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第47話:新しい世界
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王都の大通りに、真新しい看板が掲げられました。
『王立植物科学研究所・付属アカデミー』。
かつてオライオン侯爵の別邸だった建物を没収し、改装して作られたその場所は、今やこの国で最もホットなスポットとなっていました。
「すごい人だかりですね、アルフレッド様」
「ああ。知識への飢えは、食欲よりも強烈な原動力になるからな」
バルコニーから見下ろす中庭には、身分を問わず多くの人々が集まっていました。
貴族の令嬢がノートを片手に歩き、商人の息子がルーペで葉を観察し、農民たちが土壌改良の講義に聞き入っています。
数ヶ月前には考えられなかった光景です。
エドワード様たちが逮捕されてから、王都の空気は一変しました。
魔女や呪いといった言葉はなりを潜め、代わりに成分、分析、観察といった言葉が流行語となりました。
人々は、迷信という霧が晴れた後の、鮮明な世界の美しさに気づき始めたのです。
「では、今日の講義を始めます」
大講堂の教壇に立った私は、緊張しながらも声を張り上げました。
数百人の視線が私に注がれます。
その中には、かつて私を雑草令嬢と嘲笑った人々の姿もありましたが、今の彼らの目に蔑みの色はありません。
あるのは、純粋な知的好奇心と、敬意だけでした。
「以前、ある村で、肝臓の形をした葉(ミスミソウ)を食べれば肝臓が治るという迷信が流行りました。覚えていますか?」
私が問いかけると、会場から苦笑いが漏れました。
「これは類似の法則と呼ばれる古い考え方ですが、科学的には間違いです。形と効能に関係はありません」
私は黒板にチョークで化学式のような図を、できるだけ分かりやすく描きました。
「大切なのは中身です。植物が厳しい自然の中で生き抜くために作り出した成分――アルカロイドやタンニン、配糖体。それらが私たちの体にどう作用するかを知ることが、薬草学の第一歩です」
最前列にいた小さな女の子が手を挙げました。
「先生! じゃあ、毒草は悪い草なの?」
私は微笑んで首を振りました。
「いいえ。毒草も、使い方や量によっては素晴らしい薬になります。逆に、良薬も飲みすぎれば毒になります。植物に善悪はありません。彼らはただ、懸命に生きているだけ。……私たち人間と同じですよ」
会場から、温かい拍手が湧き起こりました。
かつて恐怖の対象だった毒草も、正しく恐れ、正しく扱えば共存できる。
その認識が広まったことは、私にとって何よりの喜びでした。
講義の後、私は研究所の温室で一息ついていました。
すると、背後からアルフレッド様が現れ、淹れたてのコーヒーを差し出してくれました。
「お疲れ様、フローラ教授」
「もう、からかわないでください。教授だなんて」
「事実だ。君の講義は分かりやすいと評判だぞ。……私の講義は『難解すぎて睡眠導入剤になる』と言われているからな」
アルフレッド様は自虐的に肩をすくめましたが、その顔は穏やかでした。
「世界が変わったな」
「はい。皆さんが笑顔で植物の話をしているのを見ると、夢みたいです」
「私が長年、孤独に戦っても変えられなかった世界を、君はたった数ヶ月で変えてしまった」
彼は窓の外、楽しそうに議論する学生たちを眺めました。
「私は論理で迷信を叩き潰すことはできたが、人々の心に知る喜びを植え付けることはできなかった。それができたのは……、君が植物を愛し、その愛を言葉に乗せて伝えたからだ」
アルフレッド様は私に向き直り、真剣な眼差しを向けました。
「科学には冷たさが伴うと思われがちだ。だが君の科学には体温がある。だからこそ、人々の心に根付いたのだ」
「アルフレッド様……」
「君は私の誇りだ。そして、この国の希望だ」
照れくさくて俯くと、彼はポケットから一冊の本を取り出しました。
それは、出版されたばかりの『王立植物科学・基礎概論』。
著者の欄には、『アルフレッド・フォン・リンネ』と、その隣に並んで『フローラ・グリーンウッド』の名前が刻まれていました。
「これは、私たちの新しい戦いの始まりだ」
「戦い、ですか?」
「ああ。無知との戦いに終わりはない。一つの謎を解けば、また新たな謎が生まれる。世界は未知で溢れているからな」
アルフレッド様は、少年のように目を輝かせました。
「だが、これからは一人ではない。君と、そしてあのアカデミーで育つ若き研究者たちがいる。……楽しみだと思わないか?」
「はい! とっても!」
私は本を胸に抱きしめました。
かつて、私の世界は実家の庭だけの狭いものでした。
でも今は、この国のすべて、いいえ、世界のすべてが私たちの研究フィールドです。
「さて、次の議題だが」
アルフレッド様は急に真面目な顔になりました。
「結婚式のブーケに使う花材の選定だ。私は学術的に最強の植物を集めたいのだが」
「ええっ? 最強って……、食虫植物とかですか?」
「ウツボカズラは形がユニークで良いと思うが」
「却下です! もっと可愛らしいのにしましょうよ!」
私たちは顔を見合わせて笑い合いました。
新しい世界は、光と知識、そして愛に満ちて動き始めていました。
迷信の闇は去り、理性の花が咲き誇る時代の幕開けです。
『王立植物科学研究所・付属アカデミー』。
かつてオライオン侯爵の別邸だった建物を没収し、改装して作られたその場所は、今やこの国で最もホットなスポットとなっていました。
「すごい人だかりですね、アルフレッド様」
「ああ。知識への飢えは、食欲よりも強烈な原動力になるからな」
バルコニーから見下ろす中庭には、身分を問わず多くの人々が集まっていました。
貴族の令嬢がノートを片手に歩き、商人の息子がルーペで葉を観察し、農民たちが土壌改良の講義に聞き入っています。
数ヶ月前には考えられなかった光景です。
エドワード様たちが逮捕されてから、王都の空気は一変しました。
魔女や呪いといった言葉はなりを潜め、代わりに成分、分析、観察といった言葉が流行語となりました。
人々は、迷信という霧が晴れた後の、鮮明な世界の美しさに気づき始めたのです。
「では、今日の講義を始めます」
大講堂の教壇に立った私は、緊張しながらも声を張り上げました。
数百人の視線が私に注がれます。
その中には、かつて私を雑草令嬢と嘲笑った人々の姿もありましたが、今の彼らの目に蔑みの色はありません。
あるのは、純粋な知的好奇心と、敬意だけでした。
「以前、ある村で、肝臓の形をした葉(ミスミソウ)を食べれば肝臓が治るという迷信が流行りました。覚えていますか?」
私が問いかけると、会場から苦笑いが漏れました。
「これは類似の法則と呼ばれる古い考え方ですが、科学的には間違いです。形と効能に関係はありません」
私は黒板にチョークで化学式のような図を、できるだけ分かりやすく描きました。
「大切なのは中身です。植物が厳しい自然の中で生き抜くために作り出した成分――アルカロイドやタンニン、配糖体。それらが私たちの体にどう作用するかを知ることが、薬草学の第一歩です」
最前列にいた小さな女の子が手を挙げました。
「先生! じゃあ、毒草は悪い草なの?」
私は微笑んで首を振りました。
「いいえ。毒草も、使い方や量によっては素晴らしい薬になります。逆に、良薬も飲みすぎれば毒になります。植物に善悪はありません。彼らはただ、懸命に生きているだけ。……私たち人間と同じですよ」
会場から、温かい拍手が湧き起こりました。
かつて恐怖の対象だった毒草も、正しく恐れ、正しく扱えば共存できる。
その認識が広まったことは、私にとって何よりの喜びでした。
講義の後、私は研究所の温室で一息ついていました。
すると、背後からアルフレッド様が現れ、淹れたてのコーヒーを差し出してくれました。
「お疲れ様、フローラ教授」
「もう、からかわないでください。教授だなんて」
「事実だ。君の講義は分かりやすいと評判だぞ。……私の講義は『難解すぎて睡眠導入剤になる』と言われているからな」
アルフレッド様は自虐的に肩をすくめましたが、その顔は穏やかでした。
「世界が変わったな」
「はい。皆さんが笑顔で植物の話をしているのを見ると、夢みたいです」
「私が長年、孤独に戦っても変えられなかった世界を、君はたった数ヶ月で変えてしまった」
彼は窓の外、楽しそうに議論する学生たちを眺めました。
「私は論理で迷信を叩き潰すことはできたが、人々の心に知る喜びを植え付けることはできなかった。それができたのは……、君が植物を愛し、その愛を言葉に乗せて伝えたからだ」
アルフレッド様は私に向き直り、真剣な眼差しを向けました。
「科学には冷たさが伴うと思われがちだ。だが君の科学には体温がある。だからこそ、人々の心に根付いたのだ」
「アルフレッド様……」
「君は私の誇りだ。そして、この国の希望だ」
照れくさくて俯くと、彼はポケットから一冊の本を取り出しました。
それは、出版されたばかりの『王立植物科学・基礎概論』。
著者の欄には、『アルフレッド・フォン・リンネ』と、その隣に並んで『フローラ・グリーンウッド』の名前が刻まれていました。
「これは、私たちの新しい戦いの始まりだ」
「戦い、ですか?」
「ああ。無知との戦いに終わりはない。一つの謎を解けば、また新たな謎が生まれる。世界は未知で溢れているからな」
アルフレッド様は、少年のように目を輝かせました。
「だが、これからは一人ではない。君と、そしてあのアカデミーで育つ若き研究者たちがいる。……楽しみだと思わないか?」
「はい! とっても!」
私は本を胸に抱きしめました。
かつて、私の世界は実家の庭だけの狭いものでした。
でも今は、この国のすべて、いいえ、世界のすべてが私たちの研究フィールドです。
「さて、次の議題だが」
アルフレッド様は急に真面目な顔になりました。
「結婚式のブーケに使う花材の選定だ。私は学術的に最強の植物を集めたいのだが」
「ええっ? 最強って……、食虫植物とかですか?」
「ウツボカズラは形がユニークで良いと思うが」
「却下です! もっと可愛らしいのにしましょうよ!」
私たちは顔を見合わせて笑い合いました。
新しい世界は、光と知識、そして愛に満ちて動き始めていました。
迷信の闇は去り、理性の花が咲き誇る時代の幕開けです。
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