婚約破棄されて捨てられたのですが、なぜか公爵様に拾われた結果……。

水上

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第11話:腐敗する屋敷

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 正式な助手として契約を結んでから数日後。

 私とアルフレッド様は、公爵領の北端にある山岳地帯へと馬車を走らせていました。
 今回の目的は、領内にある別荘の視察です。

 近々、海外からの賓客を招く予定があるそうで、そのために現地の建築業者に依頼して大規模なリフォームを行わせていたとのことでした。

「……気が進まんな」

 揺れる馬車の中で、アルフレッド様が深いため息をつきました。

「賓客の接待など、非生産的な時間の極みだ。私の代わりにサボテンでも置いておけば、よほど有意義な会話が成立するだろうに」

「ふふ、サボテンは喋りませんよ、アルフレッド様。それに、現地の業者から『素晴らしい出来栄えです』と報告が来ているのでしょう?」

「口先だけの報告など信用に値しない。自分の目で確かめるのが科学の基本だ」

 疑り深い公爵様の横顔を見ながら、私は膝の上の鞄を撫でました。

 この鞄には、七つ道具(ルーペ、ピンセット、採取瓶など)が入っています。
 これからは私も、公爵の目として、しっかり働かなくてはなりません。

 到着した別荘は、清流沿いの美しい森の中に佇んでいました。

 外観は白漆喰で綺麗に塗り直され、真新しく輝いています。

「お待ちしておりました、リンネ公爵閣下!」

 揉み手をして出迎えたのは、請負業者のボグスという男でした。
 小太りで、脂ぎった顔に卑屈な笑みを貼り付けています。

「いやあ、完璧な仕上がりですよ。床も壁も全て最高級の資材で張り替えました。これなら王族をお迎えしても恥ずかしくありません!」

「ほう。外見だけは立派だがな」

 アルフレッド様は冷ややかな目でボグスを一瞥すると、スタスタと玄関へ向かいました。私も慌てて続きます。
 しかし、玄関ホールに入った瞬間、私は違和感を覚えました。

 ……匂いますね。

 新しい木材や塗料の香りに混じって、どこか湿っぽい、土と青臭い匂いが漂っているのです。
 それに、歩くたびに床板が微かに軋むような気がします。

「ボグス。床の沈み込みが気になるな。基礎工事はしっかりやったのか?」

「へっ? あ、あはは! これは木の馴染みですよ、閣下。無垢材を使っているので、最初は少し遊びがあるんです」

 ボグスは額の汗をハンカチで拭いながら言い訳を並べます。

「さあさあ、こちらがメインの客間です! 素晴らしい眺望ですよ!」

 案内されたのは、川に面した広々としたサロンでした。
 確かに窓からの景色は絶景です。
 しかし、私の目は窓の外ではなく、部屋の隅――壁と床の継ぎ目(巾木)に釘付けになりました。

「……あれ?」

 私はしゃがみ込み、ポケットからルーペを取り出しました。
 真新しい白い壁紙の一部が、不自然に盛り上がり、亀裂が入っています。
 そしてその隙間から、何か赤い斑点のある緑色の芽が、牙のように突き出していたのです。

「なんだ、フローラ。何か見つけたか」

「アルフレッド様、これを見てください。壁を突き破っています」

「なっ! 壁を!?」

 ボグスが慌てて駆け寄ってきました。

「な、なんてことだ! 掃除係の怠慢だな。草が生えるなんて……、すぐに抜いて埋めさせますから!」

 ボグスは靴のつま先で、その芽を蹴り折ろうとしました。

「待ってください! 刺激してはいけません!」

「うるさいな! たかが雑草だろうが!」

 ボグスが強く踏み込んだ、その時です。

 床下から、何かが爆ぜるような音が響きました。

「うわっ!?」

 ボグスの体が大きく傾きました。
 彼が踏んでいたフローリングが、まるで紙細工のように突き破られ、太い竹のような植物の茎が、猛烈な勢いで床下に隆起したのです。

 床板がめくれ上がり、コンクリートの基礎部分が粉々に砕かれているのが見えました。

「ひ、ひええっ! なんだこれは! 床が、床が生き物みたいに!」

「離れてください! 床が抜けます!」

 私が叫ぶと同時に、アルフレッド様が私の腕を引いて安全圏へと退避させました。

 ボグスは腰を抜かし、崩れた床の縁で震えています。
 破壊された床下から姿を現したのは、赤紫色の斑点模様を持つ、中空の太い茎。
 そして、アスファルトすら持ち上げると言われる強靭な地下茎の群れでした。

