文字の大きさ
大
中
小
8 / 24
第8話:亀裂
(私はブランドを丸パクリされ、劣悪な成分で市場を荒らされたのに、私が悪いから謝れと言うの……)
ディアナは、膝の上で握りしめていた拳を、ゆっくりと開いた。
短い爪の跡が、手のひらに食い込んでいた。
「……ユリウス様」
ディアナの声は、もはや怒りすら通り越し、冷え切っていた。
「私は、謝罪するつもりは一切ありません。ダドリー商会が販売しているルミエールは、私のリュミエールの明確な模倣品であり、しかも粗悪なパラフィンを使用しているため、燃焼時に有害な煤と匂いを発生させます。これは、ブランドの信用問題であると同時に、購入したお客様の健康被害にも繋がる重大な問題なのです。これを善意や誤解で済ませることは、伯爵家当主の妻として、そして一人の職人として、絶対にできません」
ディアナは一歩も引かず、事実だけを整然と述べた。
しかし、その理路整然とした態度が、ユリウスのプライドを酷く刺激したらしい。
彼の美しい顔が、初めて苛立ちに歪んだ。
「君は……、本当に、僕の言うことが聞けないのか。たかがキャンドル作りの趣味の延長で、少しばかり稼ぎがあるからといって、当主である僕に逆らう気かい? そんな可愛げのない女だから、僕は君と一緒にいると息が詰まるんだよ!」
ユリウスの怒鳴り声が、サロンに響き渡った。
シャルロッテは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げ、大げさに怯えたふりをして、父親の腕にしがみついた。
ダドリー男爵は、ユリウスの言葉に満足げに頷き、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
ディアナは、ユリウスのその言葉を、ただ静かに受け止めていた。
——たかがキャンドル作りの趣味の延長。
彼がディアナの仕事を、覚悟を、ずっとそのように見下していたのだという事実が、明確な言葉となって彼女の心に突き刺さった。
彼女が泥水をすすり、指先を荒らし、睡眠を削って積み上げてきたものは、彼にとってはただの可愛げのない趣味でしかなかったのだ。
「……わかりました」
ディアナは立ち上がった。
彼女の涼やかなアッシュブロンドの瞳には、もはやユリウスに対する一切の期待も、愛情の欠片も残っていなかった。
「本日のところは、これでお引き取りください、ダドリー男爵、シャルロッテ様。これ以上、感情的な話し合いを続けても、意味がありませんから」
「なっ……! なんだ、その態度は!」
ダドリー男爵が怒鳴り、ユリウスも「ディアナ!」と声を荒らげたが、彼女は全く動じなかった。
ディアナは、テーブルの上の資料を丁寧にまとめると、深く一礼し、踵を返した。
「失礼いたします。私は、工房に戻ります」
サロンの扉を閉める瞬間、ディアナの背中に、シャルロッテの「ユリウス様ぁ、ディアナ様、怒ってらっしゃいましたねぇ……。私、怖いですぅ……」という、計算高い甘ったるい声と、それを慰めるユリウスの優しい声が聞こえてきた。
ディアナは廊下を一人で歩きながら、息を吐き出した。
もう、言葉で理解してもらうことは不可能だ。
ならば、どうすればいいか。
答えは一つしかなかった。
彼女の思考回路が、冷徹な結論を弾き出す。
感情や涙など、入り込む隙もないほどの事実で、彼らを社会的に、完膚なきまでに叩き潰す。
それが、彼女が選んだ、唯一の反撃の方法だった。
ディアナは、膝の上で握りしめていた拳を、ゆっくりと開いた。
短い爪の跡が、手のひらに食い込んでいた。
「……ユリウス様」
ディアナの声は、もはや怒りすら通り越し、冷え切っていた。
