婚約破棄されて捨てられたのですが、なぜか公爵様に拾われた結果……。

水上

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第13話:呪われた土地

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 領地の北西、岩肌が露出した荒涼とした谷間。
 そこは、領民たちから死の谷と呼ばれ、忌み嫌われている場所でした。

「……ここが、その呪われた村か」

 馬車を降りたアルフレッド様は、しかめっ面で周囲を見渡しました。
 風が吹き荒れる大地には、草一本まともに生えていません。

 木々は枯れ木のようで、地面は赤茶けてひび割れています。
 出迎えた村長は、涙ながらに訴えました。

「公爵様、どうかお助けください……! ここは呪われています。作物を植えてもすぐに枯れ、井戸の水は鉄のような味がする。家畜も育たず、村人は次々とこの土地を捨てて逃げ出しています」

「呪い、か。またその類の話か」

「本当なんです! 昔、この地で非業の死を遂げた魔女が、土地そのものを腐らせたという伝説が……」

 村長は震える指で、痩せこけた大地を指差しました。

「見てくだせぇ。雑草すら生えねぇ死の世界だ。俺たちももう、村を畳んで出て行くしか……」

 確かに、一見するとそこは不毛の荒野でした。
 しかし、私はアルフレッド様の背後から、ある一点に目を奪われていました。

「……いいえ、村長さん。あそこに咲いていますよ」

「へっ?」

「ほら、あそこの岩陰に。小さくて可愛らしい花が」

 私は岩場に駆け寄りました。
 茶色い大地の中で、そこだけ鮮やかな黄色い斑点のように、小さなスミレの群落が揺れていたのです。

「ああ、その花か……。それだけは昔から生えてくるんだ。魔女の涙なんて呼ばれて、気味悪がられて引っこ抜いてるんだが、すぐにまた生えてきやがる」

 村長が忌々しげに吐き捨てました。
 私はその花を一株、丁寧に観察しました。

 小ぶりな花弁、少し厚みのある葉。
 間違いない。
 図鑑で見たことがあります。

「アルフレッド様。これ、タカネスミレの変種……、いいえ、もっと特殊な……」

「ほう」

 アルフレッド様が私の隣にしゃがみ込み、その花を摘み上げました。眼鏡の奥の瞳が、鋭く光ります。

「なるほど。……フローラ、君の観察眼には恐れ入る。この荒野で、最も重要なを見つけ出したな」

「証人、ですか?」

「ああ。この花の名は、あえんのスミレ。学名を Viola calaminaria(ヴィオラ・カラミナリア)という」

 アルフレッド様は立ち上がり、呆気にとられる村長に向き直りました。

「村長。この村の地下には、莫大な宝が眠っているぞ」

「は、はい? 宝……?」

「この土地が作物を枯らすのは、呪いのせいではない。土壌に高濃度の重金属が含まれているからだ」

 アルフレッド様は、足元の赤茶けた土を靴底で踏みしめました。

「普通の植物にとって、土に含まれる亜鉛や鉛といった重金属は猛毒だ。根の成長を阻害し、枯死させる。だから作物が育たない」

「そ、それじゃあ、やっぱり死の土地じゃねぇですか!」

「早合点するな。世の中には、その毒を好む変わり者がいるのだよ」

 彼は手元の黄色いスミレをひらつかせました。

「このスミレは指標植物(インジレーター・プランツ)の一つだ。亜鉛を多く含む土壌を好み、自らの体内に高濃度の金属を溜め込む性質がある。つまり、この花が群生している場所の下には――」

 アルフレッド様は劇的な仕草で地面を指差しました。

「巨大な亜鉛の鉱脈があるということだ」

 一瞬の静寂の後、村長と残っていた村人たちが一斉にざわめきました。

「こ、鉱脈!? 鉱山ってことか!?」

「そうだ。井戸水が金気臭いのも、地層に金属が豊富に含まれている証拠だ。作物を育てるには最悪の土地だが、鉱山として開発すれば、この村は領内でも有数の富裕な町に生まれ変わるだろう」

 アルフレッド様はニヤリと笑いました。

「魔女の涙? とんでもない。これは黄金の道標だ。君たちが雑草として抜いていたのは、金貨の束だったのだよ」

 村長はへなへなと腰を抜かし、そして震える声で叫びました。

「お、俺たちは……、宝の山の上で、貧乏暮らしをしていたのか……!」

「無知は損失だ。だが、今日からは違う」

 アルフレッド様は私に視線を向け、優しく頷きました。

「フローラが見つけたこの小さな花が、君たちの運命を変えた。感謝するんだな」

「あ、ありがとうございます、お嬢様! 公爵様!」

 村人たちが私を取り囲み、拝むように感謝を述べ始めました。
 私は慌てて手を振ります。

「わ、私はただ、お花が綺麗だなって思っただけで……」

「それが重要なのだ」

 アルフレッド様が私の頭に手を置きました。

「多くの人間は、自分に都合の良い作物が育たないと嘆くだけで、その土地が語りかけている真実を見ようとしない。だが君は、荒野に咲く小さな命を見逃さなかった」

 彼の大きな手が、私の髪を優しく撫でます。

「君の目は、見えない価値を見抜く。……私が見込んだ通りだ」

 その言葉は、どんな宝石よりも私の胸を輝かせました。

 その後、公爵家の地質調査団が派遣され、予想通り大規模な亜鉛鉱脈が発見されました。

 村は鉱山街として再建されることになり、村人たちの生活は一変しました。
 かつての死の谷には、今も春になると黄色いスミレが一面に咲き乱れます。
 それはもう魔女の涙ではなく、繁栄の象徴として大切に保護されているそうです。

 ちなみに……。
 この一件を聞きつけたエドワード様が、自分の領地でも真似をして、雑草という雑草を掘り返して回ったそうですが……、出てきたのは古タイヤとガラクタだけだったとか……。

 指標植物は、正しい知識がなければただの草なのです。
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