「こ、これは……、イタドリ(虎杖)だわ」

「イタドリ? あの道端に生えている草か?」

 アルフレッド様が驚いたように尋ねます。

「はい。でも、ただの草ではありません。学名を Reynoutria japonica(レイノウトリア・ジャポニカ)。世界で最も侵略的な植物の一つです」

 私は、ボグスを睨みつけながら解説しました。

「イタドリの地下茎は非常に強靭で、再生力が強いんです。コンクリートやアスファルトの僅かな隙間に入り込み、成長する時の膨圧で基礎を破壊します。その力は、分厚い岩盤すら割るほどです」

 ボグスの顔色が、漆喰のように白くなりました。

「そ、そんな……。まさか、下に埋まっていた根っこが、コンクリートを突き破ったって言うのか!?」

「ボグス、貴様……」

 アルフレッド様の声が、地底のマグマのように低く響きました。

「リフォームにあたって、基礎部分の整地をサボったな? 古い屋敷を解体した際、地下に残っていた植物の根を完全に取り除かず、その上に安易に新しいコンクリートを流し込んだ。違うか?」

「そ、それは……、工期が短かったものですから! たかが草の根っこくらい、コンクリートで蓋をすれば死ぬと思ったんです!」

「愚か者め!」

 アルフレッド様の怒号が部屋を揺らしました。

「植物の生命力を侮るな! イタドリは、地上部を刈り取られたり、光を遮断されたりすると、生き残るために休眠芽を一斉に覚醒させ、凄まじいエネルギーで障害物を突破しようとする。お前がやった蓋は、彼らにとって突き破るべき殻でしかなかったのだ!」

 崩壊した床からは、怒れるイタドリたちが「我々はここにいるぞ」と主張するように、次々と太い茎を伸ばしていました。
 それはまさに、人間の手抜き工事に対する自然界からのしっぺ返しでした。

「見ろ、この惨状を。これが賓客を通す部屋か? 床が抜けて怪我でもさせたら、国際問題になるところだぞ」

「も、申し訳ございません! 許してください公爵閣下!」

「許さん。契約違反と器物損壊、および詐欺未遂だ。修理費は全額請求する上に、お前の商会との取引は全て停止する。衛兵に突き出されたくなければ、今すぐ自分の手でこの瓦礫を撤去しろ!」

 ボグスは「ひいぃっ!」と悲鳴を上げ、這うようにして部屋から逃げ出していきました。

 静かになった(といっても床はボロボロですが)部屋で、アルフレッド様は深いため息をつきました。

「やれやれ。私の領地には、どいつもこいつも植物を舐めている奴ばかりか」

「……でも、気づいてよかったです。お客様がいらっしゃる前で」

「ああ。君のおかげだ、フローラ」

 アルフレッド様は、床から突き出たイタドリの茎を興味深そうにコツコツと叩きました。

「それにしても、凄まじい力だ。コンクリートを粉砕するとはな。……この破壊力、何かに応用できそうじゃないか?」

「えっ? 応用ですか?」

「例えば、古くなった建物の解体や、岩盤の掘削だ。植物の膨圧を利用した環境に優しい解体工法……。ふむ、研究の余地があるな」

 転んでもただでは起きない。
 被害を受けても、すぐに研究ネタに変えてしまう。
 そんなアルフレッド様の逞しさに、私は思わず吹き出してしまいました。

「ふふっ。まずはこの屋敷の除草が先ですよ、所長」

「……違いない。手伝ってくれ、助手よ。根絶やしにするには、根気と知識が必要だ」

 私たちは顔を見合わせ、苦笑しました。

 領地改革の第一歩は、腐敗した業者と、強すぎる雑草との戦いから幕を開けたのです。
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