーカス殿下とセレフィーナの相性は、当初から悪かった。
彼の求める理想の女性像と、現実のセレフィーナとの間には埋めがたい隙間があり、無理に合わせようとすれば常に接触面で摩耗熱が発生していた。
この婚約破棄という事象は、システム全体の焼き付きを防ぐための、必然的な安全装置の作動なのかもしれない。
「貴様はフェリシアをいじめていたそうだな! 彼女の教科書を隠したり、ドレスにインクをかけたりと、陰湿な嫌がらせを繰り返していたと聞いているぞ!」
「身に覚えがございません。そもそも、私がそのような非効率的な行動をとる動機がありません」
「嘘をつくな! フェリシアが泣きながら訴えてきたんだぞ!」
「うぅ……、ルーカス様ぁ……。怖いよぉ……」
フェリシアがルーカスの胸に顔を埋める。
セレフィーナは冷静にその光景を観察した。
涙の粘度、表情筋の動き。
なるほど、あれがいわゆる嘘泣きというものか。
対人摩擦を低減させるための潤滑剤として涙を使用しているつもりなのだろうが、セレフィーナから見れば不純物が多すぎて逆効果だ。
「殿下。証拠はございますか?」
「証拠だと!? フェリシアの言葉こそが真実だ!」
議論にならない。
セレフィーナは小さく溜息をついた。
ここまでは、ルーカスとフェリシアのシナリオ通りだったかもしれない。
しかし、ここから彼らのシナリオは、望んだ通りには進まなくなるのだった。
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