婚約破棄されて捨てられたのですが、なぜか公爵様に拾われた結果……。

水上

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第46話:断罪の法廷

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 王都にある最高裁判所の大法廷は、針一本落としても聞こえるほどの静寂と、張り詰めた緊張感に包まれていました。

 傍聴席は満員。
 王侯貴族から平民の代表まで、国の行く末を見守る人々で埋め尽くされています。

 被告人席に座らされているのは、かつての栄華など見る影もない囚人服姿の男たち。
 国家転覆罪の首謀者、オライオン元侯爵。
 そして実行犯、エドワード・ローズベリー元伯爵令息です。

「……被告人エドワード。そなたは水源地への毒物投入、および有毒ガスによる無差別テロ未遂の事実を認めるか?」

 裁判長の重々しい問いかけに、エドワード様はガタガタと鎖を震わせながら叫びました。

「ち、違います! 俺は……、俺は騙されたんだ! 毒だなんて知らなかった! ただ、少し驚かせてやろうと思っただけで……、殺すつもりなんてなかったんだ!」

 彼はなおも無知を盾に逃げようとしていました。
 かつてはそれで許された(呆れられた)こともありましたが、今度ばかりは通用しません。

「……往生際が悪いですね」

 証言台に立った私が呟くと、隣に立つアルフレッド様が眼鏡を指で押し上げました。

「予想通りだ。彼は最後まで『自分は被害者だ』と言い張るつもりだろう。……だが、残念ながら証拠は揃っている。それも、彼が最も軽視していた植物たちによってな」

 アルフレッド様は裁判長に一礼し、手元の資料を掲げました。

「裁判長。これより、被告人の主張がいかに非科学的で、矛盾に満ちているかを証明します。証人は……、ここに提出する植物標本たちです」

 法廷での論戦――それは一方的な公開処刑のごとき様相を呈しました。

「まず、被告人は王家の遺言書が偽造されたものであることを知らなかったと主張しています。しかし……」

 アルフレッド様は、証拠品Aのパピルスの拡大写真を示しました。

「このパピルスの繊維には、新しいインクが毛細管現象によって滲んだ痕跡があります。そして、エドワード被告の部屋から押収された日記帳。このインクの成分と、遺言書のインクの成分は、ガスクロマトグラフィー分析により完全に一致しました」

 会場がざわめきます。

「つまり、彼は知らなかったのではなく、自らの手で、あるいは自らのインクを提供して偽造に加担したということです」

「ぐっ……、そ、それはたまたまインクを貸しただけで……」

 エドワード様が呻きますが、私は追撃の手を緩めません。

「次に、風車の丘での毒煙事件です。被告人は『ただの草を燃やしただけ』と言っていますが……」

 私は証拠品Bのジャイアント・ホグウィードの焼け焦げた茎を掲げました。

「これは、当時の婚約者であったベアトリス様が大火傷を負った植物と同じものです。エドワード様、貴方はその時、目の前で彼女が苦しむ姿を見ていましたよね?」

 私は彼を真っ直ぐに見据えました。

「その恐ろしさを知っていながら、貴方は大量のホグウィードを刈り取り、風に乗せて人々に浴びせようとしました。これは無知ではありません。明確な殺意を持った凶行です!」

 エドワード様の顔色が蒼白になりました。
 
「そ、それは……、燃やせば無毒になるかと……」

「いいえ。貴方は『熱くないだろう、だが毒はある』と叫んでいました。私たちの記憶と、現場にいた衛兵たちの証言が一致しています」

 逃げ道は次々と塞がれていきます。
 そして、アルフレッド様が最後の証拠を突きつけました。

「極め付けは、水源地への毒物投入だ。被告人はタンクの中身を知らなかったと言うが……、タンクの底に沈殿していた物質を分析した結果、大量の酢酸鉛が検出された」

 アルフレッド様は、陪審員たちに向かって語りかけました。

「これは以前のワイン事件で使われたものと同じ毒物です。彼は当時、この毒によって多くの貴族が倒れるのを目撃し、その危険性を十分に理解していました。にもかかわらず、在庫処分と称してこれを水源に流そうとした」

 アルフレッド様は、エドワード様の目の前に歩み寄りました。

「エドワード君。君の罪は知らなかったことではない。知っていながら、それを悪用したことだ。君は植物や化学の知識を、人を癒やすためではなく、傷つけるために使った。……その罪は、万死に値する」

 エドワード様は言葉を失い、ガクリと膝をつきました。

 これまでの出来事――花粉のアリバイ崩し、毒のワイン、光毒性の植物。
 私たちが積み重ねてきた全ての解決が、今ここで彼を縛る鎖となったのです。

「も、申し訳……、ございません……」

 最後に絞り出したのは、弁解ではなく、力のない謝罪でした。
 しかし、それはあまりにも遅すぎました。

 判決の時。
 裁判長が厳かに宣言しました。

「被告人オライオンを国家反逆罪により、爵位剥奪および永久の塔への幽閉に処す」

 オライオン元侯爵は、魂が抜けたような顔で引きずられていきました。

「被告人エドワード。そなたには、殺人未遂および重要インフラ破壊の罪により、爵位剥奪の上、北方の開拓地における無期強制労働を命じる」

 強制労働。
 それは、彼が最も嫌っていた土いじりを、死ぬまで続けなければならないという刑罰でした。

「そなたが汚そうとした大地と水を、その手で再生させるのだ。植物の種を撒き、育て、自然の厳しさと恵みを体で知るがよい」

 裁判長の言葉は、皮肉にも彼にとって最も必要な教育的指導でした。
 エドワード様は涙を流しながら、深々と頭を垂れました。

「……はい。……謹んで、お受けいたします」

 その顔には、憑き物が落ちたような、奇妙な安らぎさえ漂っていました。

 もう見栄を張る必要も、嘘をつく必要もない。
 ただ土と向き合うだけの日々が、彼にとっては救いになるのかもしれません。

 なお、ベアトリス様については、自首したことや、被害者への救護活動(軟膏の件など)が考慮され、修道院での数年間の奉仕活動という寛大な措置が取られました。
 彼女は「二度と化粧には頼りません」と、すっぴんの顔で微笑んで旅立っていきました。

 閉廷後。
 裁判所の外に出ると、眩しいほどの秋晴れが広がっていました。

「……終わりましたね、アルフレッド様」

「ああ。長かった害虫駆除も、これで完了だ」

 アルフレッド様は大きく伸びをしました。

「だが、これで終わりではないぞ。君にはまだ、最大の仕事が残っている」

「仕事、ですか?」

「忘れたか? 終身雇用契約の調印式。……つまり、結婚式だ」

 アルフレッド様は私の手を取り、エスコートしました。

「式場は植物園だ。招待客は王族から平民まで。……準備は膨大だぞ、覚悟しておけ」

「ふふ。望むところです」

 私たちは光の中を歩き出しました。
 過去の因縁は断ち切られ、あとは未来へと続く種を撒くだけです。
 
 ――そして、季節は巡り。

 私たちの研究の集大成となる日がやってきました。
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