「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上

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第13話:尻拭いを任された夫

「殿下は本当にお優しいですね。アリス嬢も、殿下のような寛大な上司を持って幸せでしょう」

 セシリアは微笑んでいた。
 完璧な角度で。

「……え? あ、ああ。そうだろう? 新人を育てるには忍耐が必要だからね」

 テオドールは拍子抜けしつつも、悪い気はしなかった。
 妻が自分を肯定してくれている。

 しかし、彼は同時に不安も感じていた。
 これからもアリスがミスをするたびに、自分が尻拭いをするのだろうか。

 王太子の公務は激務だ。
 これ以上の負担はきつい。

「でも、セシリア。君からも少しアリスにアドバイスをしてやってくれないか? 僕も忙しくて、毎回は見てやれないんだ」

 テオドールは甘えるように言った。
 結局のところ、彼は面倒事をセシリアに投けたいのだ。

 セシリアは書類をトントンと整え、ゆっくりと夫の方を向いた。

「殿下。それはアリス嬢のためになりませんわ」

「え?」

「私が口を出せば、彼女はいつまでも私に頼ってしまいます。殿下が先ほどおっしゃった通り、人を育てるには忍耐が必要です。殿下が直接ご指導なさるのが、彼女にとって一番の成長になりますわ」

 セシリアの声は、鈴の音のように澄んでいて、説得力に満ちていた。
 そして何より、突き放すような冷たさを、熱心な信頼という包装紙で包み隠していた。

「殿下ならできますわ。次期国王としての器をお持ちなのですから、一人の新人を導くことなど造作もないはずです」

「そ、そうかな……? 僕ならできる、か」

「ええ、もちろんです。私は殿下を信じておりますもの」

 セシリアはニコリと笑った。
 テオドールはその笑顔にコロリと絆された。

 単純な男だった。
 妻にこれほど信頼されているのに、弱音を吐くわけにはいかない。

「わかった。僕が責任を持ってアリスを見るよ。君は自分の研究に集中してくれ」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」

 セシリアは深く一礼した。

 その顔が床に向いた瞬間、彼女の瞳から感情が消え失せ、冷ややかな侮蔑の色だけが残ったことを、テオドールは知る由もない。

(ええ、どうぞご勝手に。責任感という重荷を背負って、泥沼に沈んでくださいませ)

 セシリアにとって、もはやこの研究所での業務は残務処理に過ぎなかった。

 彼女が本当に集中しているのは、自身のブランドC.O.の立ち上げ準備と、国外脱出のルート確保だ。

 アリスが増長し、テオドールがその対応に追われて疲弊すればするほど、セシリアへの監視の目は緩くなる。

 夫の慢心こそが、彼女の計画を盤石にする最大の味方だった。

「では、私は明日の会議資料をまとめますので、失礼いたします」

 セシリアは軽やかな足取りで部屋を出た。

 背後で、テオドールが「さて、明日のアリスのスケジュールはどうしようか……」と独り言を漏らすのが聞こえた。

 かつては共に悩み、支え合ったパートナー。

 今、セシリアが感じるのは、沈みゆく船から一足先に脱出する鼠のような、奇妙な爽快感だけだった。

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