「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上

文字の大きさ
13 / 14

第13話:尻拭いを任された夫

しおりを挟む
「殿下は本当にお優しいですね。アリス嬢も、殿下のような寛大な上司を持って幸せでしょう」

 セシリアは微笑んでいた。
 完璧な角度で。

「……え? あ、ああ。そうだろう? 新人を育てるには忍耐が必要だからね」

 テオドールは拍子抜けしつつも、悪い気はしなかった。
 妻が自分を肯定してくれている。

 しかし、彼は同時に不安も感じていた。
 これからもアリスがミスをするたびに、自分が尻拭いをするのだろうか。

 王太子の公務は激務だ。
 これ以上の負担はきつい。

「でも、セシリア。君からも少しアリスにアドバイスをしてやってくれないか? 僕も忙しくて、毎回は見てやれないんだ」

 テオドールは甘えるように言った。
 結局のところ、彼は面倒事をセシリアに投けたいのだ。

 セシリアは書類をトントンと整え、ゆっくりと夫の方を向いた。

「殿下。それはアリス嬢のためになりませんわ」

「え?」

「私が口を出せば、彼女はいつまでも私に頼ってしまいます。殿下が先ほどおっしゃった通り、人を育てるには忍耐が必要です。殿下が直接ご指導なさるのが、彼女にとって一番の成長になりますわ」

 セシリアの声は、鈴の音のように澄んでいて、説得力に満ちていた。
 そして何より、突き放すような冷たさを、熱心な信頼という包装紙で包み隠していた。

「殿下ならできますわ。次期国王としての器をお持ちなのですから、一人の新人を導くことなど造作もないはずです」

「そ、そうかな……? 僕ならできる、か」

「ええ、もちろんです。私は殿下を信じておりますもの」

 セシリアはニコリと笑った。
 テオドールはその笑顔にコロリと絆された。

 単純な男だった。
 妻にこれほど信頼されているのに、弱音を吐くわけにはいかない。

「わかった。僕が責任を持ってアリスを見るよ。君は自分の研究に集中してくれ」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」

 セシリアは深く一礼した。

 その顔が床に向いた瞬間、彼女の瞳から感情が消え失せ、冷ややかな侮蔑の色だけが残ったことを、テオドールは知る由もない。

(ええ、どうぞご勝手に。責任感という重荷を背負って、泥沼に沈んでくださいませ)

 セシリアにとって、もはやこの研究所での業務は残務処理に過ぎなかった。

 彼女が本当に集中しているのは、自身のブランドC.O.の立ち上げ準備と、国外脱出のルート確保だ。

 アリスが増長し、テオドールがその対応に追われて疲弊すればするほど、セシリアへの監視の目は緩くなる。

 夫の慢心こそが、彼女の計画を盤石にする最大の味方だった。

「では、私は明日の会議資料をまとめますので、失礼いたします」

 セシリアは軽やかな足取りで部屋を出た。

 背後で、テオドールが「さて、明日のアリスのスケジュールはどうしようか……」と独り言を漏らすのが聞こえた。

 かつては共に悩み、支え合ったパートナー。

 今、セシリアが感じるのは、沈みゆく船から一足先に脱出する鼠のような、奇妙な爽快感だけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた
恋愛
「おれがおまえの姉ディアーヌといい仲だということは知っているよな?ディアーヌの離縁の決着がついた。だからやっと、彼女を妻に迎えられる。というわけで、おまえはもう用済みだ。そうだな。どうせだから、異母弟のところに行くといい。もともと、あいつはディアーヌと結婚するはずだったんだ。妹のおまえでもかまわないだろう」 この日、リン・オリヴィエは夫であるバロワン王国の第一王子マリユス・ノディエに告げられた。 選択肢のないリンは、「ひきこもり王子」と名高いクロード・ノディエのいる辺境の地へ向かう。 そこで彼女が会ったのは、噂の「ひきこもり王子」とはまったく違う気性が荒く傲慢な将軍だった。 クロードは、幼少の頃から自分や弟を守る為に「ひきこもり王子」を演じていたのである。その彼は、以前リンの姉ディアーヌに手痛い目にあったことがあった。その為、人間不信、とくに女性を敵視している。彼は、ディアーヌの妹であるリンを憎み、侍女扱いする。 しかし、あることがきっかけで二人の距離が急激に狭まる。が、それも束の間、王都が隣国のスパイの工作により、壊滅状態になっているいう報が入る。しかも、そのスパイの正体は、リンの知る人だった。 ※全三十九話。ハッピーエンドっぽく完結します。ゆるゆる設定です。ご容赦ください。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

完結 私は何を見せられているのでしょう?

音爽(ネソウ)
恋愛
「あり得ない」最初に出た言葉がそれだった

一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!

夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」 婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。 それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。 死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。 ​……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。 ​「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」 そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……? ​「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」 ​不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。 死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

処理中です...