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第40話:王家の信頼
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オライオン侯爵による国家転覆の陰謀が阻止されてから数日後。
私とアルフレッド様は、王宮の謁見の間に呼び出されていました。
煌びやかなシャンデリアの下、深紅の絨毯の先に、国王陛下が鎮座されています。
その左右には、国の重鎮たちがずらりと並んでいました。
かつて私を嘲笑っていた貴族たちも、今日ばかりは畏敬の念を込めた眼差しを向けています。
「――面を上げよ」
陛下の厳かな声が響きました。
私とアルフレッド様は顔を上げます。
「アルフレッド・フォン・リンネ公爵。そしてフローラ・グリーンウッド嬢。此度の働き、誠に見事であった。其方らの勇気と知恵がなければ、我が国は偽りの歴史によって乗っ取られていたであろう」
陛下は満足げに頷かれました。
「首謀者であるオライオン侯爵は爵位剥奪の上、永久幽閉。実行犯のエドワード・ローズベリーについては、伯爵家取り潰しの上、国外追放とする」
エドワード様の名前が出ても、私の心は不思議と波立ちませんでした。
彼は無知ゆえに利用され、自らの手で破滅を選びました。
それは因果応報という、冷厳な自然の摂理のように感じられます。
「さて、フローラ嬢」
陛下が私を見据えました。
「其方の功績は特に大きい。偽造文書の看破、毒物テロの阻止、そして何より、我が国の学術レベルの高さを証明した。……よって、褒美を取らす」
侍従が盆に載せた羊皮紙を持って進み出ました。
「グリーンウッド家を再興し、其方に伯爵の位を授ける。さらに、王立植物園の管理権限と、広大な領地を与えよう。これからは一人の独立した女当主として、国のために尽くすがよい」
会場がどよめきました。
勘当された元男爵令嬢が、一代で伯爵に。
それは異例中の異例、シンデレラ・ストーリーそのものでした。
しかし、私の頭の中は真っ白になりました。
えっ……?
独立?
領地?
それはつまり、アルフレッド様の屋敷を出て、自分で屋敷を構え、領地経営をしなくてはならないということです。
もう、あの研究所で、アルフレッド様の淹れたコーヒーを飲みながら、一緒に顕微鏡を覗くことはできないのですか?
「あ、あの……! 恐れながら、陛下!」
私は思わず声を上げました。
「お言葉ですが……、辞退させてください!」
「ほう? 欲のないことだ。何が不服か?」
「不服ではありません! 過分な栄誉です。ですが……、私は、爵位も領地もいりません!」
私は隣に立つアルフレッド様をちらりと見ました。
彼は澄ました顔で前を向いています。
「私は……、ただの研究助手です。これからもリンネ公爵閣下のもとで、植物の研究を続けたいのです。独立して離れ離れになるくらいなら、今のまま公爵家の居候で構いません!」
私の必死な訴えに、会場がざわつきます。
「もったいない」
「出世欲がないのか」
と言う声が聞こえてきます。
陛下は少し困ったように眉を寄せました。
「ふむ。殊勝な心がけだが……、フローラ嬢よ。其方の功績は、一介の助手という枠には収まりきらんのだ。国としても、其方をただの使用人として扱っては示しがつかん」
陛下の仰ることはもっともです。
国家を救った英雄をただの助手のままにしておくわけにはいかない。
それは政治的な問題でもありました。
「やはり、爵位を受けて独立するのが筋であろう。リンネ公爵、其方もそう思うな?」
陛下に水を向けられ、アルフレッド様が一歩前に出ました。
彼は優雅に一礼すると、眼鏡の位置を直し、涼やかな声で言いました。
「……いいえ、陛下。反対です」
「何?」
「彼女を独立させるなど、論理的に見て損失が大きすぎます」
アルフレッド様は、隣にいる私を見下ろしました。
その目は、いつもの研究対象を見る熱っぽい光を帯びていました。
「フローラは、私の研究所にとって不可欠な存在です。彼女の観察眼、知識、そして私の思考を先読みして動く阿吽の呼吸。これらを代替できる人材は、この世界に一人たりとも存在しません」
彼は胸を張り、堂々と宣言しました。
「よって、彼女を他所へやるわけにはいきません。……ですが、陛下の仰る『助手では示しがつかない』という懸念も理解できます」
「ではどうするのだ?」
アルフレッド様は、私の手を取りました。
そして、その場に跪き、私の指先に口づけを落としました。
「――ならば、彼女を妻にするのが、最も論理的かつ合理的解決策でしょう」
え?