「私は、謝罪するつもりは一切ありません。ダドリー商会が販売しているルミエールは、私のリュミエールの明確な模倣品であり、しかも粗悪なパラフィンを使用しているため、燃焼時に有害な煤と匂いを発生させます。これは、ブランドの信用問題であると同時に、購入したお客様の健康被害にも繋がる重大な問題なのです。これを善意や誤解で済ませることは、伯爵家当主の妻として、そして一人の職人として、絶対にできません」
ディアナは一歩も引かず、事実だけを整然と述べた。
しかし、その理路整然とした態度が、ユリウスのプライドを酷く刺激したらしい。
彼の美しい顔が、初めて苛立ちに歪んだ。
「君は……、本当に、僕の言うことが聞けないのか。たかがキャンドル作りの趣味の延長で、少しばかり稼ぎがあるからといって、当主である僕に逆らう気かい? そんな可愛げのない女だから、僕は君と一緒にいると息が詰まるんだよ!」
ユリウスの怒鳴り声が、サロンに響き渡った。
シャルロッテは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げ、大げさに怯えたふりをして、父親の腕にしがみついた。
ダドリー男爵は、ユリウスの言葉に満足げに頷き、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
ディアナは、ユリウスのその言葉を、ただ静かに受け止めていた。
——たかがキャンドル作りの趣味の延長。
彼がディアナの仕事を、覚悟を、ずっとそのように見下していたのだという事実が、明確な言葉となって彼女の心に突き刺さった。
彼女が泥水をすすり、指先を荒らし、睡眠を削って積み上げてきたものは、彼にとってはただの可愛げのない趣味でしかなかったのだ。
「……わかりました」
ディアナは立ち上がった。
彼女の涼やかなアッシュブロンドの瞳には、もはやユリウスに対する一切の期待も、愛情の欠片も残っていなかった。
「本日のところは、これでお引き取りください、ダドリー男爵、シャルロッテ様。これ以上、感情的な話し合いを続けても、意味がありませんから」
「なっ……! なんだ、その態度は!」
ダドリー男爵が怒鳴り、ユリウスも「ディアナ!」と声を荒らげたが、彼女は全く動じなかった。
ディアナは、テーブルの上の資料を丁寧にまとめると、深く一礼し、踵を返した。
「失礼いたします。私は、工房に戻ります」
サロンの扉を閉める瞬間、ディアナの背中に、シャルロッテの「ユリウス様ぁ、ディアナ様、怒ってらっしゃいましたねぇ……。私、怖いですぅ……」という、計算高い甘ったるい声と、それを慰めるユリウスの優しい声が聞こえてきた。
ディアナは廊下を一人で歩きながら、息を吐き出した。
もう、言葉で理解してもらうことは不可能だ。
ならば、どうすればいいか。
答えは一つしかなかった。
彼女の思考回路が、冷徹な結論を弾き出す。
感情や涙など、入り込む隙もないほどの事実で、彼らを社会的に、完膚なきまでに叩き潰す。
それが、彼女が選んだ、唯一の反撃の方法だった。
感想
あなたにおすすめの小説
「病弱な妹に婚約者を譲れ」と言われたので譲った結果、実家は破滅したようです
たると「マリアベル。君との婚約を棄させてほしい。……いや、正式には、僕の婚約者を、ルサルカに変更することに、君の同意をもらいたい」
部屋の空気が、ぴたりと止まる。
妹のルサルカは、ジュリアンの肩に顔を寄せ、可憐に震えてみせた。
「お姉様、ごめんなさい……。でも、私、ジュリアン様なしでは生きていけないの。ジュリアン様も、私を愛してくださって……。お姉様には、ハルデン侯爵夫人の座は重すぎると、ジュリアン様もおっしゃって……」
「お前には、長女としての義務がある。ルサルカの幸せを第一に考えるのが、お前の役目だ。ジュリアン殿は、我が家にとっても最高の婿殿となる。あの子の身体のことも考慮し、ハルデン家が全面的にサポートしてくれると約束してくださったのだ。お前は一歩引き、妹の門出を祝うのが筋というものだ」
(祝う……?)
