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第17話:曲がった柱
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その建物は、まるでシュルレアリスムの絵画から飛び出してきたかのように、奇妙に歪んでいました。
ローズベリー伯爵領の新庁舎。
エドワード様が「領地の新たなシンボルにする」と豪語して建設させた、総ヒノキ造りの立派な……、はずの建物です。
「……平衡感覚がおかしくなりそうだ」
建物の前に立ったアルフレッド様は、眉間を押さえて呻きました。
無理もありません。
入り口の柱は弓なりに反り、窓枠はひしゃげ、二階のバルコニーに至っては、今にも崩れ落ちそうなほど傾いているのです。
「おのれ、手抜き工事をしやがって! この詐欺師め!」
中からエドワード様の怒号が聞こえてきました。
私たちが恐る恐る中に入ると、エドワード様が年配の大工の棟梁を怒鳴りつけている最中でした。
「どうしてくれるんだ! 完成からまだ一週間だぞ! ドアが開かないどころか、夜中にバキバキと音がして眠れない! 貴様、腐った木を使いやがったな!」
「め、滅相もねぇ! 俺は忠告しましたぜ、旦那様! 『この木はやめた方がいい』って!」
「言い訳をするな! 太くて立派な木だったじゃないか!」
エドワード様は真っ赤な顔で大工に掴みかかろうとしています。
その背後には、いつものようにベアトリス様がいて、「そうよ、きっと呪われた木を使ったのね!」と的外れな援護射撃をしていました。
「……相変わらず騒々しいな」
アルフレッド様が声をかけると、エドワード様はビクリと振り返りました。
「げっ、公爵! また来たのか。……見ろ、この惨状を! この無能な大工が、俺の庁舎を台無しにしたんだ!」
「公爵様、信じてくだせぇ! 俺は言われた通りにやっただけなんです!」
棟梁が泣きそうな顔で訴えます。
私は、問題となっているホールの太い大黒柱に近づきました。
直径50センチはある立派な柱ですが、中程からぐにゃりと右側に湾曲し、表面には大きな亀裂が走っています。
……変ね。
確かに太くて良い木に見えるけれど……。
私はポケットからルーペを取り出し、柱の木口(切り口)や、亀裂が入った部分の木目を観察しました。
そして、ある特徴的な模様に気づき、納得しました。
「……エドワード様。この柱を選んだのは、本当にエドワード様なのですか?」
「ああ、そうだ! 材木置き場で一番太くて、しかも破格の安値だった掘り出し物だぞ。節も少なくて綺麗だったのに、加工した途端に曲がりやがって!」
「……やっぱり」
私はため息をつき、アルフレッド様を見上げました。
彼は柱を一瞥するなり、鼻で笑いました。
「安物買いの銭失いとは、まさにこのことだな」
「なんだと!?」
「フローラ、教えてやれ。この柱がなぜ曲がったのか。そして、なぜ安かったのかを」
私は柱の木目を指差しました。
「エドワード様、この年輪を見てください。中心(髄)が真ん中になくて、極端に端に寄っていますよね?」
「ん? 言われてみれば、的の真ん中がズレているみたいだが……、それがどうした」
「年輪の幅が広い方、色が少し濃くなって赤黒く見えませんか? これはあて材と呼ばれる木材です」
聞き慣れない言葉に、エドワード様とベアトリス様が顔を見合わせます。
「あて材……?」
「はい。木が山の急斜面や、風の強い場所で育つと、倒れないように幹を曲げて立ち上がろうとします。その時、重力に逆らって体を支えるために、細胞壁を分厚くして踏ん張った部分……、それがあて材です」
私は、柱の湾曲している部分を撫でました。
「この木は針葉樹ですね。針葉樹の場合、傾いた下側の年輪が広くなり、硬くて色の濃い圧縮あて材になります。この部分は、生えている時は非常に強くて硬いのですが……」
「切って木材にすると、性質が一変する」
アルフレッド様が言葉を引き継ぎました。
「乾燥する過程で、あて材の部分は縦方向に激しく収縮する性質がある。普通の木材の何倍も縮むのだ。その結果、柱はどうなると思う?」
「……まさか」
「そのまさかだ。片側だけが猛烈に縮むことで、柱は弓のように反り返り、ねじれ、割れる。これを建築用材、それも構造を支える柱に使うなど狂気の沙汰だ」
アルフレッド様は、泣き出しそうな棟梁を見ました。
「棟梁は止めたはずだ。『狂いが出るからやめた方がいい』とな」
「へ、へえ! 言いました! 『こいつは暴れる木だ』って! でも旦那様が『太ければ丈夫なはずだ』って聞かなくて……」
エドワード様の顔色が蒼白になりました。
「そ、そんな……。だって、市場の相場の半値以下だったんだぞ? お買い得だと……」
「だから安いのだ。あて材は加工しにくく、狂いやすいから建材には向かない。せいぜいチップにするか、薪にするか、目立たない場所の下地にするものだ。それをメインの柱に使えば、家全体が歪むのは物理的必然だ」
その時、頭上で不穏な音が響きました。
歪んだ柱に引っ張られ、天井の梁が悲鳴を上げているのです。
「ひぃっ! 崩れる!」
「きゃああっ! エドワード様、逃げましょう!」
ベアトリス様が叫び、二人は我先にと出口へ殺到しました。
しかし――。
「あ、開かない! ドアが噛み込んで動かないぞ!」
建物の歪みでドア枠が変形し、扉がロックされてしまっていたのです。
「だ、誰か! 出してくれぇ!」
「私の完璧な庁舎がぁぁ!」
ガチャガチャとドアノブを回すエドワード様の姿は、滑稽としか言いようがありません。
「……やれやれ。手のかかる」
アルフレッド様は近くにあった別の窓――ガラスが既に割れて枠が外れかけている――を蹴り開けました。
「ここから出ろ。この建物はもう全壊判定だ。直すより建て直した方が早い」
「そ、そんな……、俺の金が……」
這うようにして外に出たエドワード様は、地面に突っ伏して泣き崩れました。
その背後で、新庁舎はさらに大きな音を立てて傾いていきます。
「木は正直だ」
アルフレッド様は、歪んだ建物を冷ややかに見上げました。
「どんな環境で育ったか、その苦労と踏ん張りを、年輪の中に記録している。それを無視して、見た目の太さと安さだけで選べば、しっぺ返しを食らうのは当然だ」
「……はい。木材には適材適所がありますものね」
「人間も同じだな」
「え?」
「見かけ倒しの肩書きや、表面的な安さに飛びつくと、後で人生設計が歪むということだ。……君が彼と結婚しなくて本当によかったよ」
アルフレッド様の皮肉めいた、けれど温かい言葉に、私は胸の奥がくすぐったくなりました。
「そうですね。……私は、ちゃんと中身を見てくれる方を選びますから」
そう言ってアルフレッド様を見ると、彼はふいっと視線を逸らしました。
耳が少し赤いのは、夕日のせいでしょうか。
背後でエドワード様の嘆き声が響く中、私たちは真っ直ぐに伸びた並木道を歩いて帰りました。
曲がった柱が教えてくれたのは、物事の芯を見ることの大切さでした。
ローズベリー伯爵領の新庁舎。
エドワード様が「領地の新たなシンボルにする」と豪語して建設させた、総ヒノキ造りの立派な……、はずの建物です。
「……平衡感覚がおかしくなりそうだ」
建物の前に立ったアルフレッド様は、眉間を押さえて呻きました。
無理もありません。
入り口の柱は弓なりに反り、窓枠はひしゃげ、二階のバルコニーに至っては、今にも崩れ落ちそうなほど傾いているのです。
「おのれ、手抜き工事をしやがって! この詐欺師め!」
中からエドワード様の怒号が聞こえてきました。
私たちが恐る恐る中に入ると、エドワード様が年配の大工の棟梁を怒鳴りつけている最中でした。
「どうしてくれるんだ! 完成からまだ一週間だぞ! ドアが開かないどころか、夜中にバキバキと音がして眠れない! 貴様、腐った木を使いやがったな!」
「め、滅相もねぇ! 俺は忠告しましたぜ、旦那様! 『この木はやめた方がいい』って!」
「言い訳をするな! 太くて立派な木だったじゃないか!」
エドワード様は真っ赤な顔で大工に掴みかかろうとしています。
その背後には、いつものようにベアトリス様がいて、「そうよ、きっと呪われた木を使ったのね!」と的外れな援護射撃をしていました。
「……相変わらず騒々しいな」
アルフレッド様が声をかけると、エドワード様はビクリと振り返りました。
「げっ、公爵! また来たのか。……見ろ、この惨状を! この無能な大工が、俺の庁舎を台無しにしたんだ!」
「公爵様、信じてくだせぇ! 俺は言われた通りにやっただけなんです!」
棟梁が泣きそうな顔で訴えます。
私は、問題となっているホールの太い大黒柱に近づきました。
直径50センチはある立派な柱ですが、中程からぐにゃりと右側に湾曲し、表面には大きな亀裂が走っています。
……変ね。
確かに太くて良い木に見えるけれど……。
私はポケットからルーペを取り出し、柱の木口(切り口)や、亀裂が入った部分の木目を観察しました。
そして、ある特徴的な模様に気づき、納得しました。
「……エドワード様。この柱を選んだのは、本当にエドワード様なのですか?」
「ああ、そうだ! 材木置き場で一番太くて、しかも破格の安値だった掘り出し物だぞ。節も少なくて綺麗だったのに、加工した途端に曲がりやがって!」
「……やっぱり」
私はため息をつき、アルフレッド様を見上げました。
彼は柱を一瞥するなり、鼻で笑いました。
「安物買いの銭失いとは、まさにこのことだな」
「なんだと!?」
「フローラ、教えてやれ。この柱がなぜ曲がったのか。そして、なぜ安かったのかを」
私は柱の木目を指差しました。
「エドワード様、この年輪を見てください。中心(髄)が真ん中になくて、極端に端に寄っていますよね?」
「ん? 言われてみれば、的の真ん中がズレているみたいだが……、それがどうした」
「年輪の幅が広い方、色が少し濃くなって赤黒く見えませんか? これはあて材と呼ばれる木材です」
聞き慣れない言葉に、エドワード様とベアトリス様が顔を見合わせます。
「あて材……?」
「はい。木が山の急斜面や、風の強い場所で育つと、倒れないように幹を曲げて立ち上がろうとします。その時、重力に逆らって体を支えるために、細胞壁を分厚くして踏ん張った部分……、それがあて材です」
私は、柱の湾曲している部分を撫でました。
「この木は針葉樹ですね。針葉樹の場合、傾いた下側の年輪が広くなり、硬くて色の濃い圧縮あて材になります。この部分は、生えている時は非常に強くて硬いのですが……」
「切って木材にすると、性質が一変する」
アルフレッド様が言葉を引き継ぎました。
「乾燥する過程で、あて材の部分は縦方向に激しく収縮する性質がある。普通の木材の何倍も縮むのだ。その結果、柱はどうなると思う?」
「……まさか」
「そのまさかだ。片側だけが猛烈に縮むことで、柱は弓のように反り返り、ねじれ、割れる。これを建築用材、それも構造を支える柱に使うなど狂気の沙汰だ」
アルフレッド様は、泣き出しそうな棟梁を見ました。
「棟梁は止めたはずだ。『狂いが出るからやめた方がいい』とな」
「へ、へえ! 言いました! 『こいつは暴れる木だ』って! でも旦那様が『太ければ丈夫なはずだ』って聞かなくて……」
エドワード様の顔色が蒼白になりました。
「そ、そんな……。だって、市場の相場の半値以下だったんだぞ? お買い得だと……」
「だから安いのだ。あて材は加工しにくく、狂いやすいから建材には向かない。せいぜいチップにするか、薪にするか、目立たない場所の下地にするものだ。それをメインの柱に使えば、家全体が歪むのは物理的必然だ」
その時、頭上で不穏な音が響きました。
歪んだ柱に引っ張られ、天井の梁が悲鳴を上げているのです。
「ひぃっ! 崩れる!」
「きゃああっ! エドワード様、逃げましょう!」
ベアトリス様が叫び、二人は我先にと出口へ殺到しました。
しかし――。
「あ、開かない! ドアが噛み込んで動かないぞ!」
建物の歪みでドア枠が変形し、扉がロックされてしまっていたのです。
「だ、誰か! 出してくれぇ!」
「私の完璧な庁舎がぁぁ!」
ガチャガチャとドアノブを回すエドワード様の姿は、滑稽としか言いようがありません。
「……やれやれ。手のかかる」
アルフレッド様は近くにあった別の窓――ガラスが既に割れて枠が外れかけている――を蹴り開けました。
「ここから出ろ。この建物はもう全壊判定だ。直すより建て直した方が早い」
「そ、そんな……、俺の金が……」
這うようにして外に出たエドワード様は、地面に突っ伏して泣き崩れました。
その背後で、新庁舎はさらに大きな音を立てて傾いていきます。
「木は正直だ」
アルフレッド様は、歪んだ建物を冷ややかに見上げました。
「どんな環境で育ったか、その苦労と踏ん張りを、年輪の中に記録している。それを無視して、見た目の太さと安さだけで選べば、しっぺ返しを食らうのは当然だ」
「……はい。木材には適材適所がありますものね」
「人間も同じだな」
「え?」
「見かけ倒しの肩書きや、表面的な安さに飛びつくと、後で人生設計が歪むということだ。……君が彼と結婚しなくて本当によかったよ」
アルフレッド様の皮肉めいた、けれど温かい言葉に、私は胸の奥がくすぐったくなりました。
「そうですね。……私は、ちゃんと中身を見てくれる方を選びますから」
そう言ってアルフレッド様を見ると、彼はふいっと視線を逸らしました。
耳が少し赤いのは、夕日のせいでしょうか。
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