時が止まりました。
会場中が、しんと静まり返ります。
「公爵夫人となれば、身分は保証されます。かつ、私の屋敷に住み続け、共に研究を続けることに何の障害もありません。公私共にパートナーとなる。……これ以上の最適解がありますか?」
アルフレッド様は、真っ赤になって固まっている私を見上げ、ニヤリと笑いました。
「フローラ。君との雇用契約を見直したい。期間は終身。報酬は私の全て。……どうだ? 条件は悪くないはずだが」
これは、プロポーズ……、なのですか?
こんな、大勢の貴族と国王陛下の前で?
しかも、合理的解決策だなんて。
涙が溢れてきました。
ムードもへったくれもない、理屈っぽいプロポーズ。
でも、それが誰よりも彼らしい言葉だと分かるから。
「……条件、飲みます」
「何?」
「ただし、特約事項を追加してください! 『もし喧嘩をしても、必ずその日の内に仲直りすること』!」
私が泣き笑いで叫ぶと、アルフレッド様は目を丸くし、それから吹き出しました。
「……承知した。交渉成立だ」
わっと会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。
陛下も「食えん男だ」と苦笑しながら、祝福の拍手を送ってくださいました。
「では、認めよう! 二人の結婚と、新たな未来を!」
謁見の後。
王宮の回廊を歩きながら、私はまだ夢見心地でした。
「……本当によかったのですか? 私なんかで」
「『なんか』はやめろと言ったはずだ。それに……」
アルフレッド様は立ち止まり、私の腰を引き寄せました。
「相利共生という言葉を知っているか?」
「はい。異なる生物がお互いに利益を与え合って生きることですよね。例えば、アリとアブラムシとか……」
「例えが色気ないな。……ランと菌根菌の関係だ」
彼は私の額に額を合わせました。
「ランは菌がいなければ発芽すらできない。私も、君という菌(パートナー)がいなければ、もう新しい研究の芽を出せない体になってしまったようだ」
「私、菌扱いですか?」
「褒め言葉だ。……愛しているよ、フローラ」
甘い言葉と共に降ってきた口づけは、ハチミツよりも甘く、そしてどんな劇薬よりも心臓を激しく脈打たせました。
こうして、国家を揺るがす陰謀劇は幕を閉じ、私たちは夫婦として新たな一歩を踏み出すことになりました。
ですが、物語はここで終わりません。
結婚式、そしてその先に待つ最後の戦いに向けて、私たちの毎日はまだまだ騒がしくなりそうです。
私とアルフレッド様は、王宮の謁見の間に呼び出されていました。
煌びやかなシャンデリアの下、深紅の絨毯の先に、国王陛下が鎮座されています。
その左右には、国の重鎮たちがずらりと並んでいました。
かつて私を嘲笑っていた貴族たちも、今日ばかりは畏敬の念を込めた眼差しを向けています。
「――面を上げよ」
陛下の厳かな声が響きました。
私とアルフレッド様は顔を上げます。
「アルフレッド・フォン・リンネ公爵。そしてフローラ・グリーンウッド嬢。此度の働き、誠に見事であった。其方らの勇気と知恵がなければ、我が国は偽りの歴史によって乗っ取られていたであろう」
陛下は満足げに頷かれました。
「首謀者であるオライオン侯爵は爵位剥奪の上、永久幽閉。実行犯のエドワード・ローズベリーについては、伯爵家取り潰しの上、国外追放とする」
エドワード様の名前が出ても、私の心は不思議と波立ちませんでした。
彼は無知ゆえに利用され、自らの手で破滅を選びました。
それは因果応報という、冷厳な自然の摂理のように感じられます。
「さて、フローラ嬢」
陛下が私を見据えました。
「其方の功績は特に大きい。偽造文書の看破、毒物テロの阻止、そして何より、我が国の学術レベルの高さを証明した。……よって、褒美を取らす」
侍従が盆に載せた羊皮紙を持って進み出ました。
「グリーンウッド家を再興し、其方に伯爵の位を授ける。さらに、王立植物園の管理権限と、広大な領地を与えよう。これからは一人の独立した女当主として、国のために尽くすがよい」
会場がどよめきました。
勘当された元男爵令嬢が、一代で伯爵に。
それは異例中の異例、シンデレラ・ストーリーそのものでした。
しかし、私の頭の中は真っ白になりました。
えっ……?
独立?
領地?
それはつまり、アルフレッド様の屋敷を出て、自分で屋敷を構え、領地経営をしなくてはならないということです。
もう、あの研究所で、アルフレッド様の淹れたコーヒーを飲みながら、一緒に顕微鏡を覗くことはできないのですか?
「あ、あの……! 恐れながら、陛下!」
私は思わず声を上げました。
「お言葉ですが……、辞退させてください!」
「ほう? 欲のないことだ。何が不服か?」
「不服ではありません! 過分な栄誉です。ですが……、私は、爵位も領地もいりません!」
私は隣に立つアルフレッド様をちらりと見ました。
彼は澄ました顔で前を向いています。
「私は……、ただの研究助手です。これからもリンネ公爵閣下のもとで、植物の研究を続けたいのです。独立して離れ離れになるくらいなら、今のまま公爵家の居候で構いません!」
私の必死な訴えに、会場がざわつきます。
「もったいない」
「出世欲がないのか」
と言う声が聞こえてきます。
陛下は少し困ったように眉を寄せました。
「ふむ。殊勝な心がけだが……、フローラ嬢よ。其方の功績は、一介の助手という枠には収まりきらんのだ。国としても、其方をただの使用人として扱っては示しがつかん」
陛下の仰ることはもっともです。
国家を救った英雄をただの助手のままにしておくわけにはいかない。
それは政治的な問題でもありました。
「やはり、爵位を受けて独立するのが筋であろう。リンネ公爵、其方もそう思うな?」
陛下に水を向けられ、アルフレッド様が一歩前に出ました。
彼は優雅に一礼すると、眼鏡の位置を直し、涼やかな声で言いました。
「……いいえ、陛下。反対です」
「何?」
「彼女を独立させるなど、論理的に見て損失が大きすぎます」
アルフレッド様は、隣にいる私を見下ろしました。
その目は、いつもの研究対象を見る熱っぽい光を帯びていました。
「フローラは、私の研究所にとって不可欠な存在です。彼女の観察眼、知識、そして私の思考を先読みして動く阿吽の呼吸。これらを代替できる人材は、この世界に一人たりとも存在しません」
彼は胸を張り、堂々と宣言しました。
「よって、彼女を他所へやるわけにはいきません。……ですが、陛下の仰る『助手では示しがつかない』という懸念も理解できます」
「ではどうするのだ?」
アルフレッド様は、私の手を取りました。
そして、その場に跪き、私の指先に口づけを落としました。
「――ならば、彼女を妻にするのが、最も論理的かつ合理的解決策でしょう」
え?
時が止まりました。
会場中が、しんと静まり返ります。
「公爵夫人となれば、身分は保証されます。かつ、私の屋敷に住み続け、共に研究を続けることに何の障害もありません。公私共にパートナーとなる。……これ以上の最適解がありますか?」
アルフレッド様は、真っ赤になって固まっている私を見上げ、ニヤリと笑いました。
「フローラ。君との雇用契約を見直したい。期間は終身。報酬は私の全て。……どうだ? 条件は悪くないはずだが」
これは、プロポーズ……、なのですか?
こんな、大勢の貴族と国王陛下の前で?
しかも、合理的解決策だなんて。
涙が溢れてきました。
ムードもへったくれもない、理屈っぽいプロポーズ。
でも、それが誰よりも彼らしい言葉だと分かるから。
「……条件、飲みます」
「何?」
「ただし、特約事項を追加してください! 『もし喧嘩をしても、必ずその日の内に仲直りすること』!」
私が泣き笑いで叫ぶと、アルフレッド様は目を丸くし、それから吹き出しました。
「……承知した。交渉成立だ」
わっと会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。
陛下も「食えん男だ」と苦笑しながら、祝福の拍手を送ってくださいました。
「では、認めよう! 二人の結婚と、新たな未来を!」
謁見の後。
王宮の回廊を歩きながら、私はまだ夢見心地でした。
「……本当によかったのですか? 私なんかで」
「『なんか』はやめろと言ったはずだ。それに……」
アルフレッド様は立ち止まり、私の腰を引き寄せました。
「相利共生という言葉を知っているか?」
「はい。異なる生物がお互いに利益を与え合って生きることですよね。例えば、アリとアブラムシとか……」
「例えが色気ないな。……ランと菌根菌の関係だ」
彼は私の額に額を合わせました。
「ランは菌がいなければ発芽すらできない。私も、君という菌(パートナー)がいなければ、もう新しい研究の芽を出せない体になってしまったようだ」
「私、菌扱いですか?」
「褒め言葉だ。……愛しているよ、フローラ」
甘い言葉と共に降ってきた口づけは、ハチミツよりも甘く、そしてどんな劇薬よりも心臓を激しく脈打たせました。
こうして、国家を揺るがす陰謀劇は幕を閉じ、私たちは夫婦として新たな一歩を踏み出すことになりました。
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