婚約破棄されて捨てられたのですが、なぜか公爵様に拾われた結果……。

水上

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第49話:結婚式

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 その結婚式は、王国の歴史上、最も緑豊かで、そして最も変わった結婚式として語り継がれることになりました。

 会場は、王宮の大聖堂でも、高級ホテルのバンケットでもありません。
 アルフレッド様が丹精込めて作り上げた、リンネ公爵邸の巨大ガラス温室――エデンの園と名付けられた庭園でした。

「心拍数が上がりすぎて、植物なら光合成過多で倒れているところですね」

 控室で、私は鏡の中の自分を見つめました。

 純白のウェディングドレス。
 けれど、それは普通のドレスではありません。

 アルフレッド様のこだわりで、レースの模様は全て実在する植物の葉脈を模しており、裾には淡い若草色のグラデーションが施されています。
 頭にはティアラではなく、白い小花とグリーンで編まれた花冠。

「非論理的だ。今日の君は、植物学的に見ても、美学的に見ても完璧だというのに」

 背後から現れたアルフレッド様は、いつもの白衣……、ではなく、眩しいほどの白のタキシード姿でした。
 ただし、胸ポケットにはチーフの代わりに、大量の薬草が挿さっていますが。

「さあ、行こう。観測者たちが待っている」

 アルフレッド様が差し出した手を取り、私たちは光の庭へと歩み出しました。

 温室の扉が開かれた瞬間、溢れんばかりの拍手と、花の香りが私たちを包み込みました。

 バージンロードは、赤い絨毯ではなく、フカフカの苔(モス)とハーブが敷き詰められた緑の道です。歩くたびに、爽やかな香りが立ち上ります。

 参列席を見て、私は思わず涙が滲みました。

「お嬢様ぁ……! 綺麗ですよぉ!」

「マルサおばさん、泣きすぎです」

 ハンカチを絞れるほど泣いているのは、家政婦のマルサおばさん。
 その隣には、以前亜鉛鉱脈を見つけた村の村長さんたちが、立派な服を着て並んでいます。

「公爵様! フローラお姉ちゃん! おめでとう!」

 元気な声を上げているのは、トウゴマのネックレスから救った孤児院の子供たちです。
 ミナちゃんが一生懸命手を振っています。
 さらには、キョウチクトウの煙から救助された衛兵たち、毒ワイン事件で治療を受けた貴族の方々……。

 身分の壁を超え、私たちがこの一年で関わり、助け、助けられた人々が、笑顔で祝福してくれているのです。

「……すごいですね。まるで植物園の多様性展示みたいです」

「ああ。雑多だが、悪くない生態系だ」

 アルフレッド様も、満足げに目を細めていました。
 最前列には、国王陛下ご夫妻も臨席され、優しく頷いてくださいました。

 祭壇の前――樹齢数百年のガジュマルの木の下で、私たちは向かい合いました。
 神父様が誓いの言葉を述べようとしましたが、アルフレッド様がそれを手で制しました。

「誓いの言葉は、私自身の言葉で定義させていただく」

 彼は咳払いをし、真剣な眼差しで私を見つめました。

「私、アルフレッド・フォン・リンネは、フローラ・グリーンウッドを生涯のパートナーとすることを誓う。晴れの日も雨の日も、どんな環境変化があろうとも、君という個体を最優先に保護し、共に根を張り、光を求め、枯れるその瞬間まで隣で観察し続けることを」

 会場から、クスクスという笑いと、ため息が漏れました。

 なんて理屈っぽくて、不器用な愛の言葉。

 でも、それが私には一番響きました。

「私、フローラ・グリーンウッドは……」

 私は大きく息を吸いました。

「アルフレッド様を支える土壌となり、時に癒やす水となり、共に真実という名の果実を実らせることを誓います。……あと、研究に没頭しすぎて食事を抜くときは、強制的に連れ出すことも誓います」

「……それは手厳しいな」

 アルフレッド様が苦笑し、会場は笑顔に包まれました。

 そして、私たちは指輪を交換しました。
 指輪の内側には、互いのイニシャルと、小さな蔦の模様が刻印されています。

「では、誓いのキスを」

 アルフレッド様がベールを上げました。

 至近距離で見つめ合う碧眼。

 触れ合う唇は温かく、温室の温度が一度上がったような気がしました。

 割れんばかりの拍手喝采。
 空からは、ライスシャワーの代わりに、色とりどりの花びらが舞い降りました。

 式の後、私は手に持っていたブーケを高く掲げました。

 それは、昨夜二人で名付けた新種の花、クロリス・フローラエだけで束ねた、世界に一つだけのブーケです。
 淡い若草色の花弁が、光を受けて輝いています。

「皆様! この花には、まだ花言葉がありません!」

 私が叫ぶと、ざわめきが静まりました。

「ですから、私たちが今日、最初の花言葉を贈ります!」

 私はアルフレッド様を見上げました。
 彼が頷き、宣言しました。

「この花の名はクロリス・フローラエ。その花言葉は――永遠の探究心、そして、知ることは愛すること」

「私たちはこれからも、この世界の不思議を解き明かし続けます。どうぞ皆様も、ご自分の周りにある、知らない世界を愛してください!」

 その言葉と共に、私はブーケを空へと投げました。

 美しい弧を描いて飛んだ花束は、参列していた若い女性研究員と、近衛騎士の青年の腕の中に、仲良くすっぽりと収まりました。
 新たな恋の予感に、会場は一層の盛り上がりを見せました。

「……さて、フローラ」

 賑わうパーティーの喧騒を抜け出し、アルフレッド様が私をバルコニーへ誘いました。

「君は今日から正式に公爵夫人だ。だが、私の助手であることは変わらないな?」

「もちろんです。これからもっと忙しくなりますよ。研究所の運営に、領地の管理、それに……」

「それに?」

 私は少し顔を赤らめ、彼に耳打ちしました。

「……の育成も、ありますから」

 アルフレッド様は一瞬きょとんとし、すぐに破顔しました。
 私が彼と一緒にいて、初めて見るような、満面の笑顔でした。

「それは……、大発見だな。至急、研究計画を立て直さねば」

「ふふ。気長にお願いしますね」

 夕日が沈み、温室が黄金色に染まっていきます。

 たくさんの祝福と植物に囲まれて、私たちの物語の第一章は、最高の大団円を迎えました。

 そして明日からは、もっと賑やかで、もっと素敵な、新たなる章が始まるのです。
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