私の婚約者を奪い、私の名誉を泥に塗れさせ、その上で、笑顔で祝福しろと言うのか。
この瞬間、マリアベルの心は決まった。
『婚約破棄だ』と王子が告げた瞬間、王城の花が枯れ、泉が涸れ、空が曇った——令嬢に宿る精霊の加護を、誰も知らなかった
歩人公爵令嬢エレオノーラは、生まれつき大精霊の加護を宿していた。
しかし本人も、それが自分の力だとは知らなかった。
王城の庭園が四季を問わず花で溢れていたのも、泉が枯れなかったのも、
王都に災害が起きなかったのも——全てエレオノーラの存在がもたらす精霊の恩恵だった。
王子に「地味で退屈な女」と婚約破棄され、王城を去った瞬間——
花が萎れ、泉が涸れ、空が曇り始めた。
追放されたエレオノーラが辺境の荒野に足を踏み入れると、枯れた大地に花が咲き乱れた。
そのとき初めて、彼女は自分の中にある力に気づく。
「見るだけで不快だ」と言われましたので、田舎町で暮らすことにしました
風見ゆうみ「君は顔も心も醜い。見るだけで不快だ」
初夜の晩、寝室でアメリシアは夫からそんな言葉を吐かれただけでなく、これから三人で眠ると宣言された。もう一人はアメリシアの親友、クージアだった。
アメリシアが夫のモレイブと婚約したのは七年前。親友と出会ったのは十年前。
十年の友情は、結婚式を挙げた当日に失われた。
そして、次の日に聞かされたのは両親の訃報。
アメリシアは、どんなに辛くても両親の分も生きて幸せになると決め、そんなに自分のことを見たくないのなら、レイブと離婚し、彼と絶対に会うことのない田舎町で暮らしていくことにした。
離婚届を置いて去ったアメリシアは、田舎町で苦労しながらも、幸せを見つけていくのだが、モレイブはあんなことを言っておきながらも、アメリシアと離婚する気はなく――。
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
私が他の男性から言い寄られ始めた途端、急に後悔し始める元旦那様のお話
睡蓮ラーバ侯爵とユフィリアは婚約関係にあったが、公爵は自身の妹であるエミリアの事ばかりを気にかけ、ユフィリアの事を放置していた。ある日の事、しきりにエミリアとユフィリアの事を比べる侯爵はユフィリアに対し「婚約破棄」を告げてしまう。これから先、誰もお前の事など愛する者はいないと断言する侯爵だったものの、その後ユフィリアがある人物と再婚を果たしたという知らせを耳にする。その相手の名を聞いて、侯爵はその心の中を大いに焦られるのであった…。
婚約破棄した王子は年下の幼馴染を溺愛「彼女を本気で愛してる結婚したい」国王「許さん!一緒に国外追放する」
佐藤 美奈「僕はアンジェラと婚約破棄する!本当は幼馴染のニーナを愛しているんだ」
アンジェラ・グラール公爵令嬢とロバート・エヴァンス王子との婚約発表および、お披露目イベントが行われていたが突然のロバートの主張で会場から大きなどよめきが起きた。
「お前は何を言っているんだ!頭がおかしくなったのか?」
アンドレア国王の怒鳴り声が響いて静まった会場。その舞台で親子喧嘩が始まって収拾のつかぬ混乱ぶりは目を覆わんばかりでした。
気まずい雰囲気が漂っている中、婚約披露パーティーは早々に切り上げられることになった。アンジェラの一生一度の晴れ舞台は、婚約者のロバートに台なしにされてしまった。
婚約者の幼馴染が二十四回目のお詫びに来たので、氷の令嬢は書斎にある人を隠してみました
Megumi四年で二十四回。
婚約者ダミアン・アレクサンドル公爵令息は、幼馴染エレーヌの体調を理由に、クロエとの約束を反故にし続けた。
その回数を社交界に律儀に拡散していたのは——エレーヌ自身だった。
「クロエ様は気高い方だから、何も感じていらっしゃらないわ」
いつしかクロエは「氷のような令嬢」と呼ばれていた。
家族のために、次期公爵夫人としての体面のために。一度でも気を抜けば二度と立てなくなる気がして、ただ一人で己を律し続けた四年間。
ある夜会で、令嬢たちが扇の陰で「二十四回目」と数えるのを聞きながら、クロエはようやく決意する。
——もう、終わりにしましょう。