婚約破棄されて捨てられたのですが、なぜか公爵様に拾われた結果……。

水上

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第16話:偽りの復活

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 領地改革が進み、村々が活気を取り戻し始めた頃、新たな騒動が持ち上がりました。
 隣接するエドワード様の領地との境にある宿場町で、死者を蘇らせる奇跡の聖水を売る教団が現れたというのです。

「死者蘇生だと? 熱力学第二法則への冒涜だな」

 報告を受けたアルフレッド様は、呆れたように鼻を鳴らしました。

 しかし、その奇跡を目の当たりにした人々が、高額な聖水を買い求めているという事実は見過ごせません。
 私たちは調査のため、その宿場町へと向かいました。

 広場には大きな天幕が張られ、お香の煙が立ち込めていました。
 集まった群衆の中心で、白い法衣を纏った男が厳かに両手を広げています。

「信じる者には奇跡が訪れる! 見よ、この枯れ果てた植物を。死して数年、完全に命脈尽きたこの茶色い塊が、我が祈りと聖水によって蘇るのだ!」

 男の足元にある祭壇には、拳ほどの大きさの、カラカラに乾燥した茶色い植物の塊が置かれていました。
 どう見ても、ただの枯れ草のゴミです。
 しかし、男が恭しく瓶から水を振りかけ、呪文のような言葉を唱え始めると――。

 「おお……!」

 観衆からどよめきが上がりました。

 茶色い塊が、まるで早回しの映像を見ているかのように、むくむくと動き出したのです。

 丸まっていた枝がゆっくりと開き、平らに広がっていきます。
 数分のうちに、それは掌を広げたような形になり、中心部はほんのりと緑色を帯びて見えました。

「見よ! 死からの復活だ! この聖水には生命の力が宿っている!」

 わっと歓声が上がり、人々が聖水を求めて殺到します。
 その最前列に、見覚えのある二人の姿がありました。

「凄いわ! 本当に生き返ったわ!」

「これだ! この聖水を家の庭に撒けば、枯れた薔薇も、そして傾いた我が家の財政も復活するに違いない!」

 ベアトリス様とエドワード様です。
 二人は競うようにして金貨を差し出していました。

「エドワード様、それはいけません!」

 私は人垣をかき分けて声を上げました。

「フローラか! また邪魔をする気か? だが今度ばかりは文句はあるまい。目の前で奇跡が起きたんだ!」

「奇跡ではありません。それはトリックです!」

 私が叫ぶと、教祖らしき男がぎろりと私を睨みつけました。

「神聖な儀式をトリック呼ばわりとは。この娘は悪魔に魂を売っているようだな」

「悪魔になど売っていない。彼女が売っているのは、お前たちの嘘を暴く真実だけだ」

 凛とした声と共に、アルフレッド様が私の隣に立ちました。
 彼は祭壇へ歩み寄り、復活したとされる植物を無造作に掴み上げました。

「貴様! 神聖な復活の草に触れるな!」

「復活の草? 大層な名前をつけたものだな。こいつの学名はアナスタティカ・ヒエロクンティカ。通称ジェリコの薔薇だ」

 アルフレッド様は、その植物をエドワード様の目の前に突き出しました。

「エドワード君。よく見ろ。これが本当に生き返ったように見えるか?」

「え? だ、だって枝が広がって……」

「広がっただけだ。細胞は死んでいる。これは生物学的な蘇生ではない。物理的な吸湿運動に過ぎん」

 ポカンとする人々に、私が補足説明をしました。

「あ、あのですね。この植物は砂漠で育つんです。乾燥すると、種を守るために枝を内側に丸めて、ボールのような形になります。そうやって風に吹かれて転がりながら、水のある場所を探して移動するんです」

「そ、それがどうした!」

「水に触れると、死んで乾燥した細胞壁が水分を吸収して膨らみます。その圧力で、枝が外側に開くんです。これは松ぼっくりが濡れると閉じるのと同じ原理で……、たとえ植物自体が完全に枯れて死んでいても、水さえかければ何度でも開いたり閉じたりするんです!」

 私は教祖の持っていた聖水の瓶を指差しました。

「だから、それは聖水である必要はありません。ただの水道水でも、泥水でも、同じように動きます」

「な、なんだと……?」

 エドワード様が疑いの目を教祖に向けました。
 教祖は慌てて叫びます。

「で、デタラメだ! これは聖なる力によるものだ!」

「ならば証明してやろう」

 アルフレッド様は懐から水筒を取り出し、別の乾燥した塊に水をかけました。
 それは教祖がやったのと同じように、いや、もっと無造作に水をかけられたにも関わらず、すぐにむくむくと開き始めました。

「……見ろ。私の飲みかけの水でも奇跡が起きたぞ」

 会場が静まり返りました。
 開いた植物をよく見れば、それは緑色に蘇ったわけではなく、濡れて色が濃くなっただけの、ただの枯れ木でした。

「こ、これは……、詐欺だ!」

「金返せ!」

 真実を知った群衆の怒りが爆発しました。
 教祖と手下たちは、「お、覚えてろ!」と捨て台詞を吐き、売上金を持って逃げようとしましたが、エドワード様が足を引っ掛け、見事に転倒させました。

「俺の金貨を返せ! このペテン師め!」

 エドワード様は、自分が騙されていた腹いせに、誰よりも熱心に教祖を取り押さえました。
 皮肉なことに、それが彼の初めての社会貢献となったのです。

 騒動の後、散らばったジェリコの薔薇を拾い上げながら、私は小さくため息をつきました。

「植物に罪はないのに。彼らはただ、砂漠で生き抜くためにこの形を選んだだけなんです」

「ああ。死してなお、種を撒くために動き続ける。その執念とメカニズムは、どんなインチキな奇跡よりも尊い」

 アルフレッド様は、開いた枝の中心にある小さな種を指先で弾きました。

「だが、死んだものは生き返らない。だからこそ、今ある生が貴重なのだ。……それを理解せず、安易な復活にすがる精神こそが、最も貧困だな」

 エドワード様は衛兵に教祖を引き渡した後、バツが悪そうに私たちから目を逸らし、逃げるように帰っていきました。
 ベアトリス様も「ドレスが汚れましたわ!」と文句を言いながら。

「……さて、帰るか。フローラ、そのジェリコの薔薇は持って帰ろう。湿度計の代わりくらいにはなる」

「はい。大切に育て……、いえ、大切に飾ります」

 私たちは偽りの復活ではなく、厳しい環境を生き抜く知恵の結晶をポケットに入れ、帰路につきました。
 本当の奇跡は、魔法のような現象ではなく、自然界の精巧な仕組みの中にこそあるのです。
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