婚約破棄されて捨てられたのですが、なぜか公爵様に拾われた結果……。

水上

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第2話:花の証言

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「あ、ありえない……。花が証言するだと? 気でも狂ったのか」

 エドワード様は呆れたように肩をすくめ、嘲笑を浮かべました。
 しかし、アルフレッド公爵の表情は微動だにしません。
 氷のような瞳は、エドワード様ではなく、被害者を装うベアトリス様のドレスに向けられていました。

「エドワード君。君は先ほど、犯行時間について何と言ったかな」

「は? だから、ついさっきだ。午後6時の鐘が鳴った直後、中庭の噴水広場で、この女がベアトリスを突き飛ばしたんだ!」

 エドワード様は自信満々に断言しました。
 ベアトリス様も涙を拭う仕草をしながら、こくこくと頷きます。

「そうですわ。わたくし、怖くて……。噴水の縁に咲いている白いお花の中に倒れ込んでしまって、ドレスがこんなに汚れて……」

 確かに、ベアトリス様の真紅のドレスの裾には、泥と共に黄色い粉のようなシミがべっとりと付着していました。
 公爵様は鼻を鳴らし、今度は私の方を見ました。

「フローラ嬢。君はずっとこの温室にいたと言ったな。何をしていた?」

「は、はい……。あそこの花壇で、マツヨイグサの観察をしていました。スケッチブックも持っています」

 私は震える手で、ポケットに入れていた小さな手帳を差し出しました。
 公爵様はそれをパラパラとめくり、満足げに頷きます。

「なるほど。これで証明終了だ」

「はあ? 何が終了なんだ!」

「君たちの主張には、植物学的に致命的な矛盾があると言っているんだ」

 公爵様は白衣のポケットから懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けました。

「いいか、よく聞け。とある植物学者は、花が開閉する時刻が決まっていることを利用し、花時計という概念を提唱した。植物たちは、我々人間よりも正確に時を刻む」

 公爵様はゆったりとした足取りで、エドワード様たちの前へ歩み出ました。
 まるで講義を行う教授のような威厳です。

「まず、フローラ嬢のアリバイだ。彼女のスケッチを見てみたまえ」

 公爵様が私の手帳を開いて見せます。
 そこには、蕾がほころび、黄色い花弁が開き始めているマツヨイグサが描かれていました。

「マツヨイグサは、その名の通り夕暮れを待って咲く花だ。開花時刻は概ね午後6時前後。そして彼女の袖口を見ろ」

 言われて自分の袖を見ると、そこには鮮やかな黄色の花粉が付着していました。

「これはマツヨイグサの花粉だ。開花直後の瑞々しい花粉は粘着性が高い。午後6時にこの花が開く瞬間、間近で観察していなければ、これほど付着することはない」

「そ、そんなもの、後でこっそり付けたのかもしれないだろう!」

 エドワード様が食い下がります。
 しかし、公爵様はさらに冷ややかな視線をベアトリス様に向けました。

「ならば、こちらの令嬢の嘘はどう言い逃れるつもりだ?」

「え……?」

 ベアトリス様が凍りつきます。

「君は『午後6時に噴水広場で突き飛ばされ、白い花の上に倒れ込んだ』と言ったな。その広場にあるのは『シロスイレンだ」

「そ、それが何か……」

「シロスイレンは、昼に咲き、夕方には閉じる花だ。具体的には、午後5時には硬く花弁を閉じて眠りにつく」

 公爵様は、ベアトリス様のドレスの裾を指差しました。

「だが、君のドレスには、シロスイレンの雄しべの花粉がべっとりと付いている。これは、花が満開に開いている状態でなければ付着しないものだ」

 広間が一瞬、静まり返りました。
 私はハッとしました。

 公爵様の仰る通りです。
 閉じているスイレンの上に倒れ込んでも、花弁の外側が触れるだけで、中の花粉が付くはずがありません。

「つまり、君がその花の上に倒れたのは、花が開いていた時間帯――遅くとも午後4時から5時の間だということになる。午後6時には、その花はもう閉じていたのだからな」

 公爵様は意地悪く口角を上げました。

「計算が合わないな。君は午後5時前には既にドレスを汚していた。にもかかわらず、午後6時にフローラ嬢にやられたと嘘をついた。おそらく、自分で転んだか何かで汚したドレスの責任を、彼女になすりつけようとしたのだろう?」

 論理の刃で切り裂かれ、ベアトリス様の顔色が蒼白になります。

「そ、それは……、ち、違っ……」

「違うと言うなら、今から噴水広場に行ってみるか? スイレンは今頃、固く蕾のように閉じているはずだ。その状態でどうやって花粉を付けたのか、実演してもらおうか」

「う、ううっ……!」

 ベアトリス様は言葉を失い、逃げ場を失った視線を彷徨わせました。
 その反応が、何よりの自白でした。

「ば、馬鹿な……。そんな、花の時間なんて……」

 エドワード様も呆然と立ち尽くしています。
 公爵様はため息をつき、彼を冷徹に見下ろしました。

「ローズベリー伯爵家ともあろう者が、自邸の庭に咲く花の特徴すら知らんとは。無知とは罪であり、そして滑稽だな」

「ぐっ……、き、貴様ぁ……!」

「これ以上、私の庭で騒ぐなら衛兵を呼ぶ。虚偽の告発で無垢な令嬢を陥れようとした罪は重いぞ」

 その言葉に、エドワード様は悔しげに唇を噛み締め、ベアトリス様の手を引いて背を向けました。

「……行くぞ、ベアトリス! こんな偏屈な男の相手などしていられるか!」

 捨て台詞を吐いて逃げ去る二人の背中は、先ほどまでの威勢が嘘のように小さく見えました。

 嵐が去り、温室に再び静寂が戻ります。
 私はへなへなとその場に座り込んでしまいました。

「あ、あの……! 助けていただき、ありがとうございました……!」

 見上げると、公爵様は先ほどまでの鋭い表情を消し、興味深そうに私の手帳を覗き込んでいました。

「礼には及ばん。私は非論理的な結末が嫌いなだけだ。……それより、君」

「は、はい!」

「このマツヨイグサのスケッチ、実に見事だ。雄しべの形状の特徴をよく捉えている。ただ絵が上手いだけではない、構造を理解している者の絵だ」

 公爵様の手が、私の頭にポンと置かれました。
 思いがけない言葉に、私の心臓が大きく跳ねます。

「庭師の娘か何かか?」

「い、いえ、貧乏男爵家の娘で……、実家では庭師のように働かされていましたが」 

「ほう。実践で培った知識か。悪くない」

 公爵様は眼鏡の位置を直しながら、私に手を差し伸べました。

「エドワードごときに見限られた程度で落ち込むな。君には植物を見る目がある。その才能、あのような愚か者の元で腐らせるには惜しい」

 その手は大きく、少し土の匂いがしました。
 差し出された手を取った瞬間、私の新しい人生が芽吹いた音が聞こえた気がしました。

「家を追い出されるなら、私のところへ来い。ちょうど、優秀な助手が欲しいと思っていたところだ」

 これが、私と変人公爵アルフレッド様との、始まりの夜でした。
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