婚約破棄されて捨てられたのですが、なぜか公爵様に拾われた結果……。

水上

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第23話:大きすぎる瞳

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 「ねえ、見た? 最近のベアトリス様の瞳」

 「ええ、とっても素敵。吸い込まれそうなほど大きくて、潤んでいて……、まるで子猫のようだわ」

 王宮のサロンで開催された慈善茶会。
 そこかしこで囁かれる噂話に、私は少しばかり首をかしげていました。

「……瞳が大きくなる、ですか?」

「物理的に黒目を大きくするなど不可能だ。錯覚か、化粧の技術だろう」

 隣でスコーンを摘みながら、アルフレッド様が退屈そうに答えます。
 しかし、その変化は、会場に現れたベアトリス様を見た瞬間、否定しようのない事実として突きつけられました。

「ごきげんよう、皆様」

 エドワード様にエスコートされ、ベアトリス様が階段を降りてきました。

 確かに、今日の彼女は異様なほど目を引きます。
 その瞳――瞳孔が、ありえないほど大きく開いているのです。
 黒目がちで、うるうると濡れた瞳は、確かに可愛らしいと言えなくもありませんが……。

 ……怖い。

 私は背筋が寒くなるのを感じました。
 明るい室内なのに、彼女の瞳孔は少しも収縮していません。
 まるで深淵のような黒い穴が、こちらを見つめているようです。

「あら、フローラさん。今日も地味な目つきですこと」

 ベアトリス様が私たちのテーブルに近づいてきました。
 彼女はパチパチと瞬きを繰り返し、少しふらつきながら扇子を使っています。

「見てくださいな、この瞳。エドワード様が『夜空の星のようだ』と褒めてくださいましたのよ」

「ああ、そうだとも。今日のベアトリスは最高に愛らしい。君のような平凡な目の女とは格が違うよ」

 エドワード様が鼻高々に言います。
 アルフレッド様は、ベアトリス様の顔を至近距離で覗き込みました。

「……ほう。まるで夜行性のキツネザルだな」

「なっ、なんですって!?」

「明るい場所でそれほど瞳孔が開いているのは異常だと言っている。君、眩しくはないのか?」

 ベアトリス様は一瞬たじろぎましたが、すぐにふんっと顔を背けました。

「失礼ね。これは美しさの証よ。……行きましょうエドワード様。バルコニーで風に当たりたいわ」

 二人は腕を組み、バルコニーへと続く大理石の階段を登っていきました。
 その足取りが、どこか危なっかしいのが気になります。
 手すりを強く握りしめ、足元を探るように歩いているのです。

「……おかしいですね。あんなに視線が定まらないなんて」

「ああ。それに、あの独特の植物臭……。嫌な予感がするな」

 アルフレッド様が眉をひそめた、その時でした。

 階段の上から、悲鳴が響き渡りました。

 ガシャン、という音と共に、誰かが転がり落ちてきます。
 会場が凍りつきました。
 階段の下でうずくまっているのは、ベアトリス様でした。

「ベアトリス!」

 エドワード様が駆け寄ります。
 幸い、数段落ちただけのようで、命に別状はなさそうですが、彼女は膝を押さえて泣き叫びました。

「痛い……っ! 突き飛ばされたの! 誰かに背中を押されたのよ!」

「なんだと!?」

 エドワード様が周囲を睨み回します。
 そして、たまたま階段の近くに飲み物を取りに行っていた私を見つけ、指差しました。

「貴様か! フローラ! またお前がやったのか!」

「えっ!? ち、違います! 私はずっとここに……」

「嘘をつくな! さっきベアトリスに侮辱されて、根に持っていたんだろう! 誰も見ていない隙に後ろから突き飛ばしたんだ!」

 周囲の貴族たちがざわめきます。
 ベアトリス様も、涙ながらに私を指差しました。

「そ、そうよ……。フローラさんが近づいてくる気配がしたわ。そしてドンッと背中を……」

「そんな……、私は一歩も動いていません!」

 冤罪の空気が醸成されかけた時、冷徹な声が響きました。

「……茶番だな」

 アルフレッド様が、私の肩を抱いて守るように前に出ました。
 そして、うずくまるベアトリス様の目の前に、燭台の蝋燭をグイッと近づけました。

「ひゃっ! 眩しい!」

「眩しいと感じる機能は残っているようだが……、やはり反応なしか」

 アルフレッド様は皆に向かって宣言しました。

「フローラは犯人ではない。ベアトリス嬢が転んだのは、誰に押されたわけでもない。彼女自身が前が見えていなかったからだ」

「見えていないだと? そんな馬鹿な!」

「エドワード君、彼女の目をよく見ろ。蝋燭の火を近づけても、瞳孔が開きっぱなしだ」

 アルフレッド様はベアトリス様のポーチを指差しました。

「その中に、小さな小瓶が入っていないか? おそらくベラドンナのエキスが入った目薬が」

 エドワード様がおずおずとポーチを探ると、中から紫色のラベルが貼られた小瓶が出てきました。

「こ、これか……? 貴婦人の涙と書いてあるが……」

「ビンゴだ」

 アルフレッド様は解説を始めました。

「ベラドンナ。ナス科の有毒植物だ。美しい淑女を意味するこの植物の汁を点眼すると、瞳孔が拡大し、目が大きく潤んで見える効果がある。かつての貴婦人たちが愛用した美容法だ」

「び、美容法なら問題ないじゃないか!」

「大有りだ。瞳孔が開くということは、カメラの絞りを全開にするのと同じだ。光が入りすぎて眩しいだけでなく、水晶体のピント調節機能が麻痺する」

 アルフレッド様は、階段を見上げました。

「つまり、今の彼女は極度の遠視状態。近くのものがぼやけて見えないのだ。特に足元の階段の段差など、距離感が掴めるはずがない。彼女はフローラに押されたのではなく、自分で段差を踏み外して勝手に落ちたのだ」

 会場が静まり返りました。
 ベアトリス様は真っ赤になって俯きます。

「う、嘘よ……。わたくしは……」

「嘘ではない。君はさっきから足元がおぼつかなかった。それに、手すりを握る手も震えていた。……可愛らしく見せる代償に、視力を捨てるとはな」

 アルフレッド様は呆れ果ててため息をつきました。

「ベラドンナにはアトロピンという成分が含まれている。これは過剰に摂取すれば、錯乱や幻覚、最悪の場合は呼吸麻痺を引き起こす猛毒だ。点眼しすぎれば全身に毒が回るぞ」

「毒……!?」

「今すぐ使用をやめて目を洗え。さもなくば、そのは、二度と光を映さなくなるかもしれん」

 ベアトリス様は「いやぁぁっ!」と叫び、目薬の瓶を投げ捨てました。
 またしても、美容のための流行が、実は毒だったのです。

「エドワード様……、わたくし、怖くて……」

「お、俺だって知らなかったんだ! 目が大きくなるって言うから……」

 エドワード様はぐったりしたベアトリス様を抱え、逃げるように会場を後にしました。
 後に残されたのは、割れた小瓶と、ほのかな苦い香りだけ。

「……瞳は心の窓だと言うが」

 アルフレッド様は、私の目をじっと見つめました。

「君の瞳は、薬など使わなくても十分に魅力的だ。……理性的で、優しくて、私の姿をはっきりと映してくれている」

 その言葉に、私はベラドンナを使ったわけでもないのに、視界が潤んでぼやけてしまいそうになりました。

「さあ、お茶に戻ろう。君の健康的な瞳に、乾杯だ」

 流行に流されず、ありのままを見つめることの大切さ。
 それが、本当の美しさへの第一歩なのかもしれません。
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