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第32話:偽造された遺言書
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王立図書館の禁書庫から持ち出した先代国王の遺言書を、私とアルフレッド様は研究所の顕微鏡室へと運び込みました。
この文書が本物であれば、エドワード様は王家の鉱山採掘権を手に入れ、国政に介入する力を得ます。
逆に偽物であれば……、それは国家反逆罪に相当する大罪です。
「……緊張するか、フローラ」
「はい。手が震えそうです。でも、真実を知る方が大事ですから」
私は深呼吸をし、顕微鏡のレンズを覗き込みました。
オライオン侯爵が提出したこの文書は、一見すると古びた羊皮紙に見えます。
黄ばんだ色合い、少しゴワゴワした質感。
完璧なエイジング加工が施されています。
しかし、倍率を上げた瞬間、その正体が露わになりました。
「……あ」
「どうだ? やはり動物の皮膚(コラーゲン)組織ではないか?」
「はい。これ、羊皮紙ではありません。……植物です」
私はピントを微調整しながら、見えたものを言葉にしました。
「繊維が縦と横、直角に交差して圧着されています。そして、一本一本の繊維の中に、スポンジのような多孔質の構造が見えます。これは……、カヤツリグサ科の植物、パピルスです」
アルフレッド様が片眉を上げました。
「パピルスだと? 古代に紙として使われていた、あの?」
「はい。茎の髄を薄く削ぎ、縦横に重ねて叩いて作ったものです。この国ではほとんど使われない素材ですが……」
「なるほど。希少で高価な紙を使うことで、重要文書らしさを演出しようとしたのか。あるいは、羊皮紙よりも年代測定をごまかしやすいと考えたか」
アルフレッド様は顎に手を当てて考え込みました。
「だが、素材がパピルスだというだけでは、偽造の証明にはならん。先代国王がたまたま異国の紙を愛用していたと言い逃れされればそれまでだ」
「そうですね。……でも、アルフレッド様。文字のインクを見てください」
私は席を譲り、アルフレッド様に顕微鏡を覗かせました。
「文字の縁……、インクと紙の境界線をよく見てください」
「……ふむ。文字の輪郭が、微かにギザギザしているな。まるで細い根が伸びるように、インクが繊維に沿って滲んでいる」
「はい。それが毛細管現象の証拠です」
私は黒板に向かい、チョークで図を描き始めました。
「パピルスは植物の茎そのものですから、中には水分を通すための維管束……、つまり、細い管が走っています。これがストローのような役割を果たし、液体を吸い上げる性質があります」
私はパピルスの格子状の構造を描き、その上にインクの滴を描きました。
「通常、書記用のパピルスは、インクが滲まないように表面をサイズ剤(糊)や樹脂でコーティングして滑らかにします。作られたばかりの新しいパピルスなら、インクは表面に留まり、文字の縁はシャープになります」
そして、私はそのコーティングが剥がれた図を描きました。
「しかし、何十年、何百年と時間が経つと、このコーティング剤は加水分解して劣化し、剥がれ落ちてしまいます。そうなると、パピルスの繊維がむき出しになり、スポンジのような吸収性が戻ってしまいます」
アルフレッド様が、顕微鏡から目を離し、ニヤリと笑いました。
「……読めたぞ。このトリックの全容が」
彼は興奮した様子で、私の描いた図に矢印を書き加えました。
「この文書の紙自体は、確かに古いのだ。おそらく、オライオン侯爵は骨董品として流通していた数百年前の未使用のパピルスを手に入れたのだろう。紙の炭素年代測定を行えば、確かに古い紙という結果が出るはずだ」
アルフレッド様は、遺言書の文字を指差しました。
「だが、彼らは致命的なミスを犯した。古い紙に、現代のインク文字を書いたことだ」
「はい、その通りです」
私が頷くと、アルフレッド様は勝ち誇ったように続けました。
「コーティングが劣化してスカスカになった古いパピルスに、新しいインクを乗せればどうなるか。インクは繊維の管(毛細管)に吸い込まれ、繊維の方向に沿ってジワジワと広がる。それが、顕微鏡で見えたギザギザの滲み(フェザリング)』の正体だ!」
もし、この文書が本当に先代国王の時代(数十年前)に書かれたものなら、当時のパピルスはまだコーティングが生きていたはずです。
ならば、文字の縁はもっと滑らかでなければなりません。
逆に、インクがこれほど繊維に沿って滲んでいるということは、紙が劣化しきった後に文字が書かれたという動かぬ証拠なのです。
「紙は古いが、文字は新しい。……科学捜査の基本だな」
「はい。肉眼では分からないレベルですが、植物の導管は嘘をつきません」
私たちは顔を見合わせました。
これで、エドワード様とオライオン侯爵の首根っこを押さえる準備が整いました。
「……それにしても」
アルフレッド様は、偽造された遺言書を冷ややかに見下ろしました。
「わざわざ高価な古代の紙を用意してまで捏造するとは。その情熱と資金を、もっと建設的な研究に使えばいいものを」
「権力という果実は、それほど甘く魅力的なのでしょうね」
「甘い果実には毒がある。……何度も教えてやったはずなのにな」
アルフレッド様は白衣を翻しました。
「行くぞ、フローラ。陛下への報告書の作成だ。タイトルは『植物学的見地による毛細管現象と、愚者たちの誤算について』とでもしておこうか」
「ふふ、長すぎますよ、アルフレッド様」
私たちは証拠の品を慎重にケースに戻しました。
パピルスに残されたインクの滲み。
それは、彼らの野望が漏れ出し、崩壊していく予兆のように見えました。
しかし、私たちはまだ知りませんでした。
追い詰められた獣が、科学的論証すら無視して、力尽くで牙を剥いてくることを……。
この文書が本物であれば、エドワード様は王家の鉱山採掘権を手に入れ、国政に介入する力を得ます。
逆に偽物であれば……、それは国家反逆罪に相当する大罪です。
「……緊張するか、フローラ」
「はい。手が震えそうです。でも、真実を知る方が大事ですから」
私は深呼吸をし、顕微鏡のレンズを覗き込みました。
オライオン侯爵が提出したこの文書は、一見すると古びた羊皮紙に見えます。
黄ばんだ色合い、少しゴワゴワした質感。
完璧なエイジング加工が施されています。
しかし、倍率を上げた瞬間、その正体が露わになりました。
「……あ」
「どうだ? やはり動物の皮膚(コラーゲン)組織ではないか?」
「はい。これ、羊皮紙ではありません。……植物です」
私はピントを微調整しながら、見えたものを言葉にしました。
「繊維が縦と横、直角に交差して圧着されています。そして、一本一本の繊維の中に、スポンジのような多孔質の構造が見えます。これは……、カヤツリグサ科の植物、パピルスです」
アルフレッド様が片眉を上げました。
「パピルスだと? 古代に紙として使われていた、あの?」
「はい。茎の髄を薄く削ぎ、縦横に重ねて叩いて作ったものです。この国ではほとんど使われない素材ですが……」
「なるほど。希少で高価な紙を使うことで、重要文書らしさを演出しようとしたのか。あるいは、羊皮紙よりも年代測定をごまかしやすいと考えたか」
アルフレッド様は顎に手を当てて考え込みました。
「だが、素材がパピルスだというだけでは、偽造の証明にはならん。先代国王がたまたま異国の紙を愛用していたと言い逃れされればそれまでだ」
「そうですね。……でも、アルフレッド様。文字のインクを見てください」
私は席を譲り、アルフレッド様に顕微鏡を覗かせました。
「文字の縁……、インクと紙の境界線をよく見てください」
「……ふむ。文字の輪郭が、微かにギザギザしているな。まるで細い根が伸びるように、インクが繊維に沿って滲んでいる」
「はい。それが毛細管現象の証拠です」
私は黒板に向かい、チョークで図を描き始めました。
「パピルスは植物の茎そのものですから、中には水分を通すための維管束……、つまり、細い管が走っています。これがストローのような役割を果たし、液体を吸い上げる性質があります」
私はパピルスの格子状の構造を描き、その上にインクの滴を描きました。
「通常、書記用のパピルスは、インクが滲まないように表面をサイズ剤(糊)や樹脂でコーティングして滑らかにします。作られたばかりの新しいパピルスなら、インクは表面に留まり、文字の縁はシャープになります」
そして、私はそのコーティングが剥がれた図を描きました。
「しかし、何十年、何百年と時間が経つと、このコーティング剤は加水分解して劣化し、剥がれ落ちてしまいます。そうなると、パピルスの繊維がむき出しになり、スポンジのような吸収性が戻ってしまいます」
アルフレッド様が、顕微鏡から目を離し、ニヤリと笑いました。
「……読めたぞ。このトリックの全容が」
彼は興奮した様子で、私の描いた図に矢印を書き加えました。
「この文書の紙自体は、確かに古いのだ。おそらく、オライオン侯爵は骨董品として流通していた数百年前の未使用のパピルスを手に入れたのだろう。紙の炭素年代測定を行えば、確かに古い紙という結果が出るはずだ」
アルフレッド様は、遺言書の文字を指差しました。
「だが、彼らは致命的なミスを犯した。古い紙に、現代のインク文字を書いたことだ」
「はい、その通りです」
私が頷くと、アルフレッド様は勝ち誇ったように続けました。
「コーティングが劣化してスカスカになった古いパピルスに、新しいインクを乗せればどうなるか。インクは繊維の管(毛細管)に吸い込まれ、繊維の方向に沿ってジワジワと広がる。それが、顕微鏡で見えたギザギザの滲み(フェザリング)』の正体だ!」
もし、この文書が本当に先代国王の時代(数十年前)に書かれたものなら、当時のパピルスはまだコーティングが生きていたはずです。
ならば、文字の縁はもっと滑らかでなければなりません。
逆に、インクがこれほど繊維に沿って滲んでいるということは、紙が劣化しきった後に文字が書かれたという動かぬ証拠なのです。
「紙は古いが、文字は新しい。……科学捜査の基本だな」
「はい。肉眼では分からないレベルですが、植物の導管は嘘をつきません」
私たちは顔を見合わせました。
これで、エドワード様とオライオン侯爵の首根っこを押さえる準備が整いました。
「……それにしても」
アルフレッド様は、偽造された遺言書を冷ややかに見下ろしました。
「わざわざ高価な古代の紙を用意してまで捏造するとは。その情熱と資金を、もっと建設的な研究に使えばいいものを」
「権力という果実は、それほど甘く魅力的なのでしょうね」
「甘い果実には毒がある。……何度も教えてやったはずなのにな」
アルフレッド様は白衣を翻しました。
「行くぞ、フローラ。陛下への報告書の作成だ。タイトルは『植物学的見地による毛細管現象と、愚者たちの誤算について』とでもしておこうか」
「ふふ、長すぎますよ、アルフレッド様」
私たちは証拠の品を慎重にケースに戻しました。
パピルスに残されたインクの滲み。
それは、彼らの野望が漏れ出し、崩壊していく予兆のように見えました。
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