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第19話:赤い種子の誘惑
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領地の改革が順調に進む中、私とアルフレッド様は、領内にある孤児院の慰問に訪れていました。
子供たちは元気いっぱいで、新しい衣服や食料の差し入れに目を輝かせています。
「ほら、見て見てお姉ちゃん! 綺麗でしょう?」
駆け寄ってきたのは、まだ6歳くらいの愛らしい少女、ミナちゃんでした。
彼女は誇らしげに、自分の首にかかったネックレスを見せてくれました。
「まあ、素敵ね。艶々していて、不思議な模様……」
私が屈み込んでそのネックレスをよく見ようとした、その時です。
私の全身の血が、一瞬で凍りつきました。
ネックレスに使われているビーズ。
それは宝石でもガラス玉でもありませんでした。
楕円形で、光沢があり、赤茶色の地に複雑な摩耗模様が入った、独特の形状。
まるでダニの背中のようにも見えるその物体。
「……嘘、でしょう?」
私は震える手で、ミナちゃんの首元に触れようとしました。
ネックレスは、その種子に千枚通しで穴を開け、糸を通すことで作られていました。
穴の周りには、砕けた白い中身が粉になって付着しています。
「ミナちゃん、これ……、どうやって作ったの?」
「みんなで作ったの! 中庭で、お姉さんたちがくれた宝石の種に、針で穴を開けてね……」
「今すぐ外して!!」
私は絶叫し、ミナちゃんの首からネックレスを引きちぎらんばかりの勢いで外しました。
「えっ……? お、お姉ちゃん……?」
「みんな! そのネックレスを外して! 触っちゃ駄目! 手を洗って!」
私が半狂乱で叫ぶと、広場で遊んでいた子供たちが驚いて動きを止めました。
騒ぎを聞きつけたアルフレッド様が、すっ飛んできます。
「どうしたフローラ! 何事だ!」
「アルフレッド様、これを見てください! トウゴマです!」
「なに……!?」
アルフレッド様が私の手にある種子を見て、鋭く息を呑みました。
「バカな……。なぜこんな猛毒が子供たちの手に……」
「猛毒?」
シスターが青ざめた顔で駆け寄ってきました。
「公爵様、猛毒とはどういうことですか? それはただの綺麗な木の実では……」
「ただの実ではありません!」
私は叫びました。
「これはトウゴマの種子です。この種にはリシンという猛毒が含まれています!」
リシン。
その名は、植物学や薬学を学ぶ者にとって、恐怖の代名詞です。
「リシンの毒性は、青酸カリの数千倍とも言われます。たった数粒食べただけで、大人の命すら奪う致死性の毒です!」
「数千倍……!?」
「種子の殻は硬いので、飲み込んでもそのまま排泄されることがありますが……、問題は、中身です!」
私は、千枚通しで無残に穴を開けられた種を指差しました。
「子供たちはこれに穴を開けました。つまり、毒の詰まった胚乳部分が砕け、粉末になって飛び散っているんです! その手で目をこすったり、お菓子を食べたりしたら……」
想像するだけで気が遠くなりそうでした。
アルフレッド様が即座に指揮を執りました。
「総員、直ちにネックレスを回収しろ! 子供たちの手を徹底的に洗わせろ! 種を口に入れた者がいないか確認だ! 急げ!」
孤児院はパニックになりました。
その時、一人の男の子が、ポケットから種を取り出し、面白半分に口へ運ぼうとしているのが見えました。
「だめぇぇっ!!」
私はなりふり構わず飛び込み、男の子の手を叩き落としました。
さらに両手で男の子の頬を挟み込み、口の中を無理やり確認します。
「飲み込んでない!? 口の中に粉は入ってない!?」
「う、うわぁぁん! 怖いよぉ!」
「よかった……。入ってない……」
私はその場にへたり込みました。
心臓が早鐘を打っています。
「……おい、何をしているんだ騒々しい」
そこへ、場違いにのんきな声が響きました。
門の方から、大量の荷物を抱えた従者を連れた、ベアトリス様とエドワード様が現れたのです。
「あら、フローラさん。わたくしのプレゼント、子供たちに好評でしょう?」
ベアトリス様は、子供たちが持っているのと同じ、トウゴマのネックレスを自分の首にもかけていました。
「旅商人から買ったのよ。ルビー・ビーンズっていうんですって。宝石みたいで綺麗だから、孤児院の子供たちにも配ってあげようと思って……」
「……貴様か」
地獄の底から響くような声。
アルフレッド様が、ゆっくりとベアトリス様に歩み寄りました。
その表情は、今まで見たことがないほど激しい怒りに歪んでいます。
「こ、公爵様? 何を怒って……」
「貴様が配ったのは宝石ではない。死神の鎌だ」
「は……?」
アルフレッド様は、ベアトリス様の首にかかっていたネックレスを乱暴に引きちぎりました。
「きゃっ! 何をなさいますの!」
「黙って聞け! この種に含まれるリシンは、細胞内のタンパク質合成を阻害し、細胞を壊死させる。解毒剤はない。一度吸収されれば、あとは苦しんで死ぬのを待つだけだ」
アルフレッド様は、握り潰した種を彼女の目の前に突き出しました。
「暗殺にも使われる生物兵器レベルの代物だぞ。それを、貴様は……、あろうことか未来ある子供たちに、おもちゃとして与えたのか!」
ベアトリス様の顔から血の気が引きました。
「そ、そんな……、嘘よ……。だって、わたくしも着けて……」
「貴様の皮膚が無事なのは、単に運が良かっただけだ。だが、子供たちは加工しようとして中身に触れた。もしフローラが気づかなければ、今頃ここは死体の山になっていたぞ!」
エドワード様が震え上がりました。
「ま、待ってくれ! 俺たちは知らなかったんだ! ただ、慈善事業をしようと……」
「無知な慈善は、悪意ある虐殺よりも質が悪い!」
アルフレッド様の怒号に、二人は腰を抜かして地面に座り込みました。
「すぐにここから失せろ。そして二度と、得体の知れないものを持ち込むな。……次に同じことをすれば、その無知な頭を叩き割って、中に脳みそが入っているか確認してやる」
二人は「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げ、荷物を放り出して逃げ去っていきました。
その後、医師による緊急検査が行われましたが、幸いにも中毒症状が出た子供はいませんでした。
私の発見が、本当にギリギリで間に合ったのです。
夕暮れ時。
回収された大量の死のネックレスが、安全な焼却炉で処分されるのを見守りながら、私は震えが止まりませんでした。
「……怖かったです」
「ああ。私もだ」
アルフレッド様が、背後から私の肩を抱き寄せました。
「植物は美しい。だが、その美しさには時として致死の棘がある。それを知らずに弄ぶことが、どれほど恐ろしいか」
彼の腕の温もりに、ようやく私の震えが収まってきました。
「フローラ。君が子供たちを救ったんだ。君の知識が、最悪の悲劇を防いだ」
「……はい。植物が好きだからこそ、それが人を傷つける道具になってほしくないんです」
「その通りだ。……誇り高い私の助手よ」
炎の中で爆ぜるトウゴマの音を聞きながら、私たちは固く手を握り合いました。
無知という闇から人々を守る灯火。
それが私たちの役目なのだと、強く再認識した一日でした。
子供たちは元気いっぱいで、新しい衣服や食料の差し入れに目を輝かせています。
「ほら、見て見てお姉ちゃん! 綺麗でしょう?」
駆け寄ってきたのは、まだ6歳くらいの愛らしい少女、ミナちゃんでした。
彼女は誇らしげに、自分の首にかかったネックレスを見せてくれました。
「まあ、素敵ね。艶々していて、不思議な模様……」
私が屈み込んでそのネックレスをよく見ようとした、その時です。
私の全身の血が、一瞬で凍りつきました。
ネックレスに使われているビーズ。
それは宝石でもガラス玉でもありませんでした。
楕円形で、光沢があり、赤茶色の地に複雑な摩耗模様が入った、独特の形状。
まるでダニの背中のようにも見えるその物体。
「……嘘、でしょう?」
私は震える手で、ミナちゃんの首元に触れようとしました。
ネックレスは、その種子に千枚通しで穴を開け、糸を通すことで作られていました。
穴の周りには、砕けた白い中身が粉になって付着しています。
「ミナちゃん、これ……、どうやって作ったの?」
「みんなで作ったの! 中庭で、お姉さんたちがくれた宝石の種に、針で穴を開けてね……」
「今すぐ外して!!」
私は絶叫し、ミナちゃんの首からネックレスを引きちぎらんばかりの勢いで外しました。
「えっ……? お、お姉ちゃん……?」
「みんな! そのネックレスを外して! 触っちゃ駄目! 手を洗って!」
私が半狂乱で叫ぶと、広場で遊んでいた子供たちが驚いて動きを止めました。
騒ぎを聞きつけたアルフレッド様が、すっ飛んできます。
「どうしたフローラ! 何事だ!」
「アルフレッド様、これを見てください! トウゴマです!」
「なに……!?」
アルフレッド様が私の手にある種子を見て、鋭く息を呑みました。
「バカな……。なぜこんな猛毒が子供たちの手に……」
「猛毒?」
シスターが青ざめた顔で駆け寄ってきました。
「公爵様、猛毒とはどういうことですか? それはただの綺麗な木の実では……」
「ただの実ではありません!」
私は叫びました。
「これはトウゴマの種子です。この種にはリシンという猛毒が含まれています!」
リシン。
その名は、植物学や薬学を学ぶ者にとって、恐怖の代名詞です。
「リシンの毒性は、青酸カリの数千倍とも言われます。たった数粒食べただけで、大人の命すら奪う致死性の毒です!」
「数千倍……!?」
「種子の殻は硬いので、飲み込んでもそのまま排泄されることがありますが……、問題は、中身です!」
私は、千枚通しで無残に穴を開けられた種を指差しました。
「子供たちはこれに穴を開けました。つまり、毒の詰まった胚乳部分が砕け、粉末になって飛び散っているんです! その手で目をこすったり、お菓子を食べたりしたら……」
想像するだけで気が遠くなりそうでした。
アルフレッド様が即座に指揮を執りました。
「総員、直ちにネックレスを回収しろ! 子供たちの手を徹底的に洗わせろ! 種を口に入れた者がいないか確認だ! 急げ!」
孤児院はパニックになりました。
その時、一人の男の子が、ポケットから種を取り出し、面白半分に口へ運ぼうとしているのが見えました。
「だめぇぇっ!!」
私はなりふり構わず飛び込み、男の子の手を叩き落としました。
さらに両手で男の子の頬を挟み込み、口の中を無理やり確認します。
「飲み込んでない!? 口の中に粉は入ってない!?」
「う、うわぁぁん! 怖いよぉ!」
「よかった……。入ってない……」
私はその場にへたり込みました。
心臓が早鐘を打っています。
「……おい、何をしているんだ騒々しい」
そこへ、場違いにのんきな声が響きました。
門の方から、大量の荷物を抱えた従者を連れた、ベアトリス様とエドワード様が現れたのです。
「あら、フローラさん。わたくしのプレゼント、子供たちに好評でしょう?」
ベアトリス様は、子供たちが持っているのと同じ、トウゴマのネックレスを自分の首にもかけていました。
「旅商人から買ったのよ。ルビー・ビーンズっていうんですって。宝石みたいで綺麗だから、孤児院の子供たちにも配ってあげようと思って……」
「……貴様か」
地獄の底から響くような声。
アルフレッド様が、ゆっくりとベアトリス様に歩み寄りました。
その表情は、今まで見たことがないほど激しい怒りに歪んでいます。
「こ、公爵様? 何を怒って……」
「貴様が配ったのは宝石ではない。死神の鎌だ」
「は……?」
アルフレッド様は、ベアトリス様の首にかかっていたネックレスを乱暴に引きちぎりました。
「きゃっ! 何をなさいますの!」
「黙って聞け! この種に含まれるリシンは、細胞内のタンパク質合成を阻害し、細胞を壊死させる。解毒剤はない。一度吸収されれば、あとは苦しんで死ぬのを待つだけだ」
アルフレッド様は、握り潰した種を彼女の目の前に突き出しました。
「暗殺にも使われる生物兵器レベルの代物だぞ。それを、貴様は……、あろうことか未来ある子供たちに、おもちゃとして与えたのか!」
ベアトリス様の顔から血の気が引きました。
「そ、そんな……、嘘よ……。だって、わたくしも着けて……」
「貴様の皮膚が無事なのは、単に運が良かっただけだ。だが、子供たちは加工しようとして中身に触れた。もしフローラが気づかなければ、今頃ここは死体の山になっていたぞ!」
エドワード様が震え上がりました。
「ま、待ってくれ! 俺たちは知らなかったんだ! ただ、慈善事業をしようと……」
「無知な慈善は、悪意ある虐殺よりも質が悪い!」
アルフレッド様の怒号に、二人は腰を抜かして地面に座り込みました。
「すぐにここから失せろ。そして二度と、得体の知れないものを持ち込むな。……次に同じことをすれば、その無知な頭を叩き割って、中に脳みそが入っているか確認してやる」
二人は「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げ、荷物を放り出して逃げ去っていきました。
その後、医師による緊急検査が行われましたが、幸いにも中毒症状が出た子供はいませんでした。
私の発見が、本当にギリギリで間に合ったのです。
夕暮れ時。
回収された大量の死のネックレスが、安全な焼却炉で処分されるのを見守りながら、私は震えが止まりませんでした。
「……怖かったです」
「ああ。私もだ」
アルフレッド様が、背後から私の肩を抱き寄せました。
「植物は美しい。だが、その美しさには時として致死の棘がある。それを知らずに弄ぶことが、どれほど恐ろしいか」
彼の腕の温もりに、ようやく私の震えが収まってきました。
「フローラ。君が子供たちを救ったんだ。君の知識が、最悪の悲劇を防いだ」
「……はい。植物が好きだからこそ、それが人を傷つける道具になってほしくないんです